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178話 相容れない

 半年とひと月程前。

 世界中の人間がステータスや職業(ジョブ)を授かり、また、一部の『人間』は『異種族』へと肉体が変化。

 中には外見が人の特徴から逸脱した種族もいて、そういった『元人間』の人たちは迫害された。


 同時期に現れた異形、モンスターと同列に扱われるほどに。


 そして次に()()()同族同士で血を流し合う。


 降って湧いた未知の資源や、希少なそれらを巡って『人間』同士でも毎日、24時間争いがあった。

 たったの数か月で何年分かの血が流れたんじゃないかと思う。


 短期間の武力行使のぶつかり合いが世界の均衡を塗り替える。


 これが『戦争』なんだと理解した。


 そして『人間(彼ら)』は果ての無い戦争に区切りをつけるために、思想を三つに分けた。

 それまでの戦いが嘘かの様に表面上だけでも均衡を取り戻す。

 そこに至るまでが、半年にも満たない短期間に帰結した事に言いようのない戦慄を憶える。当たり前の様にそれぞれの生活を営み始めていることに強烈な違和感と吐き気がせり上がってくる。


 今ではひどく遠くのものに感じられる人の暮らす街並みを眺めながら、他人事のように、どこか自分事のように、自覚。


『人間』の本質の汚さ。


『人間』同士の戦争が終結するや否や、彼らは迫害し恐れた『異種族』に利用価値を見出し研究対象として汚れたその手を伸ばす。

 身を寄せ合い、逃れ、不本意にもひっそりと暮らす私たちの大事な、家族、仲間を。

 彼らは狩りでも嗜むかのように連れ去っていった。


 私達は彼らを『異種狩り』と呼び忌み嫌う。

 私達は『人間』を忌み嫌う。


 個人で、思想や理念や価値観が違うのなんて頭では分かっている。

 それでも、私たちは寄り添う余地なく彼らを嫌う。

 そうさせたのは、まぎれもなく彼ら。


『人間』とは、本当に愚かで度し難い『種』。


 それが私たち『異種族』の共通認識となった――――






 :::::






(……そろそろ20分くらいか)


 ナナシ。それに朱音という『人間』の男女が結界内に侵入して大体それくらいが経過する。


「ナナシさん達、大丈夫かな」

「心配ない。あの二人なら」

「……」


 もう何度目だろうか。唯火さんがあの二人を思って心配の呟きを漏らすのは。

 そんな姿を見ると、まだ数時間程度しか行動を共にしていない私にでもわかる。この四人の本当の間柄を。

 というより、四人の態度を見るにそこまで秘匿にする気もないのだろうか。

 あえて断片的に本当の関係性を臭わせて私の人間に対する嫌悪感を和らげる企みかもしれない。


(唯火さんとフユミちゃんは随分とあの男を信頼しているみたいだけど……)


 確かに、彼の何気無い言動、行動は恐らく仲間と呼べる『異種族』の彼女たちに対して対等か、自分よりも優先しているように見て取れる。

 だが、そんなものはハリボテの体裁を用意すればいくらでも演じる事などできるもの。


 私は危うくそのことを忘れかけそうになっていた。


 先程の休憩時。

 結界の点検から戻ると、偶然聞いてしまった唯火さんが零していた話。



『ナナシさんと会うより前は、『探求勢(シーカー)』の研究施設に軟禁されていたって話はしたよね』

『その頃、一緒にその施設にいた『エルフ』がいたんだけど、結論から言うと私のせいでその人を死なせてしまった』



 凄惨な体験だ。

 彼女が言う死なせてしまったという『エルフ』。それはきっと唯火さんの望むところでなかったのも、彼女に落ち度があったのではないだろう事も察しはつく。


 殺したのは『人間』達だ。


 なのに唯火さんが同じ『異種族』の死を自分のせいだと背負い込んでしまっている。

 いつだって傷を負うのは大事なものを奪われた私達。増々私は唯火さんに強烈なシンパシーを感じた。


 だからこそ危惧した。

 その研究所施設とやらから行動を共にしているというあの男(ナナシ)


 こんな組み合わせが『里』を探していると言う。

 共に匿ってほしいという幼いハーフエルフの少女を連れて。


 私の中で彼女たちが無自覚にあの男に利用されている可能性、そんな疑念が再燃する。


(だから、()()に連れてきた……)


