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218話 悪意の矢

相も変わらずご無沙汰しております。

お付き合いください。

 草木が茂る大自然の山々において。

 ある意味自然とも、不自然ともとれる、キリキリと弓弦が引き絞られる複数の音。


 直後。


 弓弦が空を弾き、打ち出される矢。

 その数―――


(―――十五)


 こちらへ目掛け進む矢たちは、一方向からでなく、四方に生える木の隙間を縫って放たれる。


(風切り音がやけに小さい。特殊な加工をした矢なのか?)


 僅かな時間差で放たれた矢を、最小の動きで流れるように躱す。

 最後の一矢を掴み取り一瞬だけ矢を検めるが。


「……なんとなく」


 特に特別な代物とも思えない矢は、握力を加えると乾いた音を鳴らして折れた。


「シキミヤの所の兵隊と似たような感じか」


 折れたそれを後方へ放り、周囲に転がる十数人に目を移す。


(暗殺者タイプの、使い手)


 毒の塗られたナイフ、吹き矢、特殊な形状をした投具。

 この戦闘が始まってすぐさまそれらの得物をもって飛び込んできて、即座に倒したこいつらは皆、軽装なその見た目も相まって、シキミヤが率いていた連中を連想させる。


 違いがあるとすれば、ユニオンの拠点でやり合った『黒足袋』の連中はさしずめ『忍者』。

 こいつらは、西洋風なイメージの『暗殺者(アサシン)』。


「―――コソコソするのが随分と堂に入ってるな」


 動きが緩慢な戦況に一石を投じるべく、挑発交じりに吐き捨てるように言う。

 だが、それに対する返答は弓を番える物音で返ってくるのみ。


(急に、中距離のレンジを徹底して維持)


 先陣を倒して以降、今尚樹木の影から弓を番う気配。

 その戦術から察するに、隠密行動に重きを置いている。

 そのある種『狩り』に適した立ち回り。

 目的が、目標が、この山に住まう異種族に向けられているのは容易に想像がついた。


「久我の手先か?」


 かつて異種族を。

 唯火とハルミちゃんを道具として利用した、『探求勢(シーカー)』。

 その中で唯一知る人物の名前を口にする。


「……ま、そう簡単にボロは出さないか」


 敵の姿を完全に視認してはいないから朧気ではあるが、動揺の類が含まれた気配は感じられない。

 気がする。


 そして、次ぐ矢の射出。


(! さっきの倍はある)


 一人当たり二発以上の矢を同時に番えたようだ。

 そして着弾のタイミングも重なるように呼吸を合わせての一斉掃射。


 つまり、四方全くの同時攻撃。


(隙を作るのが狙いか)


 ほぼ同時の多角攻撃だが叩き落せないこともない。

 だが、その前後に隙は生じる。

 上空へ回避しても同じ結果。


 ならば。



(竜鱗!)



 先に見せたように、展開した羽衣で円陣を囲み防御壁と成す。

 MPの消耗は避けたいがそうも言っていられない状況だ。


「……埒が明かない」


 矢を弾き役目を終えた羽衣を垂らす。

 一度見た防御法なのもあってか、敵の気配に動揺した様子は見られない。


 一間の沈黙。



「手短に済ませてくれると、助かるんだがな……」



 膠着、とも言えないこの間。

 無為に時間を割かれているような気になって、気配に言う。


 言ってから―――



「……時間稼ぎ」



 いまだ木々に姿を潜める影を見渡すと、そんな言葉が口をついた。


(何かを待っているのか?こいつら)


 足元で気を失っている強襲者に視線を落とす。

 睨みを利かせたところで答えることなどないだろうが。


「そっちが来ないなら、こっちから―――」


 攻勢に出ようと足元の草木を踏み鳴らす、その瞬間。

 方位の気配は遠ざかる。

 弓の射程すら外れた絶妙な間合いへ。


(追うか?いや……)


 この包囲の広さ、全員を一気に仕留めるのは不可能。

 逃れた数人が里へ向かうかもしれない。


(『交錯の里(あそこ)』はもう、結界が無くなって安全じゃない)


 唯火達がいる、異種族たちがいる。

 あの無防備な場所へむざむざ敵を逃がしてしまう。


「嫌になるよ、つくづく……」


 異種族を狙ったと思われるこの一連の戦闘。

 悪意的な目的を遂行するための執拗な行動。


「そりゃ、異種族たちが人間(おれ達)を嫌って当然だ」


 世界が変わって、俺が眠りこけて半年。

 そのたった半年の間、全てが激変した世界で、今のようなことが各地で起きていたんだろう。


 そして今も―――



「でも、これでハッキリした」



 異種族を私利目的で利用しようとするような、こいつらのような組織。


「迎撃じゃ、迎え撃つんじゃ、ダメだ。どうにも、お前達は……邪魔だ」


 それらが存在する限り、彼らは、俺が守ってやりたいと思っている人たちは、安心して暮らせない。


 別に、里や、先住の異種族たちを守りたいという強い気持ちがあるわけじゃない。


(俺の器は、そこまで大きくはない)


『交錯の里』を訪れたそもそもの理由。


 ハルミちゃん。

 フユミちゃん。


 あの子たちを狙う敵から守るために、同じ異種族である彼らが身を潜める場所。

 そこをあてにした。


 この状況が、二人を狙う敵によるものかは分からない。

 でも、可能性はゼロじゃない。

 そうなった時、山に住まう異種族に実害が出てしまえば。

 敵の狙いが異種族たちに知れてしまったら。


 あの子たちは、厄災を呼び込んだ厄介者として行き場を失う。


 そして、それは行動を共にしている唯火にも言える事。


 ハルミちゃん達が里での暮らしに不自由がなさそうなのを見届けたら、俺はこの山を発つ。

 唯火もきっとそれについてくるのだろう。


(―――でも)


 いつまでも共にいられるとは、限らない。

 今では異種族である彼女が、旅の道程で、人間に、俺に失望してしまった時。


 拠り所が必要だ。



「だから、間違えない」



 以前、廃棄区画と呼ばれた、池さん達の公園(拠り所)

小鬼迷宮(ゴブリンダンジョン)』を目当てにそこを占拠しようとした久我の手先を、俺は終わらせることができなかった。


 その後始末を、汚れ仕事を、他の誰かに擦り付けた。



「今度は、間違えない……」



 ある種の、リベンジ、だろうか。

 過去の、自らの過ちになぞらえて、俺はそれを清算しようとでもいうのか。



「……なんだっていいさ」



 自問と自嘲。

 その瞬間の決断を、その是非を、その本質を。

 慢心や驕りで見失わないようにする、儀式。



「お前達は―――」



 差し当って、眼前の敵の殲滅。

 先に行ったアティは、ギネルに委ね―――



「―――ここで潰す」



 その意志を示すように、土を蹴り、敵意が潜む木々へと飛び込んだ。

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