第118話 仲直り
我はゴーレムなり。
ヒカルの話を聞く限り、我の攻撃はあと少しで天界を滅ぼしていたようだ。うむ、そのつもりで攻撃していたのだから、問題はない。むしろ、予定通りと言っていいだろう。
しかし、我は戦意のない者に絶えず攻撃をしていたのか。
まったく戦争ってやつは人を狂わせるぜ。まぁ、我はゴーレムなんだけど。
ヒカルが戻ってくるまで何をしていよう。
◆
我がノートに文章を書いていると、ヒカルが戻ってきた。なにやら女も一緒に来ているみたいだ。誰なんだろう。
「すまんな、待たせてもうた」
『気にするな、案外早かったよ。そっちの女の人は誰?』
「ああ、紹介するわ。天界を代表する女神や。今回の戦いをきちんと終わらせるために来てもろうたんや」
ヒカルの後ろに控えていた女が、ヒカルの横に並んで話しかけてきた。ちょっと震えているけど、トイレにでも行きたいのだろうか。
「は、初めまして。私は運命の女神です」
なんと!? 運命の女神?
目の前の女神はロングヘアーなのだ。運命の女神には前髪しかないのかと思っていたが、後ろ髪もちゃんとあるようだ。
うーむ、もしかしてカツラなのだろうか?
我はヒカルの服をひっぱり、質問する。
『ヒカルよ、あれは本当に運命の女神なのか? あのロングヘアーは地毛なのか?』
ヒカルは首を傾げながら、答えてくれた。
「? そやで。運命の女神や。そりゃ自前の髪やと思うけど、なんかあるんか?」
なるほど。運命の女神には前髪しかないというのは地球のことわざの中だけのことか。ここは異世界、ファンタジー。地球の常識にとらわれてはダメなのである!
我は一人で納得し、首を縦に振る。
おっと脱線しかけた。女神が自己紹介してきたのだから、我もしないとな。我は自己紹介をしようと手に持っていたノートにメッセージを書こうとする。するとヒカルが話しかけてきた。
「どうしたんや? いきなり何かを書き出して?」
『うむ、自己紹介をしようと思ってな。言葉が話せないから筆談しようと思ったのだ』
「そういうことか。なら念話を女神にもつなげるから、ノートに書かんで大丈夫やで」
えっ、そんな便利な事が出来るの?
じゃあ、お嬢様たちと精霊界に行った時も、念話でつなげてくれればよかったのに。
昔のことだし、まぁ、いいや。我はないわーポーチにノートをしまい、女神に話しかける。
『我はゴーレムなり。此度は天使から宣戦布告を受けたが、もう我は天界の敵ではないと思って良いのか?』
「はい。ゴーレムさんは天界の敵ではありません。そして、すでに私たちには戦う意思もありません。天界は崩壊寸前なのです。ですから、どうか天界への攻撃を止めてください。お願いします」
そう言って女神は深々と頭を下げてきた。
『顔を上げて欲しい。天界が攻撃をしかけてこぬのなら、我も天界を攻撃するつもりはない』
「あ、ありがとうございます! もう天界がゴーレムさんに手を出すことは決してありません」
『うむ、我も攻撃されなければ手出ししないことを約束しよう』
ヒカルがほっとしたように、安堵の息を吐く。
「ほんなら、これでこの話はおしまいやな。はぁ、天界がなくならんでホントに良かったわ」
「はい、ありがとうございました、光の精霊王。この御恩は決して忘れません」
「ええよ、ええよ。けど、ちゃんと約束は守りや」
「はい。わかっています」
んん? 何かヒカルと女神の間で約束があったのか? それはいいとして、天界は我の攻撃で崩壊寸前なのか。うーむ。神や天使を消滅させた上、住む場所まで我が壊してしまったのだよな。
すべてを水に流すことはできぬだろうが、天界の復興に我も力を貸した方がいいかもしれない。協力的な良いゴーレムですよとアピールしておいたほうがいいだろう。生き返らせることはできないけど、物なら直せるからね!
おっし! そうとなれば、さっそく天界の復興への援助を申し出ようではないか!
