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第四話 バイト先の先輩がヤバ過ぎるので困っている

 理解できたと思われる表現は5つあった。「アスティラン」が止めて欲しいときに言う言葉で、ヤバトが「はい」、アスが「いいえ」、アヴィランが「ありがとう」、テアが彼女の名前だったはずだ。

 彼女の腕を引っ張って無理やり連れて行くような少年漫画の主人公的な思い切りは俺にはない。やめてと言われて異性に腕を掴まれただけで胸がトクンとしてしまうのだ。こう記述してみると我ながらキモい。ともかく、ここは紳士を気取って、言葉で交渉する他ないだろう。

 しかし、この単語の組み合わせでどうやって会話しろというのだろうか? 具体的な言葉が何一つ無いじゃないか。


「えっと……テア、アスティラン、ヤバト」


 家の中と外を交互に指差しながら、とりあえず言葉を並べてみる。テアはケモミミをピクピクと震わせながら、俺の言葉の意味と行動を静かに観察し、意図を読み取ろうとしていた。


「アソディラルイフイェルデリルライフ?」

「よく分かんねえけど、ともかく外に出るぞ」


 そういって、外出しようとした途端に次の問題が発生した。テアは靴を履かずに玄関に足を進めていたのだ。


「待て、靴は無いのか?」

「クシュ?」

「靴だよ、足に履く……って言っても分からないか」


 足を上げて、テアに言っていることが分かるように指差してみる。少しの外出や神聖な場所で靴を履かない文化圏はあるっちゃあるらしいが、そういう国から来たのだろうか?


「白タイツで、そのまま歩いたら汚れちゃうだろ、靴無いのか?」


 俺の足と彼女の足を交互に指差すと、テアは首を傾げた。ケモミミがピクピク再び動く。


「あぁ…アス(無いです)

「そうか……」


 悪い状況でため息が出なかったのは、彼女の言葉が直感的に理解できたからだった。最初は全く意思疎通が出来ていなかったが、少しでも単語が分かると嬉しくなってくる。

 ともかく、時間が惜しかったので彼女には靴棚に置いてあった俺の靴を無理やり履かせてやった。いずれ彼女の足に合う靴を探しに行くことになるだろう。その前に元の国に帰る手はずを整えられると良いが、今のところは全く先行きが分からなかった。



 フードを被ってもケモミミは割と目立っていた。しかし、道中で出会う人から怪訝そうな目を向けられることもなく、無事俺とテアはバイト先に到着したのであった。

 アンティークなイギリス建築を思わせる建物は自宅から数分で着く場所にある。違和感があるようで、街の一角に上手く溶け込んだ洋館には「鶴川古書店」と書かれたシックな看板が掛けられている。ここが俺のバイト先の古本屋であった。


「遅いよぉ、東雲くぅ~ん」

「いやあ、ちょっと問題が発生して遅れちゃいました。すみません」


 少し冗談めかした不満を漏らしていたのは、ここの店主、鶴川涼介(つるかわりょうすけ)だ。健康体の中年男性で、この書店のエプロンを付けながらいつも本を読んだり、窓から外を眺めたり、昼寝したりしている。七海とは正反対でのほほんとした性格で、人当たりがいい落ち着いた人だ。

 この鶴川古書店は明治の頃から鶴川家が継いできた書店で、由緒正しい古書店ということらしい。現代になって電子書籍の普及で出版業界が打撃を受けているなか、ここは至って平凡な古本屋として良くも悪くも派手じゃない店として経営が安定していた。そんな落ち着いた雰囲気が好きで入り浸っていたところ、七海さんの手伝いなんかをやっているうちにバイトとして雇われてしまったというのがここでバイトしている経緯になるだろうか。

 鶴川は俺の後方を見ると顎をさすって、不思議そうな顔になる。


「東雲君に妹なんて居たっけ?」

「いえ、妹というかなんというか――」

「航空便で送られてきたんでしたっけ?」


 店長の背後から本を重ねながら、出てきたのは黒髪の女性だった。ミディアムボブでカチューシャ編み込みの髪で、書店のエプロンを付けている。そう、彼女がこの書店のバイト第一号 橋本七海(はしもとななみ)だった。

 七海の言葉を聞いて、鶴川はあははと笑い始めた。どうやら彼女の日常的な言葉のスケールの大きさのせいで()()が伝わっていないらしい。


「ナナちゃん、小説の読み過ぎだよ! 女の子が航空便で送られてくるわけないじゃないかぁ」

「いえ、でも東雲君がそう言っていたので」

「えっ、ホントなの!?」

「えっと……」


 面倒くさい方向に話が進んでいる気がする。ただ、鶴川は目を輝かせながら、こちらに迫ってきていた。


「でも、なんで東雲君んとこに女の子が郵送されてくるんだい?」

「どこぞの人身売買組織と繋がってるんでしょう。今すぐ警察に通報するので――」

「冗談ですよね!? 橋本さん、電話から手を話して!!」

「話は警察から又聞きするので、焦らなくても良いですよ」

「俺の話を聞いてくださいよ!?」


 受話器を持ち上げ、警察に通報しようとする七海をなんとか抑え、二人を落ち着かせてから俺はことの経緯を説明した。ケモミミや異世界に関しても、変にぼかすと逆に怪しくなってしまうので全部話してしまった。言ってる自分でも笑ってしまうような奇妙な話だったが、二人は真剣に聞いてくれた。


「……というわけなんですよ」

「そりゃ災難だったねぇ」

「でも、異世界とかケモミミとか、にわかには信じがたいですね」

「そうなんですよ。だから、俺もなんかのイタズラだと思ってて、ただ言葉も通じなければ、頭にケモミミが生えてるし、イタズラにしては悪質というか手が込み過ぎてるというか」


 七海はそれを聞いて、「ふむ」と考え込むような表情になる。


「ケモミミに関しては東雲君は目で確認しただけですよね」

「えっと、まあ、そうですね」

「ふむ……」


 そう言いながら、七海は背後で静かに待っていたテアに近づいていく。彼女は徒に怯えず、ただオリーブグリーンの瞳を彼女に向けるだけだった。静かな時間、そう思っていたのもつかの間だった。


「えい」


 がしっ。

 七海はテアの被っていたフードを目にも留まらぬスピードで取り払い、頭にある耳をわしづかみにした。そして、あろうことかケモミミをモフり始めた。


 もふもふ、もふもふ。


「ええ、体温を感じます。これはモフれますね」

「な、七海さ――」


 もふもふ、もふもふ。


「これはケモミミの要件を満たしていると思いますよ。世界ケモミミ連盟の星五クラスを取れるレベルでしょう」

「ナナちゃん、そろそろ止めてあげたほうが……」


 モフられているテアはといえば、顔面が固まった状態でカタカタと震えだしていた。震えは止まらず、そのままテアは失神してその場に倒れ込んでしまった。


「あ~あ、だから止めたほうが良いって言ったのに」

「と、取り敢えず奥の方に運びましょう」


 七海と俺とで、失神してしまったテアを店の奥に運び、寝かせてあげた。鶴川は「僕は店番に戻るけど、君は今日は良いから彼女の隣に居てあげなさい」と言ってくれた。耳を触ったくらいでショック死したりはしないだろうと思っていたから、俺はさほど心配していなかった。彼女のそばに座りながら、適当な本を一冊書棚から取り出して読み進める。一ページ、一ページをめくっていくうちに時間の経過が感じられなくなってゆく、そんな朗らかな読書体験に浸っていたときに店の方から悲鳴が聞こえた。

 恐らく七海の悲鳴。今度は冗談じゃないような声だった。

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