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第七話 ショートケーキの一口分で困っている

「何見てるんだ、テア?」


 名前を呼ばれると、ぴこぴこっとケモミミが震える。俺が悩んでいる間、彼女はじっと商品棚を見つめ続けていた。その視線の先には甘そうなショートケーキがあった。粉砂糖の掛かっているいちごはシロップ漬けにされているようで照明を受けて輝いている。そんなスイーツをテアは珍しそうに見つめていた。


「これに興味があるみたいだな」

「レンイルエフイフ?」

「えっと……ヤバト(はい)?」


 テアの目の前にショートケーキを出して、尋ねてみる。質問を質問で返すようで、あまり行儀の良くないコミュニケーションだったが今の俺にはこれくらいしか問う方法がない。

 テアは俺の問を聞いて、何故か納得したような表情になっていた。なんだか伝わっていないような気もするが、俺は取り敢えず買い物カゴの中にショートケーキを入れた。


 いつもは自炊していたのだが、今日は色々ありすぎてコンビニ飯になってしまった。自分だけならまだしも異邦からやってきた美少女に差し出す飯がこれとは我ながら恥ずかしい。でも、ケモミミ少女が家に送られ、バイト先にアメリカのヤバそうな役人が来るなんてことがあって平然に夕飯を作れるほうがおかしい。

 カツサンドと雀の涙程度の健康意識で買った野菜ジュースを平らげながら、自室の床に寝転びながらそんなことを考えていた。


「なあ、テア、お前って本当は何処から来たんだ?」


 彼女はお行儀よく正座で、目の前の食事を大切にするように少しづつ食べていた。さすがにショートケーキを夕飯にするのは女子力が過ぎるので、適当なおにぎりとお茶を買っておいた。両手でおにぎりを掴んで食べるテアは小動物のような可愛さで見てて癒やされないこともなかった。

 テアは俺の言葉にケモミミを揺らして反応はするものの、答えてはくれなかった。俺もそうであるように、彼女も長い文章を言われては理解が追いつかないのだろう。

 でも、それで良かった。呟きは独り言のようなものだった。


「例えばさ、アメリカから来たんだったら英語が通じたりするとかさ?」

「メリク?」

If you can(もし英語が話せ) speak(るんだ) English,(ったら、) speak(英語で話) English(して欲しい).」


 東雲遊は高校生だ。拙いなりに英語の文章はある程度組める。円滑にコミュニケーションを取れるかは別として、彼女が英語を話せるのであればそっちのほうが断然楽だ。

 だが、テアは首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「イフ……?」

「まっ、通じないかあ」


 天井を見ながら、そう呟く。テアのほうはいつの間にかショートケーキの包みを開けて、食後のデザートと洒落込んでいるようだった。かすかに甘い匂いがこちらにも漂ってくるので、見なくても分かる。


「ミハト……!」


 どうやら驚きの味だったようだ。体を少し起こして、テアの様子を見てみる。彼女は口を押さえ、目をぱちくりさせながら、ショートケーキの味を堪能しているようだった。うむ、単純にかわいい。

 そんなテアは俺に見られていることに気づいたのか、すんっと表情を戻して、もう一口を味わう。しかし、その味に耐えきれないようでどうしても頬が緩んでしまうようだった。彼女のこんな様子を見れるなら、しばらくうちに居てもらってもやぶさかではない。そんなふうに思い始めていた。

 テアは俺の方をちらちら見ながら、何か気にしてる様子だった。


「どうしたそんなにジロジロ見て、顔になんか付いてるか?」

「リマルティラル?」

「あぁ、ええっと……」

「あーぃと」


 テアはショートケーキを一口分乗せたスプーンをこちらに向けてきた。こぼれないように手を添えたその仕草はとても可愛らしい。

 というか、これはもしや「あーん」というものなのではないか? いや、テアはとても自然な仕草でショートケーキを差し向けてきている。彼女にそのような意図があるとは思えないし、出会って一日も経ってない男に食べさせてあげるとか。

 頭が混乱して、完全にパンク状態になってしまう。これを克服するのが、母さんがテアを送った意図であったなら大正解なのかもしれない。いや、大きなお世話だが。


「ええい、もう食べてしまえっ!」


 ぱくっ。

 ……うん、普通のショートケーキの味だ。テアはにこっと微笑み、残りをまた口に運ぶ。そのまま、口に運んだ!?


「いや、ちょ、それ俺が口付けたスプーンなんだがっ!?」

「イフ?」

「いや、イフ?じゃなくて、気にしないのか!?」


 テアは何を驚かれているのか良く分からない様子だった。まあ、よく考えてみればテアが食べたスプーンに俺が口を付けた時点で間接キスは成立しており、彼女はそれに同意していたということになる。いやいや、俺は一体何を考えているんだ。頭が痛くなってくる。


「はあ……」


 再度床に寝転ぶ。心地よい疲れの中で曖昧になる意識の中で俺の頭の中にはギブソンの言葉が響いていた。


『将来の選択に備えて、テアに肩入れしすぎるべきじゃないだろう。後悔するぞ』


 こうやってテアと生活していくうちに、彼女との間に絆が芽生えていくのだろうか。「将来の選択」というのが何を指しているのかさっぱりだが、そのときが来たら離れるのが辛くなるのかもしれない。

 今はまだどうなるか分からない。なるようになると信じるしかない。

 そう思いながら、俺は眠気に意識を委ねて、そのまま深い眠りについたのであった。

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