54 総司令官と護衛
吸血魔人が得意げな面持ちを見せる。
「ここに来たのが、僅か五人だけで残念だったな。俺たち五人を殺したところで、こっちは戦力的になんら影響ない。いまごろ仲間たちが領都各地で暴れ回り始めたはずだ」
しかし総司令官は表情を変えない。
「そんなのは対応済みだ。少人数でしか来ないことも想定していたのだ。領都内の各地に軍兵と親兵を置いて見張らせている」
想定できていなかったのは、オレだけってことか。
怪訝そうな吸血魔人。
「よくわからんな。話し合いの場については嘘だった。ならば少人数の俺たちをここに呼ぶ理由なんてあったのか」
「もちろんあった。お前らには役割がちゃんと用意されている」
ガスの毒が回ったせいか、オレの意識はここまでだった。
気がつくと狭い一室にいた。
「やっと気づいたか」と護衛。
「ん? オレは猛毒を吸わされて……」
「いいや、あれはあまり殺傷力のあるようなものではなかったらしい」
あまり殺傷力がない? だったらなんのための毒ガスだ?
窓から庭が見おろせた。五人の吸血魔人が、はりつけにされている。
「これは……」
「公開拷問を始めるらしい」
「何っ」
騙したな、総司令官め! ああ、吸血魔人らをここへ呼んだのはオレだ。こんなことになるのならば、来させなかった。くそっ、甘かった。オレの思慮が浅すぎたために……。
空には多くの吸血魔人が飛んでいた。公開拷問を知ったため襲撃を中断し、ここへ集まってきたようだ。
上空に集まった吸血魔人に、総司令官が告げる。
「おりてきて中庭に集まるのだ」
しかしおりてくるような吸血魔人はいなかった。
総司令官が公開拷問を指示する。
五人の吸血魔人の悲鳴が響いた。
想像以上の惨たらしさに、オレは震えた。
直視できず目をそらした。
総司令官が大声を出す。
「我々はお前らを根絶やしにしたいわけじゃない。ヒト族の下で大人しく働きさえすればいいのだ。俺だってこんな惨いことはしたくない。この五人をどうするのかは、お前ら次第だ」
多くの吸血魔人は徐々に高度をさげていった。
はりつけにされた一人が声を荒げる。
「来るなぁーーーーーーーーーーーー! 俺たちのことはいい。この犠牲、自ら志願したんだ。もしお前らがおりてきたら意味がなくなるだろ!!」
しかし彼の言葉は逆効果だった。
吸血魔人が次々と着地していく。
「やめてくれ。五人を解放してくれ」
「俺たちはどんな過酷な労働にも耐えるから」
「さあ、こうして投降したんだ。だから頼む」
中庭に大勢の吸血魔人が集まった。
総司令官が右手をあげる。同時に大爆発が起きた。
「ガハハハハハハ」
声高らかに笑う総司令官。
「実に効率がいい」
いまの大爆発で多くの吸血魔人が死んだことだろう。総司令官は、初めから吸血魔人らを奴隷にする気などなく、殲滅のみが目的だったようだ。
これが軍のやり方かよ!
