SS第21話 コクハク
私の名前はハクといいます。
私を助けてくれた神様からつけてもらった大事な名前です。神様は、神様と呼ばれることをいやがります。そのため、ゴーレムと呼ぶようにと何度も言われたので、私は言葉にする時には神様のことをゴーレムと呼ぶようにしています。
私は獣の大陸の狼の一族に産まれました。生まれたときにつけられた名前は「4番目の白い花」という意味の言葉でした。でも、私はその時の名前を名乗れません。その名前を名付けられた理由は簡単です。私の髪の毛や尻尾の色が真っ白だったからです。
私の父様も母様も黒い髪の毛と尻尾を持ち、黒い瞳をしています。私の上の兄や姉もみんな父様と母様と同じような黒い髪の毛と尻尾で黒い瞳をしています。私だけが、白い髪の毛と尻尾を持ち、右目は血のような真っ赤な赤色、左目は薄い赤色をしていました。
そんな文字通り毛色の違った私を父様も母様も兄や姉と同じように育ててくれました。私の下に弟や妹が出来ましたが、弟や妹の髪の毛も尻尾も父様や母様と同じでした。
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私が5歳になったある日、友達の男の子に何気なく、いつ狩りを成功させたのかを聞いてしまいました。私の右目には男の子に【新米狩人】の称号が新しくついたことが見えていたからです。
友達は、とてもおどろいてどうしてそれを知っているんだと、声を荒げました。私は友達の声に驚いて、「だって、称号が見えているから」と答えました。
その後、友達はとても不気味な者を見るような目で私を見て、後ずさりをし、家に帰ってしまいました。私は他の友達に、「私が何か悪いことをしたのかな」と聞いたら、みんな何も言わずに家に帰ってしまいました。
私が一人でとぼとぼと家に帰り、今日あった出来事を父様と母様に話すと、父様と母様は顔色を変えました。
他の人には私のように、相手の人の強さや称号、弱点とかが見えていないそうなのです。父様と母様から、私が右目で相手を見ると相手の強さがわかってしまうようなので、もう右目で他人を見てはいけないと言われました。
群れのボスを強さで決める私たちの一族では、相手の強さを勝手に調べるのはとても失礼な、恥ずべき行為なのだと教えられました。だから、友達の男の子はあんなに怒っていたのだとわかりました。
あの男の子は今の群れのボスの子供だったから、自分の強さが見られたことが許せなかったのだと思います。
私は明日謝ろうと思いました。
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次の日、私は男の子に謝ろうとしましたが、私の姿を見るなり、男の子も、他のみんなも顔を背けてどこかに行ってしまいました。
次の日も、謝ろうとしましたが、みんな私の姿を見るなり、顔を背けてどこかに行ってしまいます。
群れの大人達も私を見ると、そそくさと逃げるようになってしまいました。
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父様や母様は今まで通り私に接してくれますが、兄や姉、弟に妹は私を避けるようになりました。私が話しかけても、私には何も話してくれません。
それから、私は人に話しかけるのが怖くなり、あまりしゃべらなくなりました。
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父様や母様に嫌われたら、どうしたらいいのかわかりません。私は父様や母様に話しかけようとしても、嫌われたらどうしようと思って、今までのように声をかけることができなくなりました。
父様や母様は、あまり家からでなくなった私を心配してくれます。でも、私にはどうすればいいかわかりませんでした。
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私が10歳になったある日、父様や母様が夜に難しい顔をして話し込んでいました。
赤き獅子と呼ばれる獣人が獣の大陸を統一するために、さまざまな群れに戦を仕掛けているというのです。赤き獅子は私たち獣人ではあり得ないほどの魔法を使えるそうです。
私たち、獣の大陸に住む獣人は群れごとに縄張りがあります。よその群れの縄張りを荒らすことは滅多にありません。私たちの群れにも戦が仕掛けられてしまうのでしょうか。
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さらに3年の月日が経ち、赤き獅子が獣の大陸を統一しました。戦いに敗れた群れの者で、反抗的な者は奴隷として売り払われていると聞きました。
おとなしく従う群れの者は、年に一度生け贄を差し出すことを強制されます。赤き獅子はその強力な魔法を使うための力を維持するために生け贄が必要なのだとまことしやかにささやかれていますが、真偽のほどはわかりません。
私の群れでも生け贄を差し出すことに決まりました。
