75.二年目の真実
誰もが料理に没頭する中、私に直接話しかける事もなく、名前も知っているだろうに“つがい様”と呼ぶ彼は、なるほど空気の読める系、出来る右腕であった。
あのロードが信頼するだけはあるようだ。
「ああ。許す」
「ありがとうございます」
ロードの許しを得たアナさんは、ある一定の距離を保ったまま、まるで王子様がプロポーズをする時のように片膝をつくと、顔を下げて口を開いた。
「尊い御方様、どうか発言を御許し下さい」
私と目を合わせず、話す事に許しを得ようとするアナさんに、やはり私が神王だと分かっているのではないかと考える。
「許す」と一言紡げば「御許しいただきありがとうございます」と恭しく礼をする。物語に出てくるような騎士の姿に内心おおっと仰け反ったが、表には出さずに押し込めた。
「ご無沙汰致しております。その節はご無礼を働き誠に申し訳ございませんでした。あの時の謝罪と、貴方様のつがい様にご尽力いただいた事への感謝の意をお伝えさせていただきたく、失礼ながらお声がけさせていただきました」
「無礼を働かれた記憶はないけど……あぁ、扉を壊した事なら気にしなくて良いよ。大したものじゃないし」
「しかし……」
「うん。君とは後日改めて話をしよう。私からも伝えたい事があるし、今日はせっかくの差し入れを味わってほしい。ね、ロード」
「そうだな。主役がいつまでも食いっぱぐれてたらダメだろ。さっさと食ってこい」
「師団長……。はい。貴重なお時間をいただきありがとうございました」
アナさんはそう言って最後まで私の顔を見る事なく去っていった。
『人間にしては礼儀のわきまえた者だな』
「あいつは人族だしな。他人のつがいへの接し方は理解してる。昔っから空気を読むのもうめぇし」
『お主とは大違いだな』
「るせぇ」
滅多に人間を褒めないヴェリウスが褒めた!? ルーベンスさん、イアンさんに次いで史上3人目!!
「他人のつがいとは目を合わせて話したらダメなんだって~。みーちゃん知ってた?」
「知らなかった。人族ってよくわからない独特のルールがあるんだね」
「ところで、後日改めてお話するって、何を話すの~?」
「ん? それはね━━━……」
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数日後━━……
「アナシスタ・ベルノ・レブークです。入室しても宜しいでしょうか」
ここはルーベンスさんの執務室。
中にはこの部屋の主であるルーベンスさん、ロード、ヴェリウス、トモコ、オリバーさん、私と、結構な人数でアナさんを待ち受けて居る。
「入りたまえ」
「失礼致します」
扉が開き、入ってきたアナさんは少し緊張しているようだった。
アナさんと話すだけならロードの執務室でも良いだろうに、何故ルーベンスさんの執務室になったかというと、今日アナさんに話す内容を世間話程度にルーベンスさんにお喋りしてしまった事に起因する。
いやね、「ミヤビ殿はレブーク殿と後日密談されると伺ったが、どういう事なのかね」って昨日のお茶の時間に聞かれちゃってね、思わず紅茶を吹き出しそうになったからね。
密談って何なの??
それで誤解を解いていたら、何故かルーベンスさんの執務室で話す事になったというわけだ。
「アナシスタ・ベルノ・レブーク副師団長。貴殿を呼び出したのは他でもない。尊き御方が貴殿に「わざわざ呼び出しちゃってすみません」……ミヤビ殿」
ルーベンスさんの話を遮ったら、咎めるような目を向けられたが気にしない。だってルーベンスさん堅いんだもん。
これから説教するわけでもないのに、そんなにカチっとしてたらアナさんが誤解してしまうでしょ。
私とルーベンスさんのやり取りに目を見開くアナさん。緊張は今ので少し解れたかな? と思いつつロードを見る。
「んなとこに突っ立ってないで、こっちに座れや」
私達が座る対面のソファをすすめるロードに、うんうんと頷く。
すかさずオリバーさんがお茶をいれてくれて、カップからは湯気が立ち上る。その香りにほっこりさせられ、体の力が抜ける。
あ、この茶葉トリミーさんの店のだ。
ルーベンスさんを見れば、ほんの少しだけ口角が上がったので、私の為に用意してくれたのだと嬉しくなった。
「ったく。娘を甘やかしてんじゃねぇ。ミヤビは俺のつがいだっての」
ボソッと不機嫌そうに呟いたロードは、私のお気に入りの紅茶を熟知しているのだ。
「アナさん、今日は貴方に話があって呼び出してもらいました。ちょっと個性的な面子が揃っちゃってるけど、そこは無視して下さい」
「貴方様が自ら、私に話とは一体……」
やはり目は合わない。人族のルール……。
「うん。まず確認したいんだけど、私の正体知ってるよね?」
「……私は、貴方様が“魔素”を増やされた所を間近で拝見致しましたので……。そんな事ができるのは、この世でただお一人だけかと」
やっぱり分かってたよね〜。
そりゃあの時アナさんに魔素の事を教えてもらったわけだし、魔素増やすよ宣言もしちゃったし。
「オメェ、知っていながらずっと黙ってたのか……」
「つがい様は、森に閉じ籠っておられましたし、公にされるのは好まれないのではないかと思い、この事は死ぬまで誰にも話すまいと思っておりました」
真面目、実直を地でいく人だな。
「やはり…………。そなた、深淵の森に来た時から私が精霊でない事を知っていたな」
つい爺神王を出してしまった。真面目な話になるとどうしても出てきちゃうんだよね。この口調。
「おい、そりゃどういうこった?」
私の言葉に、ロードがアナさんをぎょっとしたような表情で見やる。
あの頃ロードは私を精霊だと思ってて、アナさんにも精霊だと説明してたもんね。
「……師団長から貴方様のお話を聞かされた時、貴方様の事は精霊ではなく生まれたばかりの神だと思っておりました。深淵の森が活性化され、貴方様たったお一人で暮らされていると師団長が仰っていたからです」
「成る程……。もう1つ聞きたいのじゃが、深淵の森とあの牢を“扉”で繋いだ際、そなたわざとヴェリウスを牢に招いたな」
アナさんは大きく目を開き、そして私を見る。
「大方私が精霊だった場合、無力化される事を恐れ、ヴェリウスを招く事で最悪を阻止しようとしたのじゃろう。どうやらそなたはヴェリウスの正体も知っておったようじゃしな」
「おいミヤビ、何の話をしてるんだ?」
ロードはわけがわからないと眉間にシワを寄せている。
「ロード。この青年はな、決しておぬしを……この国を裏切ってはおらぬ。国王とおぬしの命を救いたくて、自ら裏切り者の汚名を被ったのじゃ」
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人物紹介
イアン・フェイ・コフトル
聖人の称号を持つ人族。父親は反神王派のトップ。
幼い頃は悪気なく孤児を虐げていたが、孤児の一言に聖人としての人生をスタートさせた。
心清らかで神々からも認められた本物の聖人。
ヴェリウスが珍しく好意的な人物でもある。