『女神よ、天界の被害は甚大なのか?』
「は、はい。現在天界の6割〜7割が消え去ったり、壊れたりしています」
「たしかに、天界は廃墟と化しとったな」
『そうか。それはすまぬことをしたようだ』
「いえ、私たち天界の者にも非がありますので」
『だから、我が天界に行って復興に協力しようと思う』
女神とヒカルがえっと驚きの表情をする。我の情け深さに驚いているみたいなのだ。
「ゴーレム、お前さんは何を言ってるんや?」
『いや、だから、我が天界に行って壊れた物を直してあげるよ! 生き返らせたりはできないけど、物なら復元できるからね! 遠慮しないでいいよ! どんと我に任せちゃいな!』
我は胸を張ってヒカルに答える。
「えっ、あのゴーレムさん? そのお気持ちだけで私たちは十分ですので」
女神が気を遣って、我の援助を断ろうとしてくる。まぁ、戦いが終わった直後だから、仕方ないかもしれない。しかし、はやく天界と仲直りをするためにも我は復興に協力した方がいいと思うのだ。
今までの攻撃がムチだとしたら、復興への協力はアメなのである!
『遠慮は無用なのだ! 我も天界と仲直りしたいから、気にしないでほしいのだ。もちろんお金もいらないから、安心してほしい!』
「女神よ、ゴーレムがここまで言うんや。復元がどんなものかしらんが、ちょっと手伝ってもらえばええやんか」
「えっ、でも」
「それでゴーレムも満足するんやからな、ちょっと手伝ってもらえばええやろ」
女神の回答を待たずに、我はヒカルに抱えられて天界へと向かった。
◆
ひ、ひどい。
まるで世紀末のあのマンガを見ているかのような廃墟が広がっているのだ。戦争とは、なんともひどいものなのである!
天界の者達が我とヒカル、女神を遠巻きに見ているが近寄ってこない。もしかして、いや、もしかしなくても我は怖がられているみたいだ。
これは、いいところを見せて、我が良いゴーレムということをわかってもらわなければならん!
おっし! やってやるのだ!
『じゃあ、ここから直し始めるから』
我はヒカルと女神に声をかけ、壊れた建物や消え去った地面ーー天界だから床というべきだろうかーーをせっせと直し始めた。
直れ、直れと念じながら、我は天界を直していく。その様子にヒカルと女神は驚いているようだ。ふっふっふ、我は単なる愛らしいだけのメタルゴーレムじゃないんだぜ!
どう? どうよ? とたまに、ヒカルや女神をチラ見しながら、我はせっせと天界を直していく。
◆
ふー。ほんとうに結構な範囲が壊れているな。
我ながら恐ろしいほどの攻撃力なのだ。ラインライトでも極めればここまでの力になるのだな。
遠巻きに見ている天使達が、我の修復作業に驚いてくれているみたいだ。ふっふっふ。我が良いゴーレムということをきちんと目に焼き付けてもらいたいね。
◆
どうやら、天界は階層構造になっていたらしい。一番上の5層目から順次直していく。3日ほどで2層目までを直したけど、1層目は完璧に消滅しているらしい。
どうやら、我のスーパーラインライトによって一瞬で消え去ったそうだ。なんとも恐ろしい結果なのだ。スーパーラインライトは切り札として封印しておこう。
とりあえず、何もないところに手をかざして復元してみよう。
なんとかなるかな? 無理だろうな。
これでなんとかなったら、マジで我ってすごいよね。目の前に女神がいるけど、我も神並だって言える気がするよ。
直れ、直れと念じていると、なんと光が集まり始めた!
えっ? マジで!?
こんなきれいさっぱり消えているのに復元できちゃうの!? 我ってすごくね!?
ふっふっふ、なるほどな。信じる心は奇跡を起こすんだぜ!!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
ヒカルも女神も、信じられないものを見たように目を見開き、驚愕の表情を浮かべている。まぁ、我も驚いたから、ヒカルや女神が驚くのも無理はない。
ちょっと遠くにいる天使達が、我を見る目が変わってきている気がするよ。我が良いゴーレムだってわかってくれたかな。
◆
女神が言うには、後は天界への門だけがない状態らしい。ようやく最後なのだ。
「ゴーレムさん、ここまで直してくれれば十分です。ありがとうございました。天界への門は、膨大な力によって形作られていたのです。こればかりはゴーレムさんといえどすぐに直せないと思いますので……」
女神がもういいと言ってくるけど、とりあえずやれるだけはやってみるのである!