オレの怒りは一気に頂点に達した。
部屋から出ようとドアをカチャカチャさせる。
護衛が首を横に振る。
「無理だ。ドアは分厚いし、外から鍵がかかってる」
「そんなもん、どうとでもなる!! どけっ」
てのひらの前に魔法陣が浮かぶ。
ファイヤ――――。
強力な炎弾が壁ごとドアを破壊。
「しっ、信じられん。強力な魔法耐性を施されたドアが、たかだか中級魔法のファイヤでこんな簡単に……」
壁のなくなった部屋を出た。
護衛も後ろから追ってくる。
「いったいどうやった? なんでファイヤで特殊な壁やドアを壊せるんだ」
「……」
護衛の問いにいちいち付き合う余裕はなかった。
「待て。何するつもりだ。まさか軍とやり合うなんて、考えてないだろうな?」
「……」
護衛を無視し、階段までやってきた。
ああ、面倒だ。悠長にのぼってなどいられるか。
壁に再度ファイヤをぶちかました。
今度は魔法陣からウインドを発動。総司令官のいる屋上に向かって飛ぶ。護衛も飛行魔法でついてくる。
「総司令官に会ってどうする?」
「決まってるだろうがっ」
「話し合おうなんて……もう無理だぞ」
「知ってる」
「では、なんのために総司令官のもとへ?」
「殺す」
護衛官がしがみついてきた。
「待ってくれ」
「放せ、お前も殺すぞ」
「頼む。頼むから兄を殺さないでくれ」
いま護衛は総司令官を兄と言った。
「兄だと?」
「そうだ。兄弟だ。兄が吸血魔人を憎む理由、ちゃんとあるんだ」
護衛はオレの飛行を妨害しながらこう続けた――。
昔、吸血魔人にトアローフという男がいた。あるときトアローフたちの集落は、ヒト族に襲われた。そこの集落民は両手をあげ、無抵抗を示しながら、ヒト族の前へと集まっていった。
当時、吸血魔人の立派な牙は良質な魔導具の原材料になる、などというデマがヒト族の間で流れていた。そのためそこの集落民は手足を縛られ、生きたまま牙を抜かれた。さらにそのあと殺されていった。
だが、たまたま生き残った者が一人だけいた。トアローフだった。何度も体を刺され、大量に出血したが、それでも息があった。その集落を襲ったヒト族は、吸血魔人の生命力を侮っていたのだろう。
十五日後。歩けるまでに回復したトアローフは、無人となった集落から去ることを決意した。食料を求めて向かった先はヒト族の町だった。
牙を抜かれたことが幸いしてというべきか、トアローフは吸血魔人であることを隠して生活することができた。もしバレたら殺されることも覚悟しなくてはならなかった。しかし重労働の割りには、ほとんどカネを得ることができなかった。それでも必死に生きていった。
あるときジージャという町娘と出会った。二人は恋し、ジージャの腹に新しい命が宿った。トアローフは震えながらも彼女に正体を明かした。
ジージャはなんの迷いもなく、笑顔で受け入れてくれた。さっそく彼女の家に挨拶にいった。
ところが両親は猛反対。実は娘のジージャには内緒で、彼女の嫁ぎ先を決めていたからだった。ジージャはトアローフと別れるつもりなんてなかった。親の決めた嫁ぎ先を拒否。初めて親に殴られた。しかしトアローフの正体を明かしていなかったったため、ジージャの胎内の子が殺されることはなかった。
子が生まれてもなお、トアローフとの結婚は認められなかった。
二人は遠い地へと駆け落ちした。
行き着いたところは吸血魔人の集落だった。かつてのトアローフの集落よりも、少しだけ貧しいところだった。集落民は親子三人を優しく迎えてくれた。二人の間にもう一人の子が生まれた。しかし幸せは永遠に続くものではなかった。
ヒト族のジージャは、集落長の息子から吸血行為を迫られた。必死に抵抗するも力では勝てず、そのまま押し倒された。二人の子供が見ている前で。
農作業から帰ってきたトアローフが、その現場を発見。集落長の息子を殴って追い返した。
数日後、トアローフは死んだ。仕事中の事故だという。
集落の男たちが、毎晩のように家に来るようになった。その度にジージャは無理矢理どこかへ連れ出されていった。帰宅はいつも子供たちの眠ったあとだった。
ジージャの顔や手足に痣ができるようになった。足に歩けないほどのケガを負っていることもあった。上の子供は直感的に、この集落にいたらよくないと思うようになった。
ある日、上の子供がワガママを言った。集落から出たいと。しかしジージャは、それは許されないことだと教えた。集落の決まり事だったらしい。それでも上の子供は引きさがらなかった。ジージャは決意した。
雨の日の夜、ジージャの帰宅後に決行された。
二人の子供を連れ、集落から脱出。しかしうまくいかなかった。バレてしまったのだ。飛べないジージャはすぐに捕まった。そして二人の子供とともに連れ戻された。
ジージャは裏切り者として、二人の子供の見ている前で処刑された。二人の子供もジージャの家族として、重い罰を受けることとなった。牙を抜かれたのだ。大人でさえ失神するほどの痛みを、子供たちが受けることとなった。
そののち未熟な子供たちは、母と違って用ナシとされ、集落を追放された。
およそ半年後、息子たちは母ジージャの実家に辿りついた。上の子は十一歳。下の子は九歳。決して歓迎はされなかったが、離れに住まわせてもらった。飯も食べさせてもらった。勉強もさせてもらった。
上の子は亡き母ジージャに誓った。将来、軍に入って偉くなり、吸血魔人を滅ぼすのだと。
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