54.上司が格好良いと部下も格好良くありたいと思うもの
とある騎士視点
「うへぇ……さすが師団長。えげつねぇ強さだわ」
清み渡る青空の下。絶好の御前試合日和だったにも関わらず楽しみにしていた試合も中止にされ、緊急出動したのは虫の大群が迫る門の前。
気持ちの悪さに悲鳴を上げて逃げ惑う人々を掻い潜り、目にしたのは先程までコロッセオにいた上司の姿であった。
平民の生まれながら才に恵まれ貴族の養子に貰われて騎士となり、圧倒的な強さで師団長の位までのし上がった男は、その気さくな性格からか平民出身の騎士のみならず、貴族出身の騎士からも慕われている。
さらにつがいが精霊様という事もあり、国王や宰相にまで一目置かれる存在だ。
そんな人物の独壇場。
化物じみた強さに一部引いている者はいるものの、集まった騎士達は熱狂的な声を上げている。
奇しくも御前試合のエキシビションのような盛り上がりを見せていた。
「あの人が居るなら俺らが来る意味無くね?」
「それを言ったら終わりだろう。とにかく、俺達は師団長のサポート役としてここで応援するぞ」
「参戦しねぇのかよ!!」
「馬鹿か。参戦なんぞしたら師団長の攻撃に巻き込まれて死ぬわ」
遠い目をした同僚の視線の先には、英雄と言われて遜色のない戦いを繰り広げている上司の姿がある。
剣圧で切ると言えばいいのか、それとも雷魔法で塵にしていると言えば良いのか、遠くからでも分かる人間離れした剣技は男でも惚れ惚れするような……いや、男だからこそ惚れ込んでしまう格好良さなのだ。
双剣特有のクロスさせた一撃は巨大虫の大群を一瞬で何百と塵にする。それに雷の威力がプラスされ、ド派手に倒していく姿に男達は大興奮で食い入るように観戦しているわけだ。
あんなデカい図体してあのスピードに剛力。最強か。
「俺、昔から物語のヒーローに憧れててさ」
「ああ、オレもさ。騎士になった奴等なんて大体そんな理由だろう」
「やっぱかっけーな。俺らの師団長は」
「本当に。多少年をくってはいるが、ヒーローを地でいく男はあの人しかいないな」
どんな敵にも負けず、その強さであらゆる危機を乗り越えるヒーロー。そんな物語の中のようなヒーローが俺達の師団長だという誇らしさと高揚感は熱気に変わり━━━……
「フンッ 私だって虫の1匹や2匹倒してみせる!!」
興奮した馬鹿が虫の群に向かって走りだしたのは、そんな最中であった。
「おい!! 馬鹿戻れ!!」
「何をやってる!! 連れ戻せ!!」
たった一人の馬鹿の暴走でパニックになっている部隊に檄が飛ぶ。
数名が追いかけるが、暴走する馬鹿というのは何故か足が速いと相場は決まっているもので、案の定なかなか追い付けない。
騒ぎに気付いた野次馬おばちゃん達が「何、なに? どうしたのっ」と集まってくるのも困りもんだ。
あんたら避難したんじゃないのか!
その間にもどんどん虫との距離が縮まっていき、一際声のデカい同僚が危機感を持って叫んだ。
「師団長ォォォォォォ!!!! 騎士が一人暴走!! そっちに向かっています!!!!」
そばにいた自分の耳がその大声に使い物にならなくなる。叫ぶなら一言こっちに知らせてほしいものだ。
師団長は同僚の大声に気付いたようでチラリとこちらを見る。きっと眉間に深いシワを刻んでいるに違いない。
あの凶悪な顔は何度見ても心臓が止まりそうになる。
「あら? あの虫、“ジー”と“ムー”にそっくり」
「え? あら、本当。大きさは違うけど、“ジー”と“ムー”だわ」
「ねぇ騎士様、あれ、“ジー”と“ムー”じゃないの?」
耳を押さえてうずくまっていた自分に、野次馬おばちゃんが容赦なく話しかけてくる。
もう少し待ってほしい。まだ耳がキーンってして……
「騎士様!! あれ“ジー”と“ムー”だよ!! 間違いない!! “ムー”なら熱湯かけりゃ一発さね!!」
肩をつかんで揺らすな!! 大声出すな頼むから!!
「聞いてんのかい!? 騎士様っ」
「ッ聞いてるからちょっと待って!! 耳がね、耳が今重症なの!! 死にそうなの!!」
「あら、あんたお隣のアズマ君じゃないか!! 騎士になったとは聞いてたけど本当だったんだねぇ」
「げっ隣のババァ……いや、おば様」
「誰がババアだって!! あんた悪ガキなのは全く変わらないねぇ!! って、そんな事は良いんだよ!! それよりあの虫っ “ムー”の方は熱湯をかけりゃ簡単に倒せるんだ!! 早くあの騎士様を助けておやりよ!!」
「え? 熱湯?? 熱湯で倒せるの? そりゃ良いこと聞いた……ってあんな巨大な虫にかける熱湯なんてどうやって用意すりゃいいんだよ!? できるか!!」
「やりもしないのにできない、できないって。最近の若者は軟弱だねぇ!!」
「やらんでも分かるわ!! できねぇよ!!!!」
鍋一杯の水沸かすだけでどんだけ時間かかると思ってんだババア!!
「アズマ、落ち着け。とりあえずこの方達の避難を優先して……」
「師団長があんなすごい魔法使ってんだ!! あんただってお湯を出す魔法位使えなくてどうすんだい!!」
「使えるか!! なんだお湯出す魔法って!! 使えても大っぴらにできねぇよ。そんな格好悪い魔法!!」
「格好の良し悪しじゃないんだよ!! 全く。昨今の若者はすぐに格好つけたがるんだから」
「つけるわ!! 師団長があんなに格好良いのに部下がお湯出す魔法使うってなに!?」
「いいからさっさとあのクレーターをお湯で満たしてきな!!」
「人をお湯出す魔法使いにしないでもらえますぅ!?」
興奮したババアは怖い。
「良いから早く行ってきな!!」
門の外にドンっと押し出され、「、んのババア!!」と後ろを振り向いた時、後には引けなくなった。
「あの若い騎士様仲間を助けに行くんですって」
「素敵!! さすが騎士様ねぇ」
「あの子ウチの隣のアズマ君って言って、昔は悪ガキだったんだけど、立派な騎士になったんだよ」
ババアァァァ!!!!!
もう戻れねぇ。名前も住まいも知られた今、戻ったら王都のババア連盟から総スカン。いや、ババア連盟の井戸端会議から若い女の子に伝わって終わる。人生が終わる。
「くそぉっ 覚えてろよババアァァァァァァ!!!!」
お湯は出せないけど、行くしかねぇ。
走れ!! 走るんだアズマ!! 師団長の元まで走り抜いたら、俺は助かる!!
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ジー: 御察しの通り、地球で言うゴキブリの事。地球のゴキブリよりしぶとく艶やか。
ムー: ムカデの事。地球のムカデより一回り大きくよく跳ねる。




