閑話 ~音楽革命3~
宙に浮かぶ羊皮紙と羽根ペンはキラキラと輝き、乙女ゲームのオープニングを歌うトモコのそばで、サラサラと動きその曲を楽譜に起こしていく。
五線譜や音符が羽根ペンの周りをくるくる周り、踊るように羊皮紙へと吸い込まれていく様子は見ていて面白い。
うっとりとトモコの歌に聞き入る音楽の神は、頬を赤く染めて幸せそうだ。
歌と言えばオペラなこの世界でポップスは衝撃的だろう。
「~~……♪」
「……………………はぁ、素晴らしい」
たっぷりの余韻を味わった後、うっとり呟く音楽の神の手には完成した楽譜があり、それを抱き締めて息を吐いた。妙に色気のある表情にゾワッとする。
「いまのはアカペラでしたけど、オーケストラとここにある楽器を奏でればそれはそれは壮大で盛り上がる曲になりますよ!!」
サムズアップするトモコにブンブンと首を縦に振ると、「早速演奏してみましょう!!」と手を振り、オーケストラで使用する楽器を部屋に出現させた音楽の神。
立ち上がり、光る指揮棒を手にすれば、そこにあった楽器達が浮き上がり音楽の神の指揮と共にトモコが歌った乙女ゲームのオープニングを奏で始めた。
「おお!! 生オーケストラでこの曲が聴けるなんて!!」
感動しているトモコをさらに興奮させたのは、サビからのギターである。そこへベースとドラムが自然に奏でられ、初めてとは思えない演奏でもってクライマックスを向かえたのだ。
「すっっっごい!!!! 音楽の神スゴい!!!! これはもうオリジナルを超えたよ!! 最高だよ!!!!」
音楽の神の手にかかれば、例えご家庭のインターフォンであっても素晴らしい曲に変えてくれるだろう。
それほどに素晴らしかったのだ。
これは音楽祭の成功は間違いないはず。
本当にトモコと音楽の神で革命が起きるかもしれない。
この後ノリにノリまくった私達は、アニソンからゲームソング、ポップスにロック、様々な音楽を音楽の神に伝えたのだ。
その結果━━━……
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「音楽祭、かね?」
「そうなんです!! ぜひルーベンスさんと奥様達も来て欲しいんです!」
「それは……光栄だが、君が音楽を嗜むとは意外な」
「私だって音楽くらい聴きますよ。ロードと一緒にオペラを見に行った事もあるんですからね!」
「ほぅ。あの粗暴な男がオペラとは、嵐でも来そうだがね」
「始まって5分もしないうちにロードは寝てました!!」
そんな事だろうと思っていた。と溜め息を吐くのはルーベンスさんだ。
3日後の天空神殿で行う音楽祭に誘う為やって来た執務室で、いつものようにお茶をご馳走になりならがら話している。
この音楽祭に招待するのはルーベンスさん家族と、リン、トリミーさん夫婦にコリーちゃん一家、そしてロヴィンゴッドウェル家である。その他は神々と浮島の住民達で、盛大な音楽祭になる予定だ。
貴族の中の貴族であるルーベンスさんが受け入れる事が出来たなら、きっと新たな音楽は一気に世界に広まることだろう。
「音楽の神が新たなジャンルの音楽を生み出したコンサートなので、絶対後悔はさせませんよ!!」
「待ちたまえ。その音楽祭とやらは、神々が演奏するものなのかね」
「そうです! 音楽の神とその眷属の滅多に見れないコンサートですよ!! あ、この国の音楽の第一人者も連れて行きたいのでご紹介いただければ嬉しいんですけど」
「ッ……誰か!! 今すぐ第3師団長を呼びたまえ!!!!」
えぇ???
「━━━……んだこのくそ忙しい時に……あ゛? ミヤビっ オメェまた俺の部屋に来ずに宰相に会ってたのか」
ルーベンスさんの絶叫に、大慌てでロードを呼びに行った騎士のおかげですぐにやって来た旦那は、私を見た途端破顔するも、すぐ不機嫌そうに顔を歪めた。
「また貴様のつがいが暴走しているぞ」
「あ゛ぁ゛?」
「神々が演奏するという音楽祭に招待されたまではまぁ良い。問題は……この国の音楽の第一人者とやらも連れて行きたいので紹介しろと言われたのだがね。どういう事が説明してもらえないかね」
「…………ミヤビ、一体どういうことだ」
引きつった顔をこちらに向けるロードに首を傾げる。私何かおかしな事を言っただろうか?
「新しいジャンルの音楽をこの世界に広めたいから、音楽の第一人者って言われる人に認めてもらうのが一番手っ取り早いでしょ?」
だめだった?? とロードを見れば、抱き上げられ膝の上に乗せられた。
「俺のつがいが可愛すぎる…「ゴホンッ」チッ ……なぁミヤビ。とりあえず今回の音楽祭は身内だけの集まりにして様子を見たらどうだ? 音楽ってなぁこの世界での数少ねぇ娯楽だしよぉ、新しいもんが必ずしもウケるわけじゃねぇだろ。あんまし刺激すんのは人間にゃ衝撃的すぎて心臓が止まっちまうかもしれねぇ」
え!? 新たな音楽で死ぬ可能性が!?
「そ、それはマズいよね。でもお義父様やお義母様を招待しちゃったんだけど、大丈夫かな!?」
「あの人達は図太ぇ神経してっから問題ねぇよ。でも今まで神々や天空神殿に免疫のねぇ人間が更に新たな音楽なんて聞かされてみろ。パニックになんだろ」
ロードの言うとおりだ。色んな初が一気に襲ってきたらパニックになって音楽の良さも分からないかもしれない。
それに今回の音楽祭はただのコンサートではない。それこそこの世界では新たな試みなわけで……。
どうやら音楽の第一人者の参加は諦めた方が良さそうである。
「分かった。今回は諦める」
そう言えば、ロードもルーベンスさんもほっとしたように表情筋を緩めたのだ。
◇◇◇
「━━━……今度は音楽とは、楽しみよりも怖さが勝ってしまうのは私だけかね」
「るせぇ……俺のつがいは優しいんだよ。皆を楽しませようと頑張ってんだから素直に受け入れろや」
「ふむ……まぁ今回は身内だけだという事だしな。素直に楽しませてもらおうか」
「「…………」」
ミヤビが去った室内からは、二人分の溜め息が響いたのだ。




