表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

247/250

239話 ありがとう

 乱れた白衣のシワを伸ばすように裾を払うと、どこか詰まらなさそうな目と視線が合う。


「ふぅん……随分と手ひどくやられてるようだけど」


 出血の勢いを増す脇腹の裂傷を見て、ミヤコは言う。


「……そっちも、無傷って風には見えないが」


 姿を改めて見ると、白衣の襟元はまだ新しい血痕がこびりつき、内側に纏う衣服の胸元は獣の爪痕のように裂かれ、僅かに肌が露わになっていた。

 見たところ、今は傷も出血も見られないようだが……


「ちょっと。その無神経な視線止めなさいよ」


 胸元の肌を見られるのを……恥じらっているのか。


「――それは、悪かった」


 こっちとしても無配慮ではあったが、この状況で随分と余裕と言うか、悠長と言うか。


「……なに?」

「いや……」


 一瞬見せた毒気の無い表情が、俺の知る『美弥子さん』と重なる。

 催眠という虚構の中に存在した女に意識を持っていかれるなんて。自分自身も大概、緊張感に欠ける。


「それはそうと――」


 忘れろ。隙を見せるな。

 この事態は想定できていただろう。



「その恰好はどうした? どこぞの()()()()()()にでもやられたのか?」



 牽制程度に言うと、小さく舌打ちしたのを聞き逃さなかった。


「……そ。私がここに来てるって、って知っていたってわけね」

「ああ。お前が催眠を潜ませた、共通のお友達が教えてくれたよ」


 多少の嫌味を込めて遠回しに言う。


「この山で、術を掛けたのは一人だけ……そう、あの鬼の坊や」


 口元に指を添え、一間。

 何やら思案する素振り。


「ねぇ。あなた気付いてる? あの坊や――」








 途端、落ちる影。



「なぁんか、雰囲気あるような会話してるけどぉ――」

「……邪魔な女」

「ディグワーム! また宙から……!」


 再び虚空に出現した巨蟲。

 その敵影は数十。先程よりさらに多い。



「お二人さんは、大人な関係~? どんな仲~?」


 一瞬、その問いに。

 ミヤコと視線が交差した気がした。


「「――殺し合う仲」」


 女の問いに答えが一致すると、双方に殺気が満ちるのを互いに察知。


「……ふんっ」


 一転して、吐き捨てるように鼻で笑い、張り詰めたものを弛緩。

 ミヤコは近くにいた朱音の首根っこを掴み。


「み、美弥子さ――」

「邪魔よ」


 朱音が抱える唯火とフユミちゃん諸共、無造作に放り投げた。


「助けに行ったら?」

「……」


 ディグワームが高密度に降り注ぐ範囲から、脱するように投げ捨てられた三人。

 遅れて、空から襲い来る蟲の牙をいなし、躱し、両断しながらその後を追い――



「朱音。大丈夫か?」

「ワルイガ……ごめん」


 背を支え着地を補助する。

 多分大丈夫だったとは思うが、美弥子の出現に戸惑いを隠せてはいなかった。

 事前に可能性を知らせてはいたが……


「シャンとしろ。まだ修羅場だ」

「う、うん」


 自分の手についた唯火の血を見て持ち直したようだ。


(それにしても、ミヤコ。どういうつもりだ?)


 タイミングとしては突然。

 けど、完全な想定外ではない。だがそれは存在そのものの有無程度の想定。

 決して味方ではないミヤコが――


「今、あたしたち……助けられたんだよね?」

「……」


 朱音たちを、救ったこの構図。


「手放しにそう判断するのは、早計だ。なにより、あいつの目的や行動に意識を割いてる場合じゃない」

「……そうよね」


 再びミヤコへ目を向けると、ディグワームたちがその姿を覆い隠すように折り重なるところだった。


「――っ!」

「朱音。集中しろ」


 数十の蟲の体に埋もれたミヤコ。

 その光景は朱音に僅かな迷いをもたらすが、即座にその迷いを断ち切らせる。


「……そうそう死ぬような女じゃない。優先順位を割り切ってくれ」






「――まったくね」



 ややくぐもった風に聞こえた声。

 直後には、積み重なったディグワームは弾けるように肉片を散らす。


「この期に及んで、()()の心配なんて。子どもの駄々も行き過ぎると救いがないわ」


 その言葉を聞いて、内心、舌打ちした。

 狙ってか無自覚か。『美弥子』を慕う朱音の動揺を誘うような言葉選びに。


「あぁ、そうだ。死にかけの子のサイドバックの中。使いなさい」

「……? 唯火の?」


 それを聞き、朱音が革製のサイドバックを探ると。


「これ、って?」

「――回復薬だ」

「回復薬? この調味料の小瓶みたいのに入ってるやつが?」


 間違いない。俺は見覚えがある。これは、銀髪のエルフに俺が持たせた回復薬。


「どこかのおじいちゃんは、出来損ないって言ってたけど。理想が高すぎるのかしらね。体がつながってる外傷なら多分治せるんじゃない?」


 遠回りはしたみたいだが、お望みの相手に渡ったみたいだ。


「ワルイガ! 2人分あるよ! これなら――」

「ああ。2つ使えば、唯火の傷もなんとかなる」

「え? あんたも一個づつ使えば……」


 続く言葉をやんわり収める。


「唯火の状態を見るに、一つの効力じゃ足りない。わかるんだ。俺が作ったからな」


 そんなこと、正確にわかるわけもない。

 あるいは、職業(ジョブ)の研鑽を積めば分かるるのかもしれないが。


(万に一つでも、後遺症の一つでも、唯火の体に残したくはない)


 今できる最善の治癒策をもって、唯火を救う。


「それに、俺の傷は見た目より損傷は激しくないからな。問題ない」


 池さんが打った業物の傷だ。

 変な話、ずいぶんときれいにぶった切ってくれた。


「――わかった」


 それからの朱音は早かった。

 取り出した回復薬を割り、即座に唯火に使用。


「傷の治りを見届けてる余裕はない。行ってくれ」

「ええ」


 最低限の処置だけを済ませて、唯火とフユミちゃんを抱え走り出す。

 俺が残る理由も聞かず、行ってくれた。






「……呆れた強がりね」

「放っとけ」

「今からでもあの子たちと逃げてれば?」

「少し前から、俺の目的は獣人種(ブルート)を蟲から守ることに変わった。お前こそ、場をかき乱す気ならどこかに行ってくれよ」

「……はぁ。だったら、私の目的もこの場に留まる事になるもの。あなたの指図は受けない」


 依然として、狙いは読めないが。


「邪魔する気は?」

「無いわよ。別に」


 ひとまず、敵対の意図はないらしい。

 だったら――



「だったら、今のうちに言っておく」

「は? まだ何か――」

「さっきは、助かった。ありがとう」



 地中に湧いた気配に警戒しながら、横目にミヤコを見ると。

 険の無い、呆けた顔のまま――


「――おい?」 

「……」

「あれれ~? その感じ、もしかしてぇ~?」


 この場にそぐわないほどの、大きな隙を晒していた。


「お、おい! 来るぞ! 下!」


 地中から突き上げるディグワームの捕食行動。

 一足先にその場を飛び退く。


 が。

 ミヤコは今だ茫然としたまま――



「何やってんだ、あいつ……!」

「ちょ。おもしろすぎぃ~」



 地中から突き出たディグワームに、吞まれてしまった。

丸吞みが癖なわけでは、無いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