53.化物
ヒューズ視点
デカイ虫を倒した後に転がっていたのは、宝石に金や銀塊と金目のものばかりで、第3師団長と名乗る男はそれら自分のもんにしても良いと耳を疑うような言葉を吐いた。
普通なら一旦国が回収して冒険者の活躍度合いによって下賜されるはずだろうに。
「オメェらが倒したんだ。当然の権利だろ」
この男は何がおかしいんだといった風に言い切ったのだ。
お偉いさんってなぁ大概金目のもんを見ると規則だなんだと持ち出してきて自分の懐に入れるのが常だが、この男はどうやら違うらしい。
さすが英雄と呼ばれるだけあって、心根も真っ直ぐのようだ。
俺らは英雄の気が変わらない内に足元に転がる財宝をさっさと回収し、アフィラートのアイテムボックス化した魔法の鞄に入れたんだが……
「ほぅ。アイテムボックスか……んなもん作れる人間がいたとはな」
しまった! いくら英雄とはいえ所詮国に仕える人間だ。そんな男の前で魔法の鞄を見せるべきじゃなかった!!
アフィラートが拘束される最悪の場面が思い浮かぶ。
毛穴という毛穴から汗が吹き出し、自身の武器に意識をやった。
「安心しろ。マジックバックなら俺も持ってる。まぁ俺の場合はつがいがプレゼントしてくれたんだがなぁ」
「は……? あ、ああ、そうか。アンタのつがいは“精霊様”だったな」
意外な反応に腰が抜けそうになるが、 英雄のデレデレ顔に、この人外のような英雄も普通の男なのだと安心してしまった。
巨大虫を一瞬で塵にするような男に勝てるはずもないのだから。
「あー…と、魔法の鞄については口外しねぇでいてくれると助かるんだが……」
「あ? ああ、そうだな。まぁ大したことねぇ魔法だし、口外した所で何にもならんだろうが、最初から誰に言うつもりもねぇんでな。安心しろや」
「た、大したことがない……だと?」
きっと人外の英雄には人外の友人が集まってくるに違いない。なんたってこの人のつがいは精霊様なのだ。アフィラートは心外のようだが、こう言ってもらえるならラッキーだろう。
「そう言ってもらえるならありがてぇ」
「んな事よりドロップ品の回収が終わったなら戦闘の準備をしろよ。奴等数だけはいやがるからな」
さっきとはうって変わりピリッとした空気を出す師団長様に気圧され周りを見れば、大量の虫共が周りを囲んでいやがった。空を飛ばない限り逃げ場はない事態に顔が引きつる。
「おい!! 退路を塞がれてんじゃねぇか!! 魔物避けの匂い玉転がしてなかったのか!?」
「転がしてたっつーの!! 虫だから魔物避けじゃ効かねぇんじゃねぇの!?」
アフィラートが怒鳴り、魔物避けを撒く担当だったベンジャミンが慌てて叫ぶ。
んな事言ってる間に攻撃魔法の一発でもと思ったが、あまりの数に諦めた。人間欲をかくとろくな事にならねぇようだ。
「何だ? オメェら敵陣の真っ只中に喜んでやって来た割にゃこの程度で慌ててんのか」
信じられねぇ事を言う師団長様に唖然とする。多分皆も同じ気持ちだろう。
「しょうがねぇなぁ」
目の前の男は持っていた双剣を構えると「少し離れてな」と言い、虫の大群を見据えた。
おいおい。まさか英雄の戦う姿をこの目で見る事ができるなんてよぉ……ッ
一生に一度あるか無いかの大チャンスにその場にいた全員が注目する。
バチッ
双剣に火花が散ったと思った刹那、バリバリバリと空を裂くような音をたてて双剣が雷を纏った。
「お、おい。あれは魔法…か?」
「……あんな魔法見たことも聞いたこともねぇ。が、剣に魔法を纏わせるとは……さすが英雄様だな」
今見ている事が信じられずアフィラートに問えば、アフィラートは師団長様から目を離すことなく感心しきりに答える。やはり英雄は人外のようだ。
師団長様は当たり前のように魔法を剣に纏わせると、緩慢な動きで空を撫でるように、しかしピンと張りつめた糸のように正確に剣を振るった。
たったひと振り。
そのたったひと振りで、まわりに蠢いていた虫共が姿を消した。
ズガガガガガガ━━━━━━ッッ!!!!
空から雷が落ちるように、荒々しいそれは地面を削り取りながら有象無象の虫達を薙ぎ払う。
英雄の性格を表すように荒々しく、圧倒的な強さでもって淘汰され、塵となって消えていったのだ。
「化物か」
誰が呟いたのか。
男はまさに化物並みの強さだった。




