149話 ため息
迎えた健康診断二日目。
「・・・・」
『隠密』を常時発動し、救護室の天井裏に息を潜める。
(しかしあれだな。自分で言いだしたことだが・・・)
退屈だ。もっと言えば体が鈍る。
竜種が出現してからの日々は毎日が油断ならない相手との戦闘続きで、日に日に自分が研ぎ澄まされていくのを実感した。
そこにシキミヤなんぞが割って入ってきてたから尚更だ。
だが『探求勢』のこの施設に来てからというもの、行動は抑制され派手な動きができない。
大立ち回りがあったといえば、こっそり抜け出し聖夜を救出した『小鬼迷宮』でくらいだ。
(対人だとスキルの熟練度も経験値同様、ほとんど上昇しないしな・・・)
『小鬼迷宮』でも最初にあの力を使って以降はいつも通り剣をふるっただけだったし、何よりその強さは竜種と比べるべくもなかった。
『王』が出現していなかったというのもあるがあっという間に最深部まで制圧できてしまったのだ。
(色々試したいことは山ほどあるのにな・・・)
もどかしさは募るが俺だけの都合で問題を起こすのも気が引ける。
この施設で俺が起こした何かが、ユニオンと『探求勢』。今後の関係性に影響を与えてしまうかもしれない。
(まぁ、あと一日二日・・・いや、アトラゥスにやられた皆が回復するまでの辛抱、か)
それまでは束の間の休息と思っていよう。
「それじゃ、お大事に~」
「ありがとよ。美弥子ちゃん」
あれこれ考えているうちに終わったようだ。今の人も特段怪しい様子は見られなかったと一息つくと。
「・・・はぁ」
(今日はやけにため息が多いな。美弥子さん)
今日はというか、昨日もだったが。
目の前に診察相手がいる時はそんなことないが、一人きりになった時にふとついて出てしまうといった感じだ。
ため息を吐く様子もどこか様になるものだから流石というところだが。
まぁ普段の彼女をあまり知らないから多いのかどうか判断しかねるところではある。
『お兄さん。そのケアが必要な対象に私は入ってないのかしら?』
この一件を依頼しに行った時言われた言葉を思い出す。
(やっぱり、美弥子さんも何か抱えているんだろうな・・・)
大人びているが俺とそう変わらない歳の女性だ。
ここ最近ユニオンに立て続いて起きている出来事はそんな女性が一人で抱えきるにはあまりに重いかもしれない。
(・・・今日も何事もなく終わったら、唯火たちに相談してみるか)
医者の不養生という言葉もある。
それに巻き込んだのは俺だ、同じ女性である彼女たちの意見を聞いて何かできることはないか考えてみよう。
(・・・すみません、美弥子さん。頑張って)
心の中でまたもため息をつく眼下の彼女に、届くことのない謝罪と応援を送りながら、
二日目もまた内通者が現れることはなかった。
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「美弥子さんがため息、ですか」
「ああ。初日から少し気になってたんだが、動きの端々にもストレスを抱えているよう感じる」
昨日と同じ時間帯に健康診断を終え、同じく聖夜の部屋に集まる皆に報告を終えると、唯火と朱音二人を呼び止め俺が使わせてもらっている部屋で彼女の話を切りだす。
「ストレスなんて誰でも抱えてると思うけど、あの美弥子さんがね・・・それは確かに心配かも」
「だろ?」
俺より長く彼女を知る朱音にして思うところはあるようで。
「同じ女としてなんかこう、思い当たる節というか・・・・なんか力になってやれないかな」
「そうね・・・・内通者の件を隠して巻き込んでる手前気になるわね」
俺と同じことを思っているらしくそういう朱音。
「ま、それ抜きにしても仲間だし」
「助かる・・・で。なんか心当たりあるか?」
やはり付き合いの長い人物が良いだろうと、朱音に問うも首をひねり唸る。
「ため息、ストレス・・・私だったらお腹空いてる時とかですかね」
「そ、そうか」
唯火らしくもあり、らしくなさもある絶妙な意見だった。
「い、いや!結構大事なんですよ?女の子のお腹の容量は小さいんですから、すぐにお腹空いちゃいます」
((唯火の燃費が悪いだけじゃ・・・))
と、なんとなく俺と同じことを思っているだろう朱音が。
「んーまぁ、その線はありかもね」
「マジで?」
「そうだよね!流石朱音ちゃん」
ふすーと音でもしそうな具合に得意げな唯火だが。
「あー、お腹云々じゃなくて・・・一緒に飲み食いすればなにか普段言えないことも言ってくれるかも。みたいな」
美弥子さんお酒好きだし、と付け足すのを聞くと。
『ナナシさんと飲むの、楽しみにしてるわ。その時は私のカウンセリングもお願いね?』
彼女からのお誘いのくだりを思い出す。
「ふむ・・・適度な飲酒はストレス解消にもなるからな」
「!」
「え。ちょ、どうしたの唯火・・・」
唯火の抜けた発言から生まれた中々の名案に考え込んでいると、何やら背を向け二人でひそひそと話をはじめ。
「・・・あーなるほどね。美弥子さんが誘って。それは確かに・・・」
「間違いが!間違いが起きたら大変です!」
・・・まぁ、小さい声だろうが俺の耳には聞こえてるわけだが。
要約すると、男女二人きりの飲み会など俺がケダモノになる可能性が高いとのことだ。
なんでこんなに信用無いのかね?
「ゴホン!あれだ、唯火じゃないが美味いものでも酒と一緒に流し込めば美弥子さんも喜ぶだろ。二人は酒はダメだがみんなで一緒に誘おうか。俺の部屋でいいだろ」
少し目立つが仲間の為だ。俺の『隠密』と朱音の『遮音』のスキルがあればどうとでもできるだろ。
唯火は料理が得意だしな。と締めると。
「ま。それが妥当でしょ」
「あ。私ここの食堂の調理場の方と仲良くなったので、ちょっと色々お借りして用意できますよ!」
「・・・よく打ち解けられたな」
久我とは関係ないとはいえ同じ『探求勢』の施設の人と仲良くなれるとは。俺たちの微妙な立場もあるというのに。
とんでもないコミュニケーション能力だ。
「んじゃ、善は急げだな。早速今日話に行こう」
「全部終わった明日がいいんじゃないですか?」
「それだともし内通者が見つかったらそれどころじゃなくなって機会を失うかもしれないだろ?」
「それもそうね。なんか少し楽しくなってきたわ」
ここ最近環境も変わり内通者の件もあって殺伐とした雰囲気だったからな、朱音が浮足立つのもわかる。
俺としてもこのメンツで飲食を共にするのは感慨深い、アトラゥスの出現の時お預けされた皆との時間の時計の針が再び巻かれるような気分だ。
施設の食堂ではやはり居心地が悪いからな。
ギルドでのその願いはもう叶わないけど、場所よりもメンツだろう。
「じゃあ、唯火は準備の方頼むよ。俺は美弥子さんに話を通してくる」
「はい。わかりました」
「あたしもワルイガと行くわ」
こうして、健康診断最終日を控え、
『美弥子さんをカウンセリングしよう。飲みの会』が発足された。




