14 上空を舞う艶美
モンスターがクッションになってくれたとはいえ、オレは体の激痛で動けなかった。リムネは頬を膨らませつつも、回復薬ポーションを飲ませてくれた。
それから、しばらくしたのち――。
ミーンミアが上空に指を向ける。どうしたのだろうと、皆、彼女の指し示す方を目で追った。そこに最悪なものを見つけてしまった。
あの恰好……オレと同じ魔族じゃないか! きのうのケイティモッカに続いてまたかよ!!
「まずいぞ。隠れろ」
そう叫び、皆に指示した。
魔族という同族の恐ろしさをよく知っているからだ。
ところが……。
「なんでだよ。俺たちで倒そうぜ」
「そうよ。いい経験になるわ」
「わたしたちでやりましょう!」
そんな仲間たちにややキレ気味に言う。
「馬鹿言え! 向こうは魔族だぞ。きのうのことを思いだしてみろ。七人ものA級冒険者が、たった一人の魔族に歯が立たなかったじゃないか。さっきみたいな弱小モンスターに手こずるようなヤツに、勝ち目なんかがあるかよ。きっとオレのミニファイヤだって屁とも感じないさ」
しかしヘスナートがすっとぼけたことを抜かすのだった。
「あのさあ。きのうの魔族が特別強かっただけじゃないのか?」
「特別じゃない! あれが普通だ。魔族は皆、恐ろしいんだ」
魔族が非常に危険なことくらい、冒険者ならば常識だと思っていたが……。めったに現れない魔族については、ほとんど勉強していないのか。冒険者っていうのなら、魔族の実力くらい把握しておくべきだと思うけどな。
でもまあ……魔族の人間狩りって、かなり時代遅れだったかもしれない。
「いつもは世間知らずのロフェイなのに……詳しいのね?」
と、リムネが小首をかしげている。
「魔族(のオンナ)には何度も殺されかけてきたからな」
「まあ! 貴重な経験してきたのね」
皆、その場に伏せながら身を隠した。
上空を飛行していた魔族が滑空する。その魔族の顔が鮮明に見えてきた。オレは自分の目を疑った。嘘だろ? 見間違いなんかじゃない。彼女は……。
ベッサーリリィじゃないかっ!
またもや知り合いだった。なんで彼女が狭間の森に? そうか、思いだしたぞ。ジャックジャーがデートに誘ってたっけ。人間狩りってきょうだったか。ということは、ジャックジャーも近くにいるのか。
きのうのケイティモッカのときは、虫嫌いという大きな弱点があった。だがベッサーリリィの弱点については何も知らない。弱点などあるのだろうか。そのうえ、どこかにジャックジャーがいるかもしれない。
皆殺しにされることだけは避けなければ。
「戦っても勝算はまったくない。なるべくバラバラにこの場を去ろう。気づかれないようにゆっくりだぞ」
皆、了承してくれた。
それぞれの方向へと、散り散りになって逃げる。
しまった!
ベッサーリリィの視線が一点で止まった。誰かが彼女に見つけられてしまったようだ。そっちに逃げていったのは……。ミーンミアだ。
ベッサーリリィ、鬼法を放つのか?
マズい、マズい、マズい! ミーンミアが殺される!
オレはほぼ反射的に、足裏から魔法陣を浮きあがらせた。覚え立てのポンコツ魔法『ウインド』の発動だ。この体が勢いよく飛んでいく。
ベッサーリリィは地上の獲物から目を離し、その視線をこっちに移した。
……あっと言う間だった。
こんなにあっさりと捕まってしまうなんて。
逃げ切れると思ったが甘かった。
オレ、殺される。
衝動的な行動の結果がこれだ。馬鹿なことやってしまったと後悔しても遅い。我ながら笑えてきた。いくらパーティ仲間だからって、ミーンミアは魔族じゃないんだ。オレが獣人や人間のために身を犠牲にするなんて。
まあ、いいさ。なんであれ、オレは囮になることができたんだ。これが魔族としてのプライドだ。ミーンミア、リムネ、ヘスナート、いまのうちに逃げてくれよ。
ベッサーリリィは、オレが顔見知りの魔族だと気づいていないようだ。頭のツノはなくなったし、人相も少し変わったので仕方なかろう。いまの惨めな姿を彼女に見せたくなかった。だからオレだと認識されていないことは幸運かもしれない。
それにしても、ベッサーリリィは美しすぎる。どうせ殺されるしかないのなら、処刑執行者が彼女で良かったとさえ思えてきた。いま、この場は二人だけの空間。邪魔がいなくて良かった。このままひょっこり出てこなければいいが……。
彼女に疑問を投げかける。
「狭間の森には一人で? 連れとかはいないのか?」
当然、連れとはジャックジャーを意味している。どうせデートに来たのだろう。ただこの問いは、ジャックジャーのことが気になったからというよりも、どちらかといえば、仲間を少しでも遠くに逃がすための時間稼ぎだった。
「あたしの連れ? 人間になんの関係がある?」
「不思議に思っただけさ。アンタみたいに美しいオンナがここで一人なんて」
「人間、それを聞いてどうする?」
怪訝そうなベッサーリリィ。
時間稼ぎは順調だった。
「どうもしないさ。死ぬ前にアンタと言葉を交わしたかっただけだ」
「はあ? 人間は馬鹿なのか」
「そうかもしれない。ただアンタは愛したオンナに似てたんだ」
じっとオレの顔を観察している。
「連れは放置してきた。つまらないオトコだったから」
答えてくれるとは思わなかった。とはいえ、やはりデートにきていたのだと判明した。相手はジャックジャーに間違いない。アイツ、途中で放置されたのか。
「じゃあ、何故そんなオトコとデートすることに?」
「愛するオトコがいた。しかしそのオトコはあたしたち魔族を裏切った。だから他のオトコからデートを申し込まれたとき、それをわざわざ見せつけるように受け入れた。腹いせのつもりだったけど、はたして、愛するオトコは悔しがったかしら」
愛するオトコ……。
腹いせだった……。
それって!?
