第91話 派遣された魔将軍
我はゴーレムなり。
魔国イクロマにて魔王に会うために、現在、関所で足止めをされている。勇者候補たちは退屈そうだが、マナーをわきまえろよという我の言葉に従っておとなしくしている。
たまにガラの悪いヤツらが関所に来ることもあった。魔族の隊長が対応に苦労しているので、我が間に入ってやるかと思い、前に出ようとすると、勇者候補や他の魔族の兵士達に止められる。
「ややこしくなるから、じっとしてて」となぜか、我をみんなで止めてくるのだ。
最近、勇者候補や魔族の兵士達の結束が強まっているように感じるね。
まるで共通の敵でもいるかのように結束が強まっているみたいだ。同じ釜の飯を食べることで、これほど結束が強まるとは。やはり、人間も魔族もわかり合えるのだね。
◆
魔王からの返信はまだかなと待っていると、ようやく返信が来たようだ。いや、返信というよりも魔王の使いが来たらしい。男と女の二人の魔将軍が、2000の兵士を引き連れてやってきたみたいだ。
なんともものものしい出迎えである。魔族の隊長も「これは一体」と首をかしげつつ、魔将軍の二人を出迎えに行った。
勇者候補たちの表情が厳しく引き締まる。完全武装の魔族の兵士達を前にしているから仕方ないのかもしれない。
男の魔将軍が前に出て「お前達はここで死んでもらうことになった」と口上を述べてくる。我らだけでなく、関所の兵士達も、なぜだと驚いている。
しかたないな、我が代表して応対するしかない。なぜならば、我が一番の年長者だからな。皆が惚けているうちに我は魔将軍の前まで進む。
「あっ」と後ろからセーラー服の声が聞こえるが、心配するな。我が平和的な解決の仕方を見せてやるのだ!
我はないわーポーチからノートを取り出し、メッセージを書き、魔将軍に見せようとする。あっ、手が滑った。我は慌ててノートを拾い、魔将軍に向けて見せる。
魔将軍は、我のノートを見て首をひねっている。何を首をひねる必要があるのだろう。我はノートの開いているページを自分で見てみると、そこには日本語で<ネギを入れて食べるのもおいしい>と書かれていた。
昨日、勇者候補達と議論していたページを開いてしまったみたいだ。いかんいかん。日本語なんてわからないから、当然首をひねるよね。
我はあわててページを開き直し、魔将軍に見せる。
<なぜ?>
「なぜだと? お前達の言葉など信じられるものか! そうやって言葉たくみに魔国内に侵入して、我ら魔族を生け贄にするつもりなのだろう!! 我らは決してだまされんぞ!」
関所の隊長が慌てて横から口を出してくる。
「魔将軍様、この人形は我らを簡単に殺せる力を持っております! 報告書にも書いたように、力ずくで来られて困るのは私たちですよ!!」
「愚か者!! お前のような軟弱なヤツを関所の隊長に据えたのは失敗だった!! このような者共がそんな力を持っているわけがなかろうが!」
「いえ!! 本当なのです!! 魔将軍様、どうか考え直してください!!」
なおも食い下がる関所の隊長に、魔将軍は殴りかかろうとする。我はやれやれと思い、隊長の前に移動し、魔将軍のパンチを受け止める。「なっ」と驚きの声をあげ、魔将軍は我と距離を取る。
「多少はやるようだな。こんなこともあろうかと、我らが魔国イクロマの守護神にも来ていただいているのだ!!」
男の魔将軍は距離を取り、女の魔将軍に声をかける。
「ネムよ! 黒竜様をお呼びするのだ!」
「わかった」
「お待ちください!! 魔将軍様!!」と、隊長が止めようとするが、女の魔将軍は止まらない。
女の魔将軍は横笛のような物を取り出し、ひゅるるーっと笛を吹いた。何が起こるのだろう。やっぱり黒竜様と言ってたから、ドラゴンでも登場するのだろうか。
後ろを振り返ると勇者候補達も緊張しているようだ。我はハク経由で言葉を伝える。
『落ち着け』
「落ち着け」
「あ、ああ」と勇者候補達は弱々しい声で返事を返してくれたが、今にも逃げたそうな雰囲気だ。周りの関所の兵士達は、「黒竜様が来られるのか!?」とざわついている。
我はぼーっとして、黒竜様とやらが現れるのを待つ。するとセーラー服が「あっ」と声を上げ、魔将軍達の後ろの方を指さす。我は、ここぞと思いゴーレムアイを発動する。
{ログ:ゴーレムアイというスキルはありません}
【王殺し】の称号を得たからいけるかもと思ったんだけど、世の中はそんなに甘くないみたいだ。
どれどれと前方を眺めると巨大な黒いドラゴンが飛んで来ているではないか。学園に行く前に竜王が誕生した時にいた黒いドラゴンに、形といい大きさといいよく似ているね。
まぁ、ドラゴンなんて色と形くらいしか違いがわからないからな。多分、あの時のドラゴンとは違うだろう。ハムスターだって、同じ種類がいっぱいいたら、どれがどれかわからなくなるしね。
「お、おい、逃げた方がいいんじゃないか!?」とブレザーが慌てている。セーラー服も逃げたそうだが、学ランだけが「ゴーレムさんがいるなら、多分、大丈夫だよ」と自信なさげに、二人を引き留めている。
うむ、学ランのいう通りだ。我がいれば、ドラゴンなどたいした脅威ではないのである!