 もう、私はあの二人を『里』へ案内する気など毛頭ない。

 小さな可能性だけで、そう結論付けるに値する。ここは………『狩り場』。


(その体に利用価値があるのは、何も『異種族』だけじゃない)


 人間の、人体の。それらに利用価値を見出し利用する者だっている。何よりそうさせたのは『異種族』に害を成す彼ら自身の所為だ。

 ここは、その『狩り場』。


 変わり者で、里にとっても鼻つまみ者で、だけど決して欠けない存在の『ご意見番』と称した存在。

 彼の『人体採取場』。


 山に侵入してきた不埒者をこの場に誘い、彼が結界内でマンティコアを使い処理する。

 今もそれと同じこと。


 ……なのに、


(なんで、私は忠告なんてしたのかな……)


 マンティコアの存在など隠しておけば、警戒の薄い彼らは手早く処理されるはずなのに。

 あの書状にしても、その内容は偽りのない紹介状のようなものだ。


(……唯火さん達への後ろめたさ、だよね)


「ナナシさん……朱音ちゃん」

「姉者。心配性」


 仮初のものだったとしても、唯火さん達が今あの二人の安否を憂うのは本物かもしれない。

 もう帰ることはないことを知った時。その悲しみもきっと本物。

 それを思うと、気が重くはある。


(あの二人に、『人間』に手心を加えるような真似をしたのも。きっと、そのせいだ)


 私は無理矢理にこの思考を着地させる。


(あの『人間』二人を失った傷は、同じ『異種族』の私たちが癒しますから……)


 知らないまま失った方が、裏切りを目の当たりにする前に別れてしまった方が二人の傷は少なくて済む。

 だから、


(どうか、私の独善を許してください)


 そんな自分勝手な懺悔をしていると、



「! 何?この、唸り、声……?」



 唯火さんは結界の先を見る。

 言う通り、霧の奥、結界の中で何か―――


「姉者……!」

「フユミちゃんッ!」

「きゃっ……!?」


 途端、目に見えない壁を体が通り抜けた様な感覚。


 それは突風だった。


 森の奥から木々の隙間を流れ、大きな風音を唸らせながら、葉を散らし全身を打つ突風。

 小さな体のフユミちゃんはその体を浮かせ、唯火さんが手を掴んでいなければ飛ばされてしまうほどの強い風。

 木々が生い茂る様なこの場所でこのような現象は観測したことがない。


 だが、



「……エミルさん。これは…」

「ウソ、でしょ……?」



 それよりも。この風そのものよりも―――



「霧が……結界が、消えた……!?」






 :::::






「……よし。一薙ぎで消せた」


超剛力(ストレンジ)』で限界を超えて強化された膂力の反動に肉体を軋ませつつ、羽衣を元の形状へと戻す。

 周囲を見渡すと霧は跡形もなく消え去り、薄い日が差すただの深い森の光景が広がっていた。


(さぁ、何処だ……)


 その全景を確認すると、聴覚を最大強化し目を閉じて索敵範囲を広げる。

 朱音の乱れた呼吸、風に揺れる木々、葉が奏でる音。

 

 阻害する霧の結界が消失した今―――


「そこか!」


 距離にして50メートル内にいたその気配を辿ることは造作もなかった。

 発見と同時に空を打つ拳、『虚空打(からうち)』を放つ。

 その先の樹木は樹皮を剥がれ欠損、木片が散る直後。



「―――姿を完全に消そうとも、気配だけで探るか」

 


 呟くような、だけどこちら側にまでよく聴こえるやけに低い声質とともに。

 不可視の拳打に抉られた樹木の傍らに、そいつは突然蜃気楼のように姿を現す。


(……初見で避けられた)


 ほんの一瞬前まで気配は拳の射線上にいたはず。見えないそれを難なく躱して見せた。


(こいつが、エミルの言う『ご意見番』か)


