第三十話 サッカーに興味があるらしいので困っている
言おうと思ったものの、そう簡単に言えるものではなかった。
今更、自分のテアの言葉に対する解析が果たして正しかったのか、自信が無かったからだ。
そんな感じのまま、家に帰って、夕飯も終え、ソファーに横になりながら、テレビのスポーツ特集を見ていたところだった。テアは物珍しそうに光を発する箱を見つめている。彼女にはテレビを見せたことが一回もなかった気がする。どおりで物珍しそうに見つめるわけだ。
「ユウ、ウィフ レン リル オバト?」
テアはケモミミをぴこぴこと振らしながら、テレビを指差して言う。スポーツ特集では丁度サッカーについて扱っている最中であった。
「ウィフ」はおそらく「イフ」に「ウ」が付いた形で「何を」という意味になるだろう。「レン リル」は「レン イル」に近く、「レン ウィル」と同じように「イル」の方に何かを表す要素「ル」が付いているのだろう。「オバト」は「ヤバト」に似ているし、語末に来ているため動詞なのだろう。
これまでの解読で分かることはこれくらいだ。どうやらサッカーが分からないらしい。
「レンイル サッカー」
「サッカー?」
「ヤバト」
テアは首を傾げる。もう少し説明が必要らしい。
デレビでは丁度、ゴールシーンを何度も映しているところだった。それを指差して、テアの注目を集める。
「レン ウィル ティラト」
「……」
こくこくと頷きながら説明を聞くテア。ゴールすることが目的のゲームであることを説明したつもりだったが、表現が拙すぎて伝わっているのか心配なところだった。
しかし、見ていくうちにテアも理解していったのか、シュートに一喜一憂の表情を見せるようになった。ゴールが決まったときは耳を勢いよくピコピコ振らしながら喜び、セーブされたりしてシュートが決まらないとしゅんとして耳を伏せる。そんな表情の移り変わりが可愛くて、ついつい見つめてしまっていた。
彼女自身も見つめられているのに気づかないうちにサッカーの特集は終わり、次のスポーツが出てくる。
「サッカー アス シュラウダン イフ、ユウ!」
「ええっと……」
興奮した様子のテアに言われた言葉には聞き覚えがあった。
スライサーについて説明したときの「アス シュラウダン」だ。「アス」を取り除いた「シュラウダン」は多分動詞で、元の形は「シュラウダ」だ。主語に自分を取るというあたり、おそらく「すごくないと思う」という意味なのだろう。
喜んでくれるとこちらも説明したかいがあるというものだ。しかし、テアにとって、この世界は異世界なのだと再度実感させられる。彼女の見るものの多くは初めてで一杯なのだろう。そんな彼女を守らなくてはならないと強く感じた。これが庇護欲がそそられるというやつなのかもしれない。
「ユウ、ウィフ レン リル オバト?」
次のスポーツの特集に食いつくテア。俺はテレビの画面を見ながら、説明を頭の中で組み立てた。野球の説明をするのは思ったより難しそうだ。
こんな様子でしばらくテアにスポーツを説明してやったのであった。スポーツのプレイに一喜一憂するテアの姿はとても可愛くて、ついつい頑張って説明してしまった。
最終的に俺とテアは疲れてしまって、ソファで隣り合って肩を預け合いながら寝てしまったのであった。
* * *
――弥弥の店
研究者ゴスロリ少女――本厚木弥弥は、自分の営む店内で三枚のチケットを手にしてニヤニヤと笑っていた。香港パシフィック航空の航空券である。関西国際空港発、香港国際空港行きのチケットをニヤついた顔で見続けていた。
「ふっふっふー、あいつら合宿先が外国と知ったら驚くじゃろうなあ……!」
適当に応募したネットくじが思わず当たってしまって、手に入れた航空券。彼女にとってはただの幸運だったが、家族向けと三枚も貰ってしまったのが仇となっていた。彼女には友達も居ず、家族とも絶縁状態、院のお世話になった先生を呼ぶということも考えたが声を掛けた先生方は総じて用事を入れていて手が離せないという状況になっていた。一瞬ハブられているのかもしれないという思考が過ぎったが、お世話になったときは本当に親身にしてくれたのでそんなはずが無いと弥弥は確信していた。
ともかく、そんなところに東雲遊とテアが来てくれたのは彼女にとっては僥倖であった。
航空券を大切に引き出しにしまいながら、ニコニコしつつ店の裏に行く。そろそろ店じまいの時間だった。
「楽しみにしておけよぉっ!」
握りこぶしを作り、天井に突き上げる。彼女にとっては、海外はこれが初めてではない。海外のロリータファッションの実態を調査するために渡航した経験があったからだった。アメリカ、ドイツにフランス、イタリア。今から考えると本当に色んな国に行ったものだと彼女は思った。しかし、研究目的以外で旅行に行くのはこれが初めてで、人を連れ立って旅行に行くのは国内・国外問わずこれが初めてであった。
初めてのワクワクに心を踊らせながら、帰りの支度をする。明日もまた頑張れそうだと、彼女は感じていた。