黒いドラゴンが魔将軍の前に降り立ち、厳かに声を発した。
「余を呼ぶほどの相手なのだろうな、魔将軍達よ」
二人の魔将軍は、地面に片膝をつき、頭を下げて答える。
「はは、お手数をおかけして申し訳ありません。なかなかの強者のようなので、黒竜様の圧倒的な力で踏みつぶしていただきたく」
「今月は魔牛100頭を追加でお届け致しますので、なにとぞお力をお貸しください」
「魔牛100頭か、よかろう。余の力を貸してやろう。余が踏みつぶす相手はどこにおるのだ?」
「は、あちらの銀色の人形と召喚者達にございます!!」
「何、銀色の、人形だと? いや、まさかな」
黒いドラゴンはゴクリとのどを鳴らし、我らの方に目を向けてきた。そして、我の方を見て、これでもかというほどに目を見開いてくる。口もぱくぱくさせ、今にも炎を吐いてきそうだ。これは、やられる前にやった方がいいのかもしれない。
我は右手を挙げ、巨大なラインライトを黒いドラゴンの真上に発生させる。いざ、ラインライトを撃ち下ろそうとすると、黒いドラゴンが、ばっと小さい前足と頭を地面につけ、伏せの体勢になった。
いきなり、どうしたんだろう、この黒いドラゴンは。
我はラインライトをそのままにして首をかしげる。魔将軍達も勇者候補達も、状況を把握できていないようだ。
黒いドラゴンが弱々しい声で我に声をかけてきた。
「お、お久しぶりでございます。ゴーレム様。お忘れかもしれませんが、私は竜王祭でお会いした黒竜でございます」
我は、んんー? と首をひねりつつ、目の前にひれ伏している黒いドラゴンをよく見る。あの時の黒いドラゴンと言われれば、そう見えないこともない。我はいったんラインライトを解除し、ノートを取り出して文字を書く。
<あの時の黒いドラゴン?>
黒いドラゴンはノートのメッセージを読んで、「はい! あの時の黒いドラゴンです! 覚えていてくださったんですね!」と声を弾ませる。
<我らを踏みつぶすの?>
黒いドラゴンはノートを食い入るように見てから、首をぶんぶんと横に振る。
「め、めっそうもない! ゴーレム様を踏みつぶせる者なんておりませんよ!! それで、この度はどうしてここに?」
おお、顔見知りだからか、我の話を聞いてくれそうだ。
<召喚者を送り返したい。だから、魔王に会いたい>
「召喚者を送り返すから魔王に会いたいので? しかし、送り返すと簡単に言っても、膨大な魔力が必要なはずですよ」
<我の魔力を使う。足りない?>
「あ、ああ! なるほど、さすがはゴーレム様です! ゴーレム様の魔力であれば余裕ですよ!!」
我の魔力なら大丈夫か。ふっふっふ、やっぱりな。我の計画に抜かりはないのだ。黒いドラゴンなら魔王に取り次いでくれるかもしれないな。聞いてみよう。
<魔王に、会える?>
「はい、もちろんですよ! 私がご案内させていただきます!!」
おお、やった。ドラゴンタクシーゲットだぜ! 我は喜んで勇者候補達のもとまで行き、<ドラゴンが案内してくれる>とノートにメッセージを書いて見せる。
「いったいどういうことなの?」
「なんで話がついてるんだよ」
「いや、考えたらダメだよ。受け入れよう」
勇者候補達は3人で集まり、納得がいかないという表情でぶつぶつ話をしている。まったく、素直に喜べば良いものを。
黒いドラゴンは魔将軍達の方に向き直り、何かを話しているみたいだ。
「黒竜様、どうされたのですか?」
「あの者達を倒してください」
「お前達、相手を見てから余へ頼むが良い! あの銀色のゴーレム様に勝てる者など余は知らぬ!! お前達は余を殺したいのか!!?」
「えっ、黒竜様?」
「あのゴーレム様はその気になれば、余はもちろん、この魔国イクロマすら簡単に滅ぼせる力を持っておられるのだぞ!! お前達はこの国を滅ぼす気か!?」
「えっ? えっ? す、すいません」
「すいませんですむものか。余が来なかったら、お前達は死んでいたはずだ。命があったことに感謝するのだな!!」
我はなぜかご立腹中の黒いドラゴンの方に近寄り、ポンポンとシッポを叩く。ビクッと巨大な体を大きく震わせ、黒いドラゴンが我の方を振り返る。
「ど、どうされました? ゴーレム様」
<今から乗せていってもらっていい?>
「はい。もちろん大丈夫ですよ! 何人でもお乗りください! 魔王城まであっという間ですから!!」
我は関所の隊長や兵士たちに世話になったと礼をいい、ハクや勇者候補達をつれて黒いドラゴンの背に乗る。我が黒いドラゴンの背中をポンポンと叩くと、黒いドラゴンは「了解しました!」と言って、空へと舞い上がった。
黒いドラゴンは、かなりのスピードで空を飛んでいく。風の魔法を使ってくれているのか、我らの周りの空気は穏やかに流れている。なかなかやるな、この黒いドラゴンは。心憎いほどの気配りをしてくれるではないか。
この調子なら、あっという間に魔王城に到着できそうだ。
◆
「おい、ネムよ」
「何よ、ゲヒ」
「これは一体、どういうことだ?」
「バカ、私が知るわけないでしょ」
「あんな下手に出る黒竜様の姿なんて初めて見たぞ」
「それだけ、やばい相手だったんでしょ。ほんとに命拾いしたのかもね、私たち」
「ああ、かもしれんな」
しかたないと言い、2人の魔将軍は2000の兵士と共に関所を後にする。関所の隊長と兵士達は、疲れ切った表情で魔将軍達を見送り、ぽつりと呟いた。
「隊長、ようやく、みんないなくなりましたね」
「ああ、もう二度と来ないで欲しい」




