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207話 再び深き森へ

 花火が空に舞うような風切り音が山々に響く。

 それを遠くに聞きながら。


「今朝と言い、随分と騒がしい山だ」

「……そうだな」


 引きずってしまうんじゃないかと思うほど、漆黒の長い髪の少女と歩く。

 同じく伸びた前髪の隙間から深紅の瞳をこちらへと向け。


「今朝、派手な戦闘を繰り広げてたのは―――」

「……ん?どうした?」


 言葉の途中で詰まったように黙ってしまう。

 いや、よく聞くとぶつぶつと自問する様に呟いているようだ。


「貴様……お前……お主?いや……君?いやいや……」


 俺に対する二人称で悩んでるのか?


「―――あの戦闘は、ナナシか?」


 どうやら名前呼びに決めたらしい。

 結構年の離れた女の子に呼び捨てされるのも妙な感じだが、浮世離れした彼女らしいと言えばらしい。


「勘が良いな。まぁ、ちょっと一悶着あって森の奥までぶっ飛ばされたりしてさ」

「ふむ……よくまぁ、この短い期間に厄介事へと飛び込むものだ」

「飛び込んでいるつもりは無いんだが……」


 というか、この子と会ったのは昨晩が初めてなわけで。

 アティ自身の事を厄介事としてカウントするなら、まぁ、そう思われても仕方ないが。


「だからと言って、この件に関しては遠慮はできないがな?すまないが、付き合ってもらう」

「いや、かまわないよ。一度引き受けたら最後までやるさ」


 それに、


「それに、多分これもめぐり合わせってやつだろうからな」

「めぐり合わせ?」

「さっき言った、ぶっ飛ばされた先が今向かっている目的地なんだよ」


 そう、俺たちは今キャンプ地から山々を北上。

 つまり、ダイギリに連れられ、あの獣に殴り飛ばされたその先。エミルに近づくなと警告された『最奥の森』へと向かっている途中だ。

  

 無論、目当ては回復薬の材料。

 アティが回復薬を欲してるとのことなので、であれば誰か怪我人がいると考えが行きつくのは当然。

 流石に見捨てるわけにもいかないから、再び足を向ける億劫さと、エミルの警告を無視するうしろめたさを感じつつも、俺たちは再びあの場所へと向かう。


「そうか……まぁ、因果と言えばこの山で再び会うこと自体、因果と思うが」

「ん?どうした?」

「いや……それにしても、こう、森続きでその場所は覚えてるのか?」

「ああ。それなら心配ない。俺がもつスキルに『踏破製図(とうはせいず)』ってのがあって、それで一度足を踏み入れたルートは完璧に記憶できるんだ」


 便利なものだ、と感心したように呟き。


「剣術、投擲術、体術、魔力も発現……加えて、複数の補助的スキル。回復薬の調合……ずいぶんと器用なものだな」

「まぁ……それが取り柄なもんでね」

(アティの前で大っぴらにスキルを使った覚えはないが……)


 外見の幼さとかけ離れた振る舞い。三体のモンスターを引き連れ、この鋭すぎる勘。

 思わずその素性を追求したくなってしまうが、きっとはぐらかされてお終いだろう。

 今のところ敵意も悪意も感じられない。下手に探って警戒心を植え付けても、余計に尻尾を出さなくなる可能性もある。


(今の距離感で様子を探るしかないよな)


 お互い様だろうが、この子も、連れた三匹のモンスターもこの山において異質。俺達同様外部の人間。


(『交錯の里』外部における、俺が今警戒しなければならない存在は)


 探求勢(シーカー)

 エミル達が言うところの、異種狩り。万が一アティと繋がっていたとしたら、唯火たちをはじめ、里そのものが危ない。


 次に、フユミちゃん達を狙うという組織。

 街でいきなりヒュドラなんて化け物を召喚させる、過激なアプローチをしてくる危険な連中。手口も他人を経由した陰湿で残忍な手口。この場合も、アティが俺に近づくよう利用されている可能性がある。


 最後は、シキミヤ関連。

 そもそも交錯の里の存在を俺に教えたのは、あの白髪黒メガネだ。胸糞悪くはあるが、一応これが一番可能性としては薄く、一番厄介なパターン。なにせ、あのミヤコとも繋がっているようなそぶりも見せていた。奴らにアティも関与しているとなると、これはいよいよ只モノじゃなくなる。

