61 最終話
突然の魔族の出現に観衆が騒然とする。
「魔族だ!」「殺される!」「人間狩りがまた始まるのか!」
悲鳴をあげる者。その場から逃げようとする者。大混乱だった。
ベッサーリリィが笑う。
「もったいない。帰っちゃうの? この死刑場が盛りあがるところなのに」
出場口で茫然としているミーンミアに尋ねる。
「この町じゃ、そのオンナといっしょに行動してたんだろ。魔族だって知らなかったわけはないよな?」
「いいえ、いま始めて知りました。顔に火傷があるって聞きましたので……。フードの中を確認なんてできませんでした。悪いなと思いましたから」
あらためてベッサーリリィに視線を送る。
どうりで尋常じゃないほどタフで強かったはずだ。
「久しぶりね。あたしのこと覚えてるかしら?」
そりゃ覚えているさ。
けれども彼女は、オレが『魔族のロフェイ』だなんて、思いもしていないことだろう。この『覚えているか否か』の問いは、狭間の森で出くわしたときのことに違いない。
オレは答えなかった。
「ホントはね、さっき競技場で戦ってるあなたを上空から発見したとき、もうチビリそうなほど感激したの。名前、ちゃんと覚えているわ。ロフェイ! ずっと忘れずにいてもらえて嬉しい? 実を言えば、かつて愛したオトコの名前と同じだったの」
かつて愛したオトコ
かつて愛したオトコ
かつて愛したオトコ
かつて愛したオトコ
死ぬほど嬉しいぜ、ベッサーリリィ。魔界にいたときに聞きたかった言葉だ。オレたち、場合によっては付き合っていたかもしれないんだな。ああ、世の中うまくいかないものだ。
「最初、ミーちゃんの口からあなたの名前が出てきたとき、感激で震えたわ。しかもあなたがこの町に向かっているって言うから、ずっと楽しみにしてた。けど、なかなか現れなかった。焦らしすぎよ。だから町の周辺を探し回ってた。ああ、いま戦えて幸せ!!」
戦えて幸せって、なんだよ? オレ、こんな戦いはやめたいのに。それでもベッサーリリィは戦闘を続ける気満々のようすだ。満面の笑みで猛火の球を発動してきた。
その恐ろしい鬼法を迎え撃たなければならない。
オレは得意魔法ファイヤを打った。
鬼法と魔法が激突。いずれも火系。
オレのファイヤは、幻のフレアを凌ぐと言われている。しかしベッサーリリィの鬼法はそれ以上だった。ファイヤはそのまま押されて呑み込まれた。オレに直撃する。
ぐへっ
この体が地面に沈む。死んだかと思ったが、どうにかまだ生きている。ギリギリ意識を保っている。一応、ツノを失ったとはいえ魔族だ。それなりの防御力は残っているようで、我ながら結構しぶといらしい。
それにしても不思議だ。圧倒的に有利なはずであるベッサーリリィの息が、異常なほど荒くなっている。
はあ はあ はあ はあ
こっちが心配になってきた。いったいどうした?
恍惚とした表情のベッサーリリィ。長い舌で自分の唇を舐める。
「ああ、ロフェイ……。堪らないわ。たっぷりイジメてあげる」
まったくなんてオンナだ。心配して損した。
さて、強敵とどうやって戦おうか?
単調な攻撃は簡単に防がれてしまう。
それじゃ……。
手の先に魔法陣を作る。ミニファイヤ発射。そしてまた魔法陣を作ってミニファイヤ発射。これを何度も繰り返した。
いまのオレは未熟なため、ファイヤの連発は無理だ。それにミニファイヤはファイヤと違い、込める魔力が少なくて済む。だから連発がスムーズになる。
もちろんミニファイヤくらいでは、ベッサーリリィに効き目などなかった。
「つまらないわ」
溜息交じりの言葉の直後、彼女の顔つきが急変した。
「まさかっ!」
慌てたように振り返るベッサーリリィ。
そこにはオレがいた。そう、いまさっき正面にいたはずのオレだ。
至近距離からミニファイヤを放つ。それを彼女が猛火の球で防ぐ。
しかしその直後、彼女はハッとして再度振り返る。
そこにまたオレがいたのだ。
オレはエアーブレイドを水平に振っていた。
ベッサーリリィにかわされた……。
さすがはベッサーリリィ。
気づくのが早すぎる。囮影でも駄目だったか。
たくさん繰り出した魔法陣の中に、ミニファイヤだけではなく囮影のものも含めておいた――そういった高度な多重魔法による囮影のつもりだったが……。
いったいなんで、いまのをかわせるんだよ!
「次はあたしの番でいいわね? じゃあ死んで……」
ベッサーリリィの長い指がオレに向く。
どんな鬼法でオレにトドメを刺すつもりか。
死んで堪るかっ。足掻いてみせる!
