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190話 世話焼く

「テントに入れてやらなくていいのか?」


 乾いた薪を半分に折りながら少女を毛皮で包むように座り込む狼へと問いかける。

 野ざらしで意識を失いっぱなしよりはましだろうと思い、キャンプに戻って早々にテントを取り出し設営したが。


「……ワゥ」


 もちろん何を言っているのかはわからないが、体をすぼませ彼女を更に包み込むその挙動でなんとなくの意思は分かった。


「まぁ、その毛皮も十分に温かそうではあるけどな」


 薪を火の中へ放り投げ、狼の体に全身を預け寝息を立てる少女を見ると、少しうらやましいくらいに寝心地は良さそうだ。

 狼のこいつも火に怯えるようなことはなく、焚火で暖を取れる程度の距離には近づいてきてくれている。


「……お前たちは、どうしてこんな山奥にいるんだ?」


 キャンプから離れ森の中へと姿を隠した竜種。上空を旋回する鳥の気配に気を向けながら、まるまった狼に再度通じることのない問いかけを投げる。

 独り言を呟くよりはよっぽど見られる絵面だろ。


「……」

「だんまり、か……骨、食うか?」


 いつ使うつもりだったのか、唯火の用意した食料の中から立派な豚骨を取り出し狼へと放り投げると器用に咥えてキャッチ。数回鼻を鳴らした後それをぼりぼりと貪りだした。


「うまいか?」


 相手が物言わぬ存在だからだろうか。

 唯火達と別行動で話し相手に飢えていたのだろうか。ついついいらないようなことを問う。


「……そろそろいい具合だな」


 火にかけていた飯盒の蓋を浮かしながら、漏れ出る水分が見られなくなった頃合いで火から下ろす。同じタイミングでケトルのお湯も沸いたようだ。



「……ん、ぅ」



 作業の物音か、狼が骨を貪る音か、少女のまつげが震え身をよじると。


「ここは……」

「起きたか」


 飯盒と入れ代わりで水を入れた鍋を火にかけていると、目を覚まして早々目が合う。

 警戒の色も多分に秘められていたが、肌に触れる狼の毛皮を認識するとわずかにその緊張が和らいだ。


「私は、どうした?」

「多分、空腹で倒れたんだろ。どのくらい食ってないんだ?」


 傍らの狼でなく俺へ現状を問うのは、使役する彼らとは意思疎通ができないのか、それとも俺を手放しに信じているのか、その真意は測れなかった。


「空腹……そう、そうだ……なんて、枷の多い身体だ」

「その若さで人間であることを憂うもんじゃないぞ。この山にはどれくらいいるんだ?」


 軽いツッコミを入れつつ繰り返す問い。

 行動目的の類の質問はあえて避けるようにした。


「……たしか、五日ほどだったか」

「そんなに長居してたのか。食料は大丈夫なのか?」


 最初に返答を得られなかった内容をもう一度だし。


「糧の類は尽きたようだ……私は半日程度口にしていない」

(たった半日で倒れるほど腹減ったのか?)


 一応女性という手前、口には出さないがもし本当なら相当燃費が悪い。

 育ち盛りなのか生まれつきなのか、それであれば自らの体を憂う気持ちもわからなくもない。


「尽きたようだ、って。随分他人事だな」

「ん……いや、()()……気にして、いなかった」

(この口ぶり、もしかして他に同行者がいるのか?)