 かなり飛躍した想定だが、不意打ちを喰らうよりは妄想に頭を悩ませていたほうがマシだ。



「おーい。歩を緩めてどうした?道はこっちで合ってるのか?」



 と、深読みに浸り過ぎていたようで随分と先を行かれてしまった。


「何を呆けている?」

「いや、ちょっとな―――」


 離れてから並ぶと、彼女との身長差を顕著に感じる。

 こうなると、子供相手にこうも警戒しているのがバカバカしくなる一瞬もあるが、取り越し苦労ならそれでいいとも思った。


「というか、髪。引きずってるぞ」

「む?」


 茶を濁すのに、彼女の身だしなみを指摘。というか実際気になる。

 垂れた毛先には、引きずって歩いたせいで落ち葉が何枚か絡んでいた。


「ちっ。邪魔な……」

「んー……縛ったらどうだ?」


 男の俺の口から軽々しく切ってしまえというのも忍びないので、そう提案するとともに、『隔絶空間』から唯火達が置き忘れた髪留めを取り出す。

 昨日渡した朱音の衣類の中にも入っていそうだが。


「縛る?なぜ拘束されなければならない?封印か?」

「解釈の独自性」


 これだけ長い髪なのに、髪を結うという概念が頭にないような物言い。

 まぁ、そのことを責めても仕方がない。


「このゴムで髪の毛をある程度束ねた後、括るんだよ」

「なるほど……頼めないか?」

「そりゃ、かまわないけど」


 普通、異性に髪を触られるのを嫌うものだと思うが、彼女に今更普通を求めるのも無駄だろう。

 一言断り、たっぷりとした髪を束ねると、癖のある見た目よりも思いのほか質の良い髪質なようだ。

 毛先についた葉を払ってやるとひとまとめに縛る。


「これでどうだ?」

「……ふむ」


 髪留めと一緒に出しておいた、これまた唯火達の置き土産の手鏡を渡して出来栄えを問うと。


「なんか、馬の尾のような見た目だな」

「そりゃ、ポニーテールっていうくらいだからな」


 何度も首をひねって具合を確かめるが、その眉がハの字から上向くことは無かった。

 どうやらお気に召さないらしい。


「人間の尻に敷かれている、かの生物と似たようなのは……ちょっと」

「価値観の不遜さ」


 相変わらずコメントが独特だが、不満さは伝わった。


「じゃあ――――」






 ::::::::::






「うん。良いじゃないか、これ」


 かつて知り合いのツテから美容室のバイトをしていた時、手先の器用さを買われ、髪型モデルのマネキンにヘアアレンジを施していた経験を総動員し。



『メドゥーサの蛇共が絡まったようだ』

『力なきひな鳥の寝床みたいだ』

『脆弱な羊の巻角のようだ』

『廃村に伸び切ったツタ』

『スライムの核』

 etc…


「うんうん。良いよい。気分が晴れたようだ」

「よかったよ……」


 色々試し、数々のよくわからない例えの元却下され。

 たどり着いたのは、



「このツインテール。気に入った」


 普通の左右二つ縛り。

 朱音が普段しているものより位置は高く、アティ自身の髪が異様に長いため、一度織り込んで、それこそ角のように軽く突き出る変則的なツインテールだが、本人はえらく気に入った様子だ。

 曰く


「二対の角のようで気に入った」


 いや、散々ダメ出ししてきたコメントと同義の着眼点じゃないか、と。

 思わず突っ込むと、


「羊だなんだの惰弱なものと一緒にするな。私の角だぞ。私の」


 どういうことなんだと。

 面倒になったので適当に流してとりあえず褒めておいた。



「よし!ではいくか。ふふっ。大分動きやすくなったぞ!」



 詰めても垂れた毛先は腰辺りまではあるが、無邪気に二対の尾が躍るように振り回してるのを見ると、機能面は申し分ないようだ。


「まぁ、いいか」


 年相応に、はしゃいだ様子を見ると、やはり少し肩の力が抜けるのだった。

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