我は天界への門があった場所に手をかざし、直れ、直れと念じる。するとまた光が集まり出した。おお、どうやら復元できるみたいだ。
しばらく手をかざしているときちんと復元できた。
女神が呆然としている。うむ、我はきちんとやりきったのだ。ヒカルがあきれつつ話しかけてきた。
「ゴーレム、お前さんは本当にむちゃくちゃやな。なんやねん、その力」
『この力か、【復元】という我の能力のひとつだよ』
「……そっか。お前さんはすごいな」
『よせよ、照れるじゃないか』
◆
我は女神に別れの挨拶をし、ヒカルに地上へと連れて帰ってもらおうとした。するとヒカルが最後に確認するところがあると言ったので、我も付き合うことにした。
なにやらヴーン、ヴーンと鳴っている装置がある。
「ちゃんと止めてるみたいや。この調子なら、あとは溜まっている力を使い切ったら動かなくなるな。ほな、帰ろか?」
『この装置は何なのだ?』
「えっ、ああ、これはなぁ。なんていうたらええんやろ。天界に力を供給するための装置なんや。でも、もう力を得ることができないから、単なるゴミになるはずや」
『なんと!? これも我の攻撃のせいなのか!?』
「お前さんの攻撃のせい言うたら、お前さんのせいやけど、これは気にせんでええで。むしろ、この装置は動かない方がええんや」
『うぬぅ。そうか。力が溜まっていると言ってたけど、力を溜めておける装置なのか?』
「ああ、結構な力を溜めておけるはずやで。まぁ、もうええやろ。帰ろうや」
我はヒカルと共にその場を後にする。
◆
地上に帰ろうとする我とヒカルの前に傷だらけの創造の神とやらがやってきた。ヒカルは創造の神と話し込んでいる。まだ時間がかかりそうだ。
そうだ!
この時間で我がさっき見た装置にこっそり力を注いでおこう! そうすれば、大分長い間、力を供給できるんじゃないかな。
人知れず役に立つ。かっこいいじゃないか!
◆
我はこっそり装置のところに戻り、力を注ぐ。神器の時は壊しちゃったからな。壊さないように気をつけないとダメだ。
我はぎりぎりのところまで力を注いでいく。
我はパチパチと装置が鳴りだしたところで、力を注ぐのを止めた。
ふー、ぎりぎりのはずなのだ。これでかなりの間、力を供給できるのではないかな。女神や天使達も喜ぶであろう。
我は誰にも見られないように、ヒカルのところまで戻り、ヒカルと一緒に地上へと帰っていった。これで天界とも少しは仲直りできたはずなのだ。
良いことをした後は気持ちがいいね!
◆
◆ ◆
◆
私は運命の女神です。
ようやく光の精霊王とゴーレムが地上へと戻っていきました。あのゴーレムはなんとも恐るべき相手です。大魔王以上だと考えるべきですね。
あのゴーレムが次は確実に滅ぼすと言ったと光の精霊王から聞かされました。決してゴーレムに手を出さないようにするためにも、あのゴーレムがいる間は地上に天使達を派遣しない方がいいでしょう。
ただ今回の件で、ゴーレムの異常な力を見た天使達の間で、「神とは何なのだ」とか、「あれだけの力を持っている者こそ神ではないのか」「なぜあれほどの者に戦いをしかけたのだ」と言った不満が噴出し始めました。
これは非常にまずい事態です。天使達から、私たち神々への信頼が損なわれていっています。これで地上からの力を吸い上げて使っている装置を止めたら、暴動につながってしまうかもしれません。
「女神様、このまま地上の力を吸い上げる装置を止めておいて良いのでしょうか? あと1週間程度で溜まっている力はなくなるはずです」
私の側近の大天使が質問してきます。光の精霊王には、装置を止めているところをきちんと見せました。うん、今まで以上に慎重に吸い上げれば大丈夫でしょう。
「精霊達にも気づかれないように、慎重に力を吸い上げるようにしましょう。地上の力を吸い上げる装置を起動させてください」
「はい、かしこまりました」
大天使が私の前から立ち去って、しばらくすると突然、轟音が鳴り響きました。そして、その轟音が天界全てに広がっていきます! 一体何事でしょう!? まさか、またゴーレムが攻撃してきたのでしょうか!?
側近の大天使が慌てた様子で私の部屋へと駆け込んできました。
「め、女神様!? 装置を起動させたところ、エネルギー過多により爆発しました!」
「なっ!? それはどういうこと!!」
「なぜか装置に溜まっていたエネルギーが限界を超えた状態で、オペレーターがエネルギー残量を確認せずに装置を起動させたところ、爆発してしまったそうです! まずいことに供給ラインを介して、天界全体に爆発が広がってしまい、天界の多くが廃墟と化しています!」
「な、なんということなの!?」
どう対処しようか考えている私の部屋に、別の大天使が駆け込んできました。
「た、大変です、女神様!」
「今度は何!?」
「天使達が暴徒になり、各地で争乱が発生しています!」
「なっ、こ、こんな時に!?」
この時の私は、これが300年以上にわたって天界全てを巻き込む大戦争のきっかけになるとは、夢にも思っていませんでした。
そして、終わりの見えない大戦争を終結させるのが、あのゴーレムになろうとは……。なんという皮肉な運命なのでしょうか。