父様や母様は最後まで反対してくれましたけど、群れの総意は私を生け贄に出すことに決まっていました。身体も小さく、弱い、何よりも呪われた力を持った私は、みんなから嫌われているのでしかたがありません。
父様や母様が、私の扱いに困っているのも知っています。だから、私が生け贄として差し出されるのが父様や母様のためにも一番いいのです。
私は名前を取り上げられ、生け贄として赤き獅子へと献上されました。
住んでいた村を離れる時、父様と母様のほっとした顔が私の目に入りました。私は生きていない方がいいのだと思い、自然に涙があふれてきました。
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赤き獅子の前に連れて行かれた私は、赤き獅子の眼光の鋭さに怯えて、思わず両目で見てしまいました。
すると赤き獅子が玉座から立ち上がり、魔法を私にかけてきました。その魔法によって私の右目が焼け付くような痛みに襲われます。私は右目を押さえてうずくまります。
右目を押さえている右手もすごく熱いです。
赤き獅子は、「貴様のような者はいらぬ。消え去るがよい」と恐ろしい声で呟きました。そして、私に向かって右手をかざし、別の魔法を放ってきました。
私は魔法の光に身を包まれ、気がついたら、見知らぬ草原に飛ばされていました。
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言葉も上手く話せず、赤き獅子にかけられた魔法によって右目から徐々に身体を蝕まれていく私は、人間に捕まってしまいました。他にも檻に入れられている人がいたので、私は奴隷として捕まったのだとすぐにわかりました。
最初は白い毛並みの珍しい獣人として扱われていましたが、魔法がゆっくりと私の身体を蝕んでいくにつれ、人間は私を一人だけで檻に閉じ込めるようになりました。
1日1度の食事は与えられますが、それだけです。
檻の中で、もう私はここで死ぬんだ、ようやく痛みがなくなるんだと思って、静かに横たわっていました。
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突然、首にはめられていた首輪が外れたのでなんだろうと思って、まだ見ることができる左目をゆっくりあけると目の前に銀色のきらきらしたきれいな人形がいました。
私はまだ動く左手をゆっくりと人形の方に差し出します。なんで差し出したのかはわかりません。ただ一人で死ぬのが寂しかったからかもしれません。
人形はそっと私の手を取ってくれました。
人形の手をにぎると少しだけ身体の痛みが和らぎました。人形の手は金属のようで冷たかったです。でも、その時の私にはとても温かくてやさしい手のように感じました。長い間感じていなかったぬくもりに私の左目から涙がこぼれました。
私は、最後にお礼を一言だけ伝えたいと思って、ありがとうと言おうとしましたが、上手く声が出ません。もう、何年も話していないし、弱っているので口を上手く動かせませんでした。私はまた力なく左目を閉じました。
この銀色の人形は、きっと私の最期を見守るために来てくれた神様なのです。最後にぬくもりを与えてくれるために来てくれた神様なのです。
最後にぬくもりを与えてくれた神様を見るために、ゆっくりと目を開けます。表情はわかりませんが、神様は私をとても心配そうに見つめてくれている気がしました。
「ありがとう、かみさま」と最後に神様にお礼を言って、私は目を閉じました。うまくお礼を言えたかなと思いながら、私の意識はゆっくりと沈んでいきました。
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私の意識は、暖かい光によって闇の底からすくい上げられました。とても寒かったのに、今は暖かい光によって体中が暖かくなっていっている気がします。
私は左目を開けます。そこには前と同じように神様が私の手を握ってくれていました。自分でも信じられませんが、私は自分で身体を起こすことができました。
これは、きっと神様が与えてくれた生命なのです。神様が私に生きてもいいのだよと言ってくれている気がしました。
私は神様をじっと見て、「ありがとう、神様」とお礼を言いました。
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その後、私だけでなく捕まっていた奴隷が神様に助けられました。私はいままで死にかけていたのが嘘のように自分の足で立って動くことが出来ました。
神様と一緒に船で陸地を目指します。神様は私のあまり自由にうごかない右手を心配して、やさしくさすってくれます。
私の心の中が神様へのありがとうの気持ちで一杯になった時に、突然、頭の中に声が響きました。
『我はゴーレムなり。我の声が聞こえるか?』
私は驚きのあまり、左目を大きく見開いて神様をじっと見つめます。私は神様とお話ができるようになったのです!
