47 ヒト族と魔人族
「お前はモアモアだったな」
「あたいの名前しっかり覚えてるって、それキモくない?」
「うるさい」
吸血魔人はモアモアの他に四人いた。その中に赤髪男の姿はなかった。できればそいつと話をしたかったのだが。
モアモアが目をすがめる。
「なんでこの辺歩いてるの? あたいにまたチューチューされたくて? アレ気持ちいいもんねぇ~。きゃはははは」
「黙れ。今度吸いついてきやがったら承知しないぞ」
別の吸血魔人が横から割り込む。
「ちょっと待て。黙っていようとは思ったが、やはり言わせてもらう。お前、何も知らないとは言え、非礼にも程があるぞ。あのときモアモアはお前の命を救ったんだ」
コイツがオレの命を救った?
「どういうことだ」
「モアモアに吸われる前、グフルーゴに噛まれてたはずだ」
グフルーゴ? 赤髪男のことだったか? そんなような名前だった気がする。確かに、血を吸ってきたのはそいつの方が先だった。
「それがどうした」
「彼はお前の血を吸ったのではない。本当に吸われた感覚はあったか」
「感覚なんてイチイチ覚えちゃいないが?」
しかしモアモアからは、ガッツリ吸われた記憶がある。
そっか。モアモアのときはガッツリだったんだ。その前のグフルーゴのときと感じが違ってたから、その記憶が強く残っていた。
実際には、グフルーゴからほとんど吸われていなかった――あるいはまったく吸われていなかったのかもしれない。
「グフルーゴはお前の首筋から血を吸っちゃいない。むしろ動作としては、逆だと言える。首筋に猛毒を流し込んでいたんだ。もしそのまま放っておいたら、毒が体内に回り、お前は命を落としていたことだろう」
「なんだと、毒を? 吸うより悪いだろ!」
「そのとおり。そしてモアモアはお前の命を救うため、その猛毒を吸ったのだ」
すると、あれって……。
「そういえば不味いなどと言って、吐きだしてたな」
「思いだしたか。吐いてたのは、お前に注入された猛毒だったのだ」
もしそうだとしても、ヒト族にとっての猛毒が、魔族にとっても同じだとは限らない。そいつの毒では死ななかったかもしれないし、どちらかと言えばそんな気がする。だがここは彼女の行為に礼を言わなくてはなるまい。
「そうか。おかげで助かった」
頭を軽くさげると、モアモアは顔を近づけてきた。
「とぉーーーーぜん、血も少し混じってたけど、すっごくクソ不味かったのは本当だよ。もう人間じゃないみたいにクソ不味かったぁ~」
そんな笑顔で『クソ不味かった』を繰り返さないでくれないだろうか。
「しかしグフルーゴって言ったか。許せないヤツだ」
「気持ちはわかるが、モアモアに免じて許してやってくれ。だいたい、原因はヒト族にあるんだからな」
ほう、原因はヒト族?
仮にそうだとしても、オレはヒト族じゃないのだが……などとは言えない。魔族であることを明かすつもりはないのだ。
それはそうと……。
「そっか。だったらヒト族にある『原因』ってなんだ?」
訊いてほしそうな顔だったので、訊いてやった。
「何! わからないだと? 俺に言わせるつもりかっ」
逆に怒られた。訊いて損した気分だ。
「なら別に言わなくてもいい」
「いいか、よく聞け」
言うのかよ。
「おう、聞こうじゃないか」
その男はこう語った――。
「お前だって知ってるだろ。俺たち魔人族に対するヒト族の酷い仕打ちを。
昔から、ヒト族は俺たちを見つけては捕獲し、奴隷になることを強要してきた。拒否はそのまま死を意味する。つまり奴隷になるか殺されるかを選択しなければならなかった。
奴隷となったらその扱いは地獄だ。俺たちはゴミ。家畜以下だ。お前らはこれを当然のことだと勘違いしてはいないか?」
そんなふうに問われても困る。
「悪いが、魔人族のことについちゃ、あまりよく知らないんだ。これまで身近にいなかったからな。けれどオレの大切な友人に、獣人族がいる。その所有者からはとても可愛がられているが、家から一歩出るとそこはもう別世界の地獄だ。彼女に辛く当たるヤツは少なくない。きっと苦労は多いことだろう」
すると、その男は少し顔をしかめ、こう言うのだった――。
「獣人族と魔人族をいっしょにするな。
彼らは俺たちに比べれば、ずっとマシだ。奴隷といえども、少しは人間に近い扱いをしてもらえる。少なくとも、無闇に殺されることはあまりないと聞く。
しかし魔人族については、最近じゃ奴隷にすらなれないって、知ってたか? ほとんどの場合、すぐに殺されるんだ」
その男が話を続ける。彼は獣人族と魔人族の違いについて、例をあげた――。
「ヒト族はたびたび獣人族の里に行き、多くの獣人をさらってくる。領主あるいは役人らは、それらを禁止せずに放任している。
一方で魔人族の場合はどうか。
ヒト族が魔人族の里に来ると、生け捕りはほんの一握り。殲滅を楽しんでいるんだ。しかも領主あるいは役人らは、それを放任どころか奨励している。これが最近の現状だ。
魔人族……特に俺たち吸血魔人は、ヒト族から非常に危険視されている。吸血魔人はヒト族の血を吸って生きている、なんてヒト族は思っている。
もちろん吸うこともあるが、しょっちゅう吸ってばかりいるわけではない。血を吸わないと死ぬわけでもないのだからな。ヒト族の勝手な想像のため、ずっと俺たちは地獄を見ているのだ」
「おいおい。ヒト族の勝手な想像とは言い切れないぞ。人間の血を吸わないと生きていけないって、オレはお前の仲間の口から聞いたんだからな。赤髪のグフルーゴとかいうヤツの言葉だ」
「ぬぐぐぐ。グフルーゴめ! すまんがアイツの話だけは真に受けないでほしい。俺の話は説得力を欠くことになったが……。すべては、ヒト族が俺たちに恐れを抱いていることが原因なのだ。個々の力では、魔人族は魔力にしろ体力にしろ、ヒト族を上回っている――そのためだ」
「だが、オレがお前らを解放したら、すぐヒト族が殺された。これも事実だろ」
「それも含めてヒト族に原因があるって言ってるんだ! 俺たちを……もし殺さなければ、もし苦しめなければ、もし放っておいてくれさえすれば、ヒト族に対する憎しみを持つ者は現れない」
ここで別の男が口を開く。
「いい加減、グフルーゴを庇うのはやめようぜ?」
周囲の者たちの顔色が変わった。その男に詰め寄る。
しかし彼は怯まなかった。
「殺しまくってるのはグフルーゴただ一人だけじゃないか。俺はアイツといっしょにされたくない。ヒト族は憎いが、殺しまくろうとまでは思わない」
また別の男がオレに言う。
「いまヒト族らを襲っているのは、そのグフルーゴだけだ。ただ、そいつのことをほんの少しは理解してほしい。俺だって……お前らヒト族を殺したい。それをグッと堪えているのが現状だ。しかし忍耐には限界がある。些細なきっかけで、いつか俺だって怒りが爆発してしまうかもしれない。彼のように」
オレは袖を引っ張られた。モアモアだ。
「でも安心して。あたいたちが我慢できなくなっても、あんただけは誰にも殺させないよ。助けてくれた恩人だから」
ニコッと笑顔を見せてきた。
かと思ったら首筋にガブリ。
「ぺっ、ぺっ。やっぱりあんたの血、クソ不味い」
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