なんとも言えない気持ちになった。
胸が苦しく、泣きだしそうになってきた。
「アンタは美しい。とても悔しがったに決まってる。でもそんな話を聞かせてもらえるとは思わなかった」
「なんでこんな話をしたのか、あたし自身もわからない。ただ……全体的な雰囲気が……愛するオトコに似てる。特に目や声はそっくり。まるで愛するオトコとしゃべってるような気分になってくる」
ビュンっと何かが飛んできた。
地上からだった。
「うぅ……」
声をあげるベッサーリリィ。
彼女の背中に何かが刺さっていた。
この短剣は……。ミーンミアのものだ。
そうか。オレを助けるため、逃げもせずに投げたのか。
ありがとうな、ミーンミア。友情に感謝するぜ。
けどさ、何やってんだよ。オレ、囮になったつもりだったのに。
「アンタ、大丈夫か?」
ミーンミア、せっかくだったけどゴメンよ。ミーンミアに後ろめたさを感じながら、ベッサーリリィの背中から短剣を引き抜いた。本当にオレはろくでなしだ。この先、オレは後悔するに違いない。
なおもベッサーリリィは顔を歪めている。かなり苦しそうだ。短剣の刃先に毒でも塗られていたのかもしれない。
「人間に気遣われる義理はない」
短剣を抜いてやったオレへの感謝の言葉がそれかよ。
「確かにそんな義理はない。だけど言っただろ。愛したオンナに似てるって。心配したっていいじゃないか。気遣って何が悪い?」
「変な人間だ」
「アンタに頼みがある。短剣を投げたヤツを見逃してくれ。その代わりオレはどれだけ残酷に殺されたって構わない。お願いだ」
「どれだけ残酷に殺されても?」
「そうだ。好きなようにやってくれ」
不可解にもベッサーリリィは笑い出した。
残酷な処刑方法でも見つけたのか。
「あたしは短剣で刺されて怒っている」
「当然だ。その怒りはオレにぶつけてくれ。投げたヤツは見逃してくれ」
「人間、運がいいな」
「運???」
ベッサーリリィの言った意味が理解できなかった。
運がいいとはなんだ。
「あたしは怒りで暴力を振るわない。怒りをぶつけてもぜんぜん楽しくない。むしろ、そういうときは萎えてしまう。逃げたいのなら逃げるがいい。人間、まだ生きたいか? もしそうならば仲間を連れて急いで逃げるがいい。あたしの気が変わらぬうちに」
えっ!? オレもミーンミアも逃がしてくれるのか。
「あの……」
「なんだ?」
「頼める立場にはないんだけど……」
「早く言え」
さっきのベッサーリリィと同様、オレも顔を歪めた。
「地面におろしてくれないだろうか」
きょとんとするベッサーリリィ。
「はあ?」
「オレ、風で飛ぶことはできても、まだ不慣れで着地がうまくできないんだ」
「なんだと……」
彼女はオレを空中で振り回した。
わぁーーーーーーーーーーー
彼女の顔は少し楽しそうだった。
それでもきちんと無事に着地させてくれた。
「もう一度言う。あたしの気の変わらぬうちに急げ」
言われたとおりに逃げる。
途中で振り返った。
「もし気が変わってオレを殺すとしたら、どんな鬼法で?」
「殺され方にリクエストはある?」
「大炎弾のみがいいな」
「いいだろう。そのときは必ずそうしよう」
約束をとりつけた。
ふたたび前方を向き、走り始めた。
ありったけの声を振り絞る。
「みんなぁーーーー。もしまだ近くにいるんだったら、川の中に飛び込め!!」
オレも大炎弾に備え、川に飛び込むことにした。
かなりの急流だが、生存確率は高くなるはず。
川まではあと数歩のところまできた。
「人間、名は?」
背中にベッサーリリィの声。
「ロフェイ」
オレはそう答えると同時に、急流に飛び込んだ。
本名を告げて良かっただろうか……。
結局、大炎弾はこなかった。
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