私には名前がないと伝えると、神様はハクという名をつけてくれました。私は生きてもいいのだよと言われた気がして、うれしくなり、神様に向かってしっかりと頷きました。
神様は、ポーチに入っている神様の身体を1日1回磨いている非常食のネズミを紹介してくれました。ネズミにはちゃんと名前がつけられていました。神様が食事をしている姿は見たことがないので、もしかすると非常食ではないのかもしれません。
私はネズミによろしくと自己紹介しました。
神様に帰る場所がないと伝えると、神様は一緒に来るかと言ってくれました。私は喜んで「神様と行きます!」と答えました。
ただ、私の口からでる言葉は、私の思い通りにはなりません。顔が傷痕で上手くうごかないというのもありますが、私の心が話すことを恐れているのかもしれません。
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その後は神様と一緒にいろいろな場所へ旅をしました。港町ではアスーアに優しくしてもらいました。砂漠の王国では、私に新しい家族と呼べるような人たちもできました。
私なんて死んだ方がいいのだと思っていましたが、神様に出会って、生きていて本当に良かったと思えます。
時折、獣の大陸の父様や母様のことを思い出します。でも、どうなっているのか考えるのが怖くて、過去に向き合えません。最後に見た父様と母様のほっとした顔が脳裏に浮かんできて、どうしても心が拒絶してしまうのです。
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私は武闘大会で優勝することができました。神様はどうやらポーチを外したいようで、賞品であるカナエールが欲しいようでした。
私は神様のために優勝したので、カナエールを神様に差しだそうとすると神様は私の自由に使えと言ってくれます。
私は神様が思うように使ってくれたらうれしいので、神様にカナエールを手渡しました。すると神様は、私のためにカナエールを使ってくれました。
もう治らないと思っていた右目も火傷のような傷痕も全てきれいに治りました。そして、身体の傷だけでなく、心の中の傷も治ったような気がします。
その証拠に、今までどうやってもうまくしゃべれなかった私の口から、思った通りの言葉を話すことが出来ました。
神様には何から何まで与えてもらってばかりで、感謝してもしきれません。
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傷痕がなくなった私は、父様や母様のことをきちんと思い出せるようになりました。父様と母様のほっとしたような顔が思い浮かんできても、私の心は拒絶することはありません。
今なら、私は過去と向き合えるかもしれません。今の獣の大陸がどうなっているのかわかりませんが、神様と一緒ならば、私はきっと過去を乗り越えられると思います。
私は翌朝、勇気を出して、獣の大陸に行ってみたいと伝えました。理由を説明しようとした私の言葉を遮り、神様は『行こう!』と快諾してくれました。
喜んで出発の準備を始める神様を見て、私はちょっと苦笑しつつ、ありがとうとお礼を言いました。
神様と一緒なら、私はきっと何でもできると思います! 神様はちょっと抜けているところもありますが、そんなところも含めて私は神様が大好きです!