 他に行動を共にする者の気配を言葉の裏に感じていると。

 黒髪の少女は話しながらもチラチラと焚火の脇に置かれた、炊き立ての米の香りを立ち昇らせる飯盒へと視線をやっていた。よく見れば喉も鳴らしている。


「あぁ……俺も食事にしようかと思っていたんだ。食べるだろ?」

「く……っ!ぅ……私が、施しなど……」


 何やらプライドのようなものが邪魔しているのだろうが、その意志と反する様に。


「……ッ!?」


 盛大な腹の虫を鳴らす。


「な、何だこのっ……なぜこうも、臓器が鳴く程度で、こんな辱め……!?な、何なのだ!?」

「生理現象だ気にするな。俺の仲間の女の子達もすぐ腹鳴らすしな。珍しい事じゃない」

「そ、そう、なのか……?」


 心の中で唯火達に謝罪しつつ何でもない事のように語り掛ける。

 本気で恥じているのか、揺れる日が照らす頼りない光源でも赤面しているのが見て取れた。


「ああ、全然。何回か聞いてるけど、本人も食べたらそのことを忘れてるくらい普通の事だ」

「そうか……人間なのに、中々に豪胆な……」


 言葉の端々に『異種族』っぽさを臭わせているが……どうにも人間の俺に対して特別何を思っているようにも見えないから、やはりどうにも判断がつかないな。


「まぁ、とにかく食べた方が良い。ついでだし気にすることもないし、じゃないとまた倒れるぞ?」

「それは……困る。その申し出受けるとしよう」


 兎にも角にもここまで面倒見ている以上、納得いくまで世話を焼いておかないと寝つきが悪くなる。


「ああ。でもあと15分くらい待っててくれ」

「じゅ、15分……」


 飯盒を蒸らす残り時間を告げると、絶望に近い表情を浮かべる。

 倒れるほどの空腹状態で、炊き立ての香りを前にお預け状態なのがそれほどまでに辛いのだろう。


「ぅぐぅぅぅ~~……!」

「……カップ麺なら三分で食えるけど」


 鍋で湯せんしているレトルトカレーが控えてはいるが、ケトルで沸かした湯もある。

 食にうるさい唯火もお手軽で保存が利くということで持ってきてくれていた、最短での温かい食事を提案すると、


「かっぷ、めん……?なんだそれは?いや、そんなことはどうでもいい。そちらの方が早いのならそちらが良い!」

「あ、ああ。まぁ、これでいいっていうなら」


 カップ麺を知らないような少女のセリフに、のっぴきならない事情が垣間見える。

 現代社会において日本人が発明したこの食文化を知らない人間などいるとも思えないが……




 ・・・・・




「お、お、お、おぉぉ……」

「熱いから気を付けてな」


 湯を入れ、推奨通りの時間待つと。食器とともに出来上がったカップ麺を渡す。

 なんとなく箸は使えなさそうな気がしたのでフォークを手渡した。


「な、なんだこの嗅覚からくる奇妙な多幸感は!鼻は弱まったと思っていたが、かつては糧にこんな情報量が詰まった匂いを感じたことなどないぞ……」

「独特な表現だな……要は美味そうってことだろ?」

「美味そう……味覚など、嗜むこと自体無駄。弱い種の逃避と聞いていたが……」


 随分と不遜な考えを持っているようで、小難しい事を語りながらやはり危うい手つきでフォークを持ち何とか麺をからませると。


「ぁふっ!?はっ!あふい!?ふぁ、ふぁんと……ふぇいはくは(脆弱な)……!」


 事前の忠告もむなしく熱々の麺に口内を焼かれたようだ。

 ビクつきながらもゆっくりと咀嚼し何かに堪えるよう俯き飲み込むと。


「これは……この器に入っている食物達は……何なのだ?」


 放心、といった気の抜けたような発声で問われる。


「入ってるものって……その赤っぽいのはエビだし、黄色いのは鳥の卵。その黒いのは豚だか牛だかの肉で、緑のは……多分ネギだろ。麵は小麦を加工したものだ」

「……星」

「ほし?」


 中身の入ったカップ麺を裏から透かすように掲げると呟く。


「大海に住まう海老。空を駆ける鳥。野に暮らす豚や牛たち。人間どもが耕した大地に根を張る小麦。そして、濃厚で澄んだ『魔粒子』かのごとくそれらを包む汁……この中には、星の息吹が詰まっている」

「……気に入ったならよかったよ」


 あれだろ。

 多分思春期なんだろうな。


「この器に描かれた紋章も星そのものではないか」

「そういうパッケージで、名前にも(スター)ってついているからな」


 俺はどちらかと言うとこっち派なのだ。

 何がどうとは言わないが。


「増々私に相応しい名ではないか。かっぷめん。この至高との出会い……なかなかこの身体も悪くない」


 ただのカップ麺ひとつでここまで喜んでもらえたのなら、振る舞ったこちらとしても嬉しい限りだった。




 ・・・・・




「……それは、何だ?」

「ん?カレーの事か?」


 麺が伸びるのを気にしないのか、いまだゆっくりと口に運んでいきじっくりとカップ麺を味わっている。

 そうしているうちに米のほうが良い具合に仕上がったので、レトルトの封を切り当初彼女に食べさせる予定だったカレーライスをこしらえると、どうやらカレーの事も知らないようで。


「食べてみるか?不味くはないと思うぞ」


 レトルトだしな。


「では、もらおうか」


 カップ麺で味をしめたというか、食料を分けるという行為が彼女の警戒をほぐしたのか、スプーンを添えた皿ごと差し出すと遠慮なく受け取る。


「はむ……」


 今度はどんなリアクションを見せてくれるのか。

 微妙に期待して咀嚼するのを観察していると、


「……ひ」

「ひ?」

「!」


 その口から一声漏らすと、それにつられるように少女の背もたれになっていた狼は顔を上げ、焚火の炎が風になびかれたように揺らめく。



「ひひゃいぃぃ~~~ッ!?」

「なっ!?」


 突然辺りは暗闇に包まれる。

 一瞬の事で何が何やら見えなかったが、焚火付近に何かの力が加わりその影響で光源の炎が消えてしまったようだ。


(何が起こったんだ?)