「オレ、実はロフェイなんだぜ。もちろん魔族の」
「えっ…………?」
グサッ
エアーブレイドの剣先が彼女に刺さる。
ベッサーリリィ、勝負の最中に気を逸らすのは禁物だぞ。
「なーんて、いまの話は嘘だ。オレ、魔族じゃない」
微笑むベッサーリリィ。
「すばらしいわ。でも悪い子ね。あたしをからかって」
「こうでもしないと、アンタにゃ勝てないからな」
「あら、これで勝ったつもり? 剣先が僅かしか刺さってないけど」
彼女の言うとおり、腹の皮膚からの深さは、せいぜい小指のツメ半分程度の長さだろう。
「なーに、これでじゅうぶんだ」
「ふざけてるの?」
ふざけちゃいない。本気だ。
魔法陣を浮き出させた。今回、手の先からでも、足の先からでもない。エアーブレイドの先からだ。エアーブレイドはオレの体の一部でもある。
魔法陣はベッサーリリィの体の中から外へと広がった。
ファイヤ発射。
炎は彼女の体内から背中に突き抜けていった。
美しい体はそのまま火だるまとなり、地面に沈む。
今度こそ勝った。
いいや、勝ってなんかいなかった。
彼女はけろっとした顔で起きあがった。
咄嗟に――あるいは無意識に?――防御鬼法を発動させたのだろうか。
オレとはレベルが違いすぎる。火だるまになったはずなのに、衣服の焦げさえもほとんどないじゃないか。
「いまの、すごかったわね」
褒められても嬉しくない。
オレは殺されるのだ。
「人間にここまでされるなんて! こんなにあたしを楽しませてくれるオトコは、魔族にすらなかなかいないわ」
「何を言ってやがる。平気な顔してるじゃないか」
「ううん、平気じゃないわ。大失態。さっきのに驚いて失禁しちゃった。でも嬉しいわ。感動したの。気持ちよかったぁ」
「ヘンタイかよ」
「あら、酷い言葉」
「で、どんな報復をオレに?」
「報復なんて趣味じゃない。ロフェイはわたしを失禁させた。あなたの勝ちでいいわ」
意味がわからない。
「どういうことだ。オレはアンタに、その……しっしっし……しっき……恥ずかしい思いをさせたんだぞ。怒らないのかよ」
「あたし、そういうの冷めるの。相手に憎しみで仕返しするなんて無理。その代わりに後日、改めて相手してもらうわ。楽しみましょ」
「再戦は遠慮したいのだが……」
ベッサーリリィが近づいてくる。何をするのかと思ったら、ペロリとオレの頬を舐めた。そしてくるりと反転し、背中を見せた。
「人間のオトコのくせに。人間のオトコのくせに。人間のオトコのくせに。どうしてこんなにあたしをトキめかせるの!!??」
彼女の体が浮きあがる。
「また遊びに来るわね」
恐ろしい言葉を残し、飛び去っていった。
ベッサーリリィという嵐が去り、静けさが戻った。
競技場の出入り口に戻る。
「ロ、ロフェイ?」
声をかけてきたのはミーンミアだった。
しかし彼女は何故か俯いていてしまった。
「一応、勝ったみたいだぜ」
「…………」
何をモジモジしてるんだ。
「どうかしたか?」
ミーンミアは答えなかった。
その代わりに何かブツブツ言っている。
「……っきょくてきに、……きょくて……に、せっきょ……」
独り言はまったく聞き取れなかった。
なあ、ミーンミア。大丈夫か?
彼女の両肩に手を乗せる。
「ひいっ」
ピクッとする小さな肩。ピンと伸びる背筋。
そんなに驚かないでくれないか。こっちが驚いたぞ。
「ビックリさせたみたいで悪かった」
「あわっ、あわっ、あわわわ……」
駄目だ。またもや彼女との会話は不成立。
本当にきょうのミーンミアはどうしちゃったのだろう。
やっぱり酒に酔っ払ってるんだろうな。
ただ不思議とこの奇妙な彼女が可愛らしく思えた。しかし小さな子供や小動物に感じるそれとは、どこかちょっと違うかもしれない。ヘンテコな感覚だ。
くん くん くん
鼻を彼女の顔に近づけて嗅いでみた。
何故かアルコールの匂いはない。
シラフだと!?
するとどうしたことか、彼女がオレを真似る。
くんくんと鼻を鳴らしているのだ。
オレが酒を飲んでるわけないだろ。
彼女がオレの顔をじっと凝視する。
さながら獲物を狙う猛獣の目。ちょっと怖かった。
そして両手を広げ、一気に襲いかかってきた。
ガバッ
オレの体は彼女の両手に拘束された。
そんなにキツく締めつけないでくれないか。
痛い……。
さらには頭頂部をオレの胸部をグリグリと押しつけてきた。
苦しい……。
「いったいなんのつもりだ」
「き、き、気づいてください。理解してください」
気づけと? 理解しろと?
いったい何に?? 難問だ。
考えよう。大切な友人のために。
オレは気づかなければならない。
理解しなければならない。
必ず答えを見つけ出してみせる。
「わかったぞ!」
「わかってくれましたか」
オレはいったん彼女を引き剥がし、笑顔で大きく首肯した。
「ミーンミア……」
「ロフェイ……」
ミーンミアが目に涙を浮かべる。
オレはそんな彼女の背後に回った。
小さな両肩を抱え、耳元でささやく。
「お前のことはすべてオレに任せてくれないか」
「はい。どこまでもあなたについていきます」
ミーンミア。この先どこへ向かおうと、二人でならば怖くないよな。安心してくれ、いつだってお前の理解者のつもりだぜ。
もう言葉にしなくても、オレたちはわかり合える。
「じゃあ、行こうぜ」
病院に。
―――― 完 ――――
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