~良い企画者とは!?~
『実用的なエッセイは読んでもらえるが、小説を読んでくれる方がほぼいない』
これはなろうさんではなくて、アルファPさんやNリズムさんに散見されていたエッセイである。
米国のゴールドラッシュの時も、本当に儲けたのは産金業者ではなくて、機器用具メーカーだったりジーンズメーカーであったという歴史がある。
小説で人気を出したいのは皆同じであれども、利益を上手に享受できるのは、小説自体は書かない人たちなのかもしれない。
……まぁ、書きたいから書いているんだから、あんまり関係ないんだけどね (ノ∀`)ww
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現在、あちこち個人企画祭りである。
正直言えば、拙者は個人企画には参加するつもりはない。
絵であったり、一日だけの小さなイベントなら参加するのであるが、眺めるだけでも物凄い数の参加作品に圧倒される。
参加者からすれば、あまり日の眼を見なかった作品への読まれる大チャンスである。
やっぱり作品たるもの、ある程度読まれてこそなのは否定しようがない。
しかし、問題になるのは、個人企画に作品を出すだけ出して、読まない人の存在だ。
主催者は全部読むのが当たり前ではあるが、主催者しか読んでくれない個人企画には、多くの人が魅力を感じないだろう。
やはり、他の参加者様が読んでくれるのを、主催者も参加者もある程度織り込んで期待しているのだ。
……が、しかし、膨大な作品数が展開されると、主催者は嬉しいだろうが、ある程度読むことを前提に参加してくれている善良な参加者が泣きを見る (´・ω・`)
その構造が目につくので、拙者は企画にあまり前向きではないのだ ><。
企画とは概ね主催者のみで成立できず、善意無償で手伝ってくれる参加者の協力で成り立っているのだ。
むしろ、企画が成功したなら、企画者というより、より良い参加者のお陰だと言っても過言では無いだろう。
逆を言えば、企画者はモラルの高い善意の参加者を大切にし、より多く集めることが成功の近道なのだ。
間違っても、他の人の作品を読みもしないのに、大量投稿してくる参加者が多くなっては、個人企画が崩壊してしまうのだ。
それを防ぐために、文字数を規制したり、投稿作品数の規制を掛けたりすることも、やむをえない手段となってくる場合があるだろう。
……が、そういう制限を掛ける前にすることとは、いつも沢山読んで感想を書いてくれる企画参加者に対して、直接お礼伝えたりすることだろう。
又、宣伝してくれる参加者の割烹に、直接お礼を書いたりするなどの心配りだ。
自分の割烹だけで完結してしまうのは、田舎から選出されて東京から帰ってこない国会議員の様だww
お金を払わずとも、そういう気配りができる人の元には、いい人たちが集まるだろう。
いわゆる民度の高い参加者のモチベーションを保ち続けられるのが良い企画者であり、皆に愛され長く続く企画者になるだろう。
……企画を盛り上げてくれるのは、いつもよき参加者たちである。
彼らはもっと評価されてもいいはずだといつも思う。
いい協力者たちが疲弊してからでは遅いのだ……。
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裏側として、成功する経営者とは、善意の協力者を巧く使い捨てることだとも言われる。
残念ながら、一つの成功の法則である。
物凄く利益が成長している企業は、従業員から人気がなかったりもするのが世の常だ。
……人の道に沿う、沿わぬは、社会的な成功には全く関係ない。
が、しかし、応援したくなる人に成功して欲しいものだ (´・ω・`)




