76.真面目は過ぎると損をする
「アナシスタ・ベルノ・レブーク。そなたの先祖は神族と交わった人族じゃな。今はもう、血も大分薄れてしもうてほぼ普通の人間と変わりないが」
「……その通りでございます。私自身も我が家の書庫に隠されていた文献を見るまで知りませんでしたが」
「ほぅ……ではヴェリウスの事もその文献で知ったのか」
「はい。神獣様のお姿は、濡羽色の美しい狼だと書かれておりました。そして創世の10神のお一つであるとも」
ロードは眉間に皺を寄せながらも、黙って話を聞く事を選んだようだ。先程まで騒いでいたのが嘘のように静かである。
『あの時、私の姿を見せた際に恐怖とは別の、驚愕した感情をみせたな。ただ獣を見た驚きだと気にも止めていなかったが、それは私を知っていたからか』
「はい。まさか創世の10神である神獣様に拝謁できるとは思いもよらず……。それに、大切に囲っていた御方を目にした時、もしかしたら、と」
ヴェリウスの問いに緊張を滲ませながらも淡々と答えるアナさんは、先祖をたどれば神族の血が混じっているという嘘のような事実持ちの人間だった。
実は先日のパーティーで、悪いとは思ったが鑑定させてもらったのだ。
だってさ、ザ・王子様みたいな見た目の人間ってネット小説だと大概癖があるでしょ。一応ロードの右腕だし、念の為にね。
個人情報を覗き見しちゃってすいません。
「そなたは、自らを犠牲にしてまで何故、ロードを助けたのだ」
この質問に、アナさんはしばらく言い難そうに口を開閉していたが、皆の視線に心を決めたのだろう。
ぎゅっと唇を噛み、暫くして言葉を紡ぎ出した。
「……私には、昔から人には見えないものが見えておりました。悪意のある者には黒いもやが。滅多にはおりませんでしたが、良い者とでも申しましょうか……。そういう者はうっすら光っておりました。……ロード様と初めてお会いした時、私は目を疑いました。驚く程眩しく輝いておられた事にです。そのような方は今まで見たことがありませんでしたから。私はその時、この方をお支えする為に生まれたのだと理解したのです」
“おそらく父も”
小さく呟いた声に、ピクリと体を揺らしたロードの腕をそっと掴む。
『“世界”が用意したつがい神の為の“守護者”か。オリバーと同じだな』
ヴェリウスの言葉に、何その厨二ワード!? と反応したのは、私とトモコだけだった。
『成る程納得は出来る。しかし何故罪を被った? それならば間諜であったと申し出れば良かったものを』
ヴェリウスの言う通り、ダリ公爵と共に捕まった時釈明すれば良かったのだ。そうすれば王都追放などされなかっただろう。
「それは……、師団長との約束を守らず、尊い御方を連れ出してしまった事、そして自身の欲に……っ 負けてしまった事への、贖罪の気持ちがあったからです」
拳を握り決して顔を上げないアナさんは、そう言って自分を責め続けた。
アカン。この人真面目すぎて1㎜も融通がきかないタイプの人間や。
「と、とにかく、そなたは神王の恩人である事に違いはない」
ロードの膝から降り、アナさんへ近づく。
「そなたの行動が、私の大切な世界とつがいを救ってくれた。そなたがおらねばつがいは死に、世界は消滅していたじゃろう」
言えば、後ろにいたヴェリウス達がアナさんへと膝をつき、感謝の意を示した。
「そんな……っ お、お止めくださいッ 私はそんな大それた事、」
「アナシスタ・ベルノ・レブーク。自分を誇るが良い」
「いえ……いえっ つがいを助けたかった事も本心なのです!! 確かにダンジョー公爵に近付いたのは、陛下とロード様をお救いする為でした。しかし、貴方様をお連れした時、一縷の望みを抱いたのも事実で……っ ですから私は、」
「アナシスタ。そなたが自身を誇ってくれねば、私のつがいが自分を責めてしまう。つがい(ロード)の為にも、胸を張ってはくれぬかの?」
ロードは、国の法を遵守したとはいえ、自身を助けてくれた者を罰してしまったとずっと自分を責めていた。だからできるだけアナさんが苦労しないように知り合いのギルドに頼み込み職を与え、住む場所を与えたのだ。
そして今、本当は裏切ったわけでもなくスパイしていたと聞かされ、自責の念にかられているだろう。
だからこそ、アナさんが自分を誇り胸を張る事で少しでもロードの心を和らげたい。
「神王様……っ」
「よし。そんな世界を救った英雄の君に、1つプレゼントを、あげよう!!」
私の雰囲気が突如変わり、アナさんはキョトンと、ルーベンスさんは「待ちたまえっ」と椅子から腰を上げ、トモコは「おおっ」とキラキラした瞳を向けた。
「そなたの願いを3つ叶えよう。さぁ!! 願いを言え」
ボールを集めたら出てくるドラゴンの気持ちになって言ってみたら、トモコが「ギャルのパンティーお~くれ~」と言いやがったので頭をはたいておいた。
「ミヤビ殿、君が願いを叶えるといえばそれこそ世界征服でも可能なのだ。迂闊な約束をすべきではない。しかも3つだなどと……」
「あの、私は騎士に戻れただけでも十分なので……」と困ったように眉を下げたアナさんを横に、私は今ルーベンスさんにお説教されている。
「聞いているのかね」
ロードとはまた違った眼力に「ひょっ」と声を出したら、後ろにいたトモコに笑われた。
従順なヴェリウスに助けを求めたが、『今回はルーベンスが正しいです』とステレオ説教である。
ロードはアナさんに、自分の作ったお茶菓子をすすめながら、「オメェ謙虚も過ぎりゃ損するぜ」と絡んでいる。ちょっと迷惑な上司だ。
「でも、恩人には相応のお礼が必要では?」
「やり過ぎだと言っているのだよ」
「え~??」
創造主である私にとって、創った世界は宝物みたいなものだし、ロードも唯一無二の人だし、それを救ってくれたのにやり過ぎかなぁ??
「こういった場合、人間であれば地位や領土、金銭等を与えるのだがね」
「なら、金銀財宝だらけの浮島創ってあげるとかですか? 地位は、ロードの右腕か左腕ポジションで神々に紹介するみたいな?」
「ミヤビ殿!!」
怒られた。そりゃあ私も金銀財宝だらけの浮島与えられても困るよ。だから願いを叶えるって言ったのにさ。
「あ!! じゃあアナさんのつがいさんが欲しいものとかどうかな!? やっぱり貴族だからドレスとかアクセサリー? あ、私が創った美容グッズとかもあるよ!!」
「何か突然規模がちっさくなったね~」
トモコにつっこまれるが、ルーベンスさんとヴェリウスが怒るんだもん。
「私のつがいが望むものですか? ……それなら思いつきそうです」
ほら!! これが正解だったよ!!




