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第六話 コンビニに慣れてないみたいで困っている

「橋本さん……橋本さんってば!」


 肩を揺すって、頬を叩いてみる。そうしてやっと七海は目を覚ました。床に倒れて、テアに膝枕されている自分の状況が彼女には理解できていないようで、瞬きながら数秒間俺とテアを交互に見て言葉が出ない様子だった。


「大丈夫ですか?」

「ケモミミ少女に膝枕をされているので大丈夫になります」

「は、はあ……」


 そんな素っ頓狂なことをいう七海の後ろ、デスクのほうでは鶴川が大きなあくびをしながら伸びをしていた。


「ぐわぁ~っ、寝ちゃってたよ。お客さん帰っちゃったね……ってナナちゃん大丈夫!?」


 デスクからよろけ気味に出てきた鶴川も七海に近寄って、心配そうな視線を彼女に向けていた。


「どうやらコケちゃったみたいで、変なところを打って気を失ってたようです」

「そっかー、頭を打ったんだったら今日は安静にしておいたほうがいいよ」

「でも……」

「大丈夫、大丈夫。色々あったことだし、今日は店じまいにしよう」


 バツが悪そうな七海を前に俺は本当にあったことを言うことができなかった。ジャン・ギブソン、アメリカ国土安全保障省の存在がテアとなんらかの関わりを持っている。その事実を伝えることは彼らにとって脅威になるかもしれない。そう直感していたからだった。


「じゃあ、俺も家に帰ることにします」

「うん、テアちゃんに色々と教えてあげてね」


 鶴川の穏やかな微笑みが、俺を安心させた。テアも事情が分かっているようで、膝枕から離れるのを名残惜しそうにしていた七海の頭を一度撫でてから、ゆっくりと床に下ろした。夕焼けに照らされる古書店を背に俺達は家へと帰っていくのであった。


* * *


 お互いが見えないくらいの暗がり。表のシャッターを閉じた店内はそう形容するのが一番正しかった。鶴川は遊が去ったことを確認してから、どかっとデスクに座った。


「アメリカの連中は手荒な真似をするよねー。ハロタンなんか吸わせちゃってさあ」

「店長、肝機能障害になるかもしれませんね」

「冗談じゃないよー、黒龍集団(ヘイロン)に協力して早死なんてまっぴらごめんだねー」

「まあ、協力したくなくなったら、そのときは言って下さい。コンクリート詰めにして東京湾に沈めるので」

「あはは、それは冗談じゃなさそうだー」


 朗らかな表情で笑う鶴川は、その一瞬で顔をこわばらせた。


「それで大丈夫なのかい。連中、どうしても僕たちに情報を握らせたくないらしいし。例の件、こっちがイニシアチブを取ってるんだろうね」

「まだなんとも」

「しっかりしてよ。他国の情報機関に知られたら、どうなるか分からないんだよ」

「まだ焦る時間じゃありませんよ」


 店の窓から夕焼け色に完全に染まった空を見ながら、七海は呟く。


「まだまだ、計画は始まったばかりですから」


* * *


 家に帰る前に、夕飯を買って帰ろうとコンビニに寄ることにした。すっかり夜道となってしまった道の中で光る建物をテアはじっと見つめていた。彼女の国にはきっとコンビニも無いのかも知れない。自動ドアが開いたり、閉じたりするのも珍しいようで出入り口で数秒棒立ちになって固まっている彼女を引っ張って店内に連れて行った。

 店員や他の客の好奇の目がテアに集まる。テアが日本に慣れるまではこういう調子が続くのだろうか。そう思いながら、食料品のコーナーに彼女を引っ張る。


「そういえば、食べられないものはあるのか?」

「イフ?」

「うーむ……」


 言葉が通じない以上、色々と試してみるほかないだろう。そういえば、ネギ類はネコやイヌには有害と聞いたことがある。ケモミミの付いた少女にはどうなんだろうか。

 ネギを一本取って、テアに近づけてみる。彼女は不思議そうにしていたが、ややあって匂いを嗅いで「><」のような表情になっていた。手元にあるネギを指差して、もう一度テアの前に出してみる。


ヤバト(はい)?」

アス(いいえ)……アス(いいえ) ユラン……」


 テアは顔をぶんぶん振りながら、嫌そうな顔をしていた。害があるかは分からないが、テアはネギが苦手そうだ。

 それにもう一つ分かったことがある。「アス ユラン」で「好みではない」という意味なのであれば、「ユラン」は「好みである」という意味なのかもしれないということだ。「アス」は「いいえ」としてだけではなく、言葉の否定にも使えるらしい。


ユウ(遊は) ユラン(好みだ)


 俺は商品棚にあるカツサンドを指して言ってみる。テアはこくこくと頷きながら、ケモミミの先を震わせた。


「レルウィルラアユウユラトイフ?」

「あーっと、ヤバト(はい)


 テアの問が何を表していたのかはよく分からなかったが、会話が一応出来たことに喜びを感じる。テアも少しづつ言葉を習得している俺に信頼の眼差しを向けていた。この先、どんどん彼女の言葉を習得していけば、彼女の正体とアメリカとの関係が分かるかもしれない。だが、その前に元いた場所に戻ってしまうことになるかもしれないが。


「はぁ、それはそれとして何を買ったもんかなあ……」


 俺は商品棚の前でテアと一緒にしばらく悩むことになった。

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