 腰に下げていたライトを点灯させると、組まれた焚き木、傍らに置いてあった鍋類が見当たらず、等しく平坦な地になっていた。

 その向かい側の少女たちを照らすと。



「ひ、ひたい……舌が、焼けるように痛い!」



 カレーの辛さに悶絶している姿があった。


「……悪い。辛口みたいだったな」


 言いながらミネラルウォーターを入れたカップを差し出す。


「水?水を飲めば、痛みは和らぐのか!?」

「まぁ、大体は」


 辛さは水に溶けないともいうけど、カレー程度の辛さなら大丈夫だろ。

 慌てて俺の手から水をぶんどると、喉を鳴らし一気に飲み干し、


「っぷぁ!……あ。ほんとだ、楽になった……」


 強力な毒か呪いかと思った、と物騒なことを言いつつも大いに安堵した様子だ。


「水で治るようなものなら……敵意は無かったのだろうな……」

「いや、すまん。辛いものが苦手とは知らなかった」

「『辛い』……同胞が『咆哮(ブレス)』を吐く時、そんな感覚だと聞いたことがあるな」


 自分に言い含めるようにぼそぼそとつぶやく。

 そして一通り気が済んだのか視線を上げると、



「……ぁ」



 破壊された焚火、その余波で弾かれ零れたカップ麺が目に入ってようで、小さな声を漏らした後。


「……す、すまない」

(やっぱり今のはこの子の『力』だったのか)


 系統は分からないが、辛さの動揺でスキルが発動してしまったと言ったところか。


(狼たちを使役するスキルに、今見せた力……)


 そしてあまりにモノを知らない様子。

 これは思った以上に深い事情がありそうだ。


「……寝床を壊してすまん……」


 この場を荒らしてしまった負い目からか、伏し目がちに言うと。


「食料、美味かった。この施しの借りはいずれ必ず―――」

「行く前に、これも持ってけ」


 だからと言って、俺がやることに変わりはない。

 気まずそうに足早に去ろうとするのを咎めず。食料袋から用意に手間のかからなそうな缶詰、水、そしてお気に入りのカップ麺をありったけ別の袋に入れて差し出す。


「なにを、してる?」

「やる。山にいるんだろ?これでしばらくもつ」


 この様子では火をおこすのにも一苦労だろう。

 他にも同行者がいそうだし、食料の管理はその人物がしていたっぽいから、一緒に中に入れておいたバーナーがあればどうとでもなるはずだ。

 ついでに勝手ながら朱音が入れっぱなしにしていた衣服も入れてある。どっちみち里の中では爺さんお手製のあの服を脱げないだろうからとりあえず持たせても大丈夫だろ。


(朱音の服でちょうどよかった)


 フユミちゃんだと小さすぎるし、唯火だと大きすぎるからな。丈は余るが朱音のものが一番ちょうどいいのだ。


「お下がりで悪いが、着れる服も入ってる。好きに使ってくれ」


 ぼろい外套を纏った姿はあまりに気の毒なので、これを着て身綺麗にしてほしい。

 多分後で朱音に怒られるであろう俺の為にも。


「俺もしばらくここを拠点にしてる。もし何かあればまたくればいい」

「……私が何かも知らないのに、か?」

「それを知るのは結果としてで十分だ」

 

 踏み込み過ぎずにやりたいようにやるだけだ。

 最悪食料が全部なくなっても、この豊かな山なら俺一人であれば自給自足できるだろうしな。


「……本当に、人というのは。こちらの考えとは全く異なる行動をするものだな」

「もう少し、年相応に喜んでくれよ」


 変わらない様子で、妙に達観したコメントを口にするのを見て思わず苦笑した。

 それに釣られてか、


「ふふっ……ありがとう」


 ようやく、それらしい表情を零す。

 だがそれもつかの間、


「……どうにも、この身体の顔の筋肉は緩い……」


 またしても、独特な言い回しで言う彼女に。


「―――名前。聞いてもいいか?」

「……名、か」


 売った恩を味方につけつつ聞くと、こちらに背を向け立ち、やや長考する。

 狼が傍らにすり寄ると、顔だけ振り返りながらその口元には不敵な笑みを浮かべ。



「―――――」

「……?」



 唇は動いたようだが声は発せられず、明かりが乏しいので動きから読み取ることもできなかった。


「くくっ……やはり口にはできないか」


 困惑する俺をよそに肩を揺らし小さく笑いながら、狼の毛並みを一撫ですると。



「―――『アティ』。それが私の名だ。ナナシ」

「! なんで―――」



 名乗るとともに浮上させた謎に追及の言葉を紡ごうとすると、上空で待機していた鳥がアティを背に乗せ掻っ攫う。


『またな』


 張り上げずに彼女が発した声は、距離を考えれば届かないはずのものだったが。


「……なんで、俺の名前を」


 最後にこちらを振り向いた時、確かにそう言った気がした。

とりあえず腹鳴らすスタイル。

そしてカップ麺はスター派。類似商品で言うならね。

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