 腰の曲がった老人。

 だがその身長は高いのだろう、背筋が伸びないまま俺と同じかそれ以上の体高。

 バンダナで目元を隠し、その目元、顔回りに刻まれた皺からかなりの高齢であることが窺える。

 体は一枚の布切れで覆われており、見た目に衛生的とは言えない印象。そこから伸びる骨ばった細い手足には装飾か、無数のリングが通してあった。

 総じた印象として、民族的な装いだ。


「あんたが『ご意見番』か?」


 書状の事は置き、一刻も早く朱音を助けるために力ずくでねじ伏せるつもりだったが、一筋縄ではいかないようだ。対話でのアプローチへと切り替える。


「だとしたらいきなり攻撃するような真似をして済まない」


 毒に苦しむ朱音の呼吸を聞きながらではかなり困難を極めたが、何とか敵意を殺し老人に言葉を投げる。


「誰に聞いた?」

「……『里』のエルフ」

「名は?」


 返答に迷った。

 エミルからは名を伏せる等の指示は受けていない。

 だが、この老人から発せられるただならぬ気配から、彼女がなにか不利益を被るのではないかと一瞬言いよどむが。


「エミル。フルネームは、憶えていない」


 今は何より朱音の事が最優先だった。

 手短に答え、エミルから預かった書状を投げてよこすと器用にそれを受け取る。


「……フム」

「その件はあとでいい、仲間がマンティコアの毒を受けた。危険な状態なんだ。『解毒剤』をくれないか?」

「それなら持っているのではないか?」


 俺の言葉に特に関心を引かれた様子もなく書状に目を落としながら言う。


「持ってはいるが、これじゃ効果が薄い。毒を消しきれないんだ」

「未熟な出来損ないか……」


 ……こいつ。


「頼む。あのモンスターを飼っていたなら持っているだろう?それ一つだけでいいんだ」

「まぁまて。今字を読んでいる。あと一回分はあるだろう?」


 全部見たうえで、マンティコアをけしかけ朱音に毒を与えた自覚があるうえで。


「……時間がない」


 分かって、言ってやがる。


「ぐっ……!?ぁあっ!」

「朱音……ッ!」


 苦痛に呻く傍に屈み抱き起すと、最後の『解毒剤』を飲ませた。


「……フム。献身的だな」

「……」


 書状から双眸を覗かせ、その一連を見届けると老人は小馬鹿にするようにそう言った。


「『解毒剤』を、お願いします」

「■■■■■」


 こちらの懇願を、聞いたことのない言葉で遮ると。


 奴の背後の景色はゆがみ、廃れた木造の家屋が現れる。

 その周囲を囲うように、人のものと思しき頭蓋骨が紐で連なるように吊るされていた。

 まるで何かの呪い(まじない)の様に。


 その光景と、ふと霞のように姿を消した老人の気配に視線を巡らすと、いつの間にか家屋の軒下に置かれた年代物の椅子へと腰掛ける。

 そして傍らに備え付けられたサイドテーブルへ書状を置くと、


「取りに来い。望む通りの文を書いてやる」

「……その前に『解毒剤』を」


 朱音を抱えたまま立ち上がり慎重に家屋へと近づく。


「それもくれてやる。対して珍しいものでもない」


 何か境界のように突き立てられた杭。その上にはやはり人骨のようなそれ。


「もっとも―――」


 それらを超え更に足を踏み入れようとすると、


「くっ!?」

「っぅ……」


 罠は十分に警戒していた、だが俺と朱音は見えない何かの衝撃により阻まれ弾かれた。

 その衝撃に思わず朱音を手放してしまう。


「くそ!大丈夫か朱音!」


 起こすと、今の衝撃の発生部なのか。肩に面した衣服は焦げその肌を薄く焼いていた。


「ここまで取りに来れたら。の話だがな。()()()()()


 怒りが、スキルの抑制を振り払う。

 残された理性で、苦しみに耐える朱音をゆっくりと下ろすと。


「忠告はしておこう。この結界は『人間』には踏む込めん。そしてお前が今やろうとしていることは確実に死につながる」


「この……」


 何かを、『人』の形をした存在がしゃがれた声で何かを言っているが、何も聞こえなかった。眉間の集まる血流が、憤怒が言葉を対話を拒む。


 眼球の奥が圧迫される程、憎悪と殺意をもって座る老人を睨みつけ。


「ク、ソ……ッ!!」


 森の柔い地を蹴り抉る。


「接触時の移動エネルギーが大きいほどその身に返る衝撃は―――」


 駆ける。

 足に伝う土を踏み抉る感触は、一瞬で、



「―――あぇ?」



 木造の床に踏み込んだものへと変わる。

 駆けながらも振りかぶり力をためた拳、


「お前、にん……!?」


 踏み込んた時点で怒りを乗せたそれは対象の眼前へと肉薄。


「ジジイィ!!!」


 止めどなく湧き出る怒りのまま、加減なくその横っ面を殴りつけると。


「――――ッ!!?」


 腰掛けた椅子は砕け、その主は後方へ、廃れた家屋を破壊し木々をなぎ倒しながら。


 森の地を跳ね回った。

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