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第二十八話 語頭の要素で困っている

イフ ティラル(何が欲しいんだ)?」

「レンウィル」


 テアは棚に掛けられたうちの一つを指差していう。それはトルコ石のネックレスだった。素朴な水色が何だかエキゾチックな感触を感じさせる。

 ネックレスを棚から取ってテアの前に持ってきてやると、彼女は手で器を作った。その中に収まるようにネックレスを入れる。


「レンリルアシュ イフ(ですか)?」

「えっと、何だって?」


 問い返すとテアはネックレスの石の部分を人差し指と親指でつまんで持ち上げた。石のことが訊きたいのかもしれない。石の部分を俺は指差して、続ける。


「これはトルコ石って奴だ、トルコ石」

「トルゴイシュ?」

「まあ、そんなところだ」


 テアは舌を噛みそうな表情になっていた。発音が拙いのが可愛い。

 それにしても、さっきから「レンウィル」だとか「レンリル」といった感じの「レンイル」によく似たものが出てきているが何なのだろう。指差して言っていたり、物を対象にして言っているように聞こえるあたりは「これ」のような指示をする単語に近いものを感じる。日本語の「こそあど」や英語のthis「これ」/that「それ・あれ」のように距離によって言い方を変えているのかもしれないが、それほど距離は変わらなかった気もする。

 そんなことを考察していると、右肩の方から弥弥がぬるっと顔を出してきた。手元には水の入ったコップが二つ、片方をテアに渡していた。


「まいどお買い上げありがとぅございまぁすぅ」

「商魂猛々しいな、お前」

「こらっ、お姉さま魔王にお前とか言っちゃいけないんだぞっ、眷属くん!」


 弥弥は腰を引いて、こちらを指差すようなポーズを取る。ちっこいし、ゴスロリだし、お姉さんというタチではない。それ以上に本当にキャラがブレブレで中身が分からない人間だった。


「どうでもいいけど、幾ら何だこれ?」

「ん、まあ、そこにあるのは売れ残りみたいなものだし、値札の半額でいいぞ」

「ふーん」


 財布からお代を出して、弥弥の手に置いた。

 テアがじっと手元において観察していたネックレスをつまみ上げて、彼女の首に掛けてやる。素朴な水色が落ち着いたベージュの髪色に合って可愛らしさが増しているように感じた。


「ふむ、なかなか似合うな」


 弥弥が感慨深そうにいう。テアの頭頂にあった麦わら帽子がぴくっと動いた。ケモミミが振れたのだろう。恥ずかしそうに顔を赤らめながら、俺の袖を引いてきた。


レンイル(これ) リミハンナシャリン?」

「えっと、何を言いたいんだ……?」

「ふむ……」


 弥弥は俺が困っているのをニヤニヤした顔で見ながら、腕を組む。


「言葉が通じないとイチャイチャするのも大変じゃな」

「別にイチャイチャしてるわけじゃ……」


 というか、弥弥も柳もどうしてこんなに頭がピンクなのだろう。そういったイジり方しか知らない陰キャオタク特有の……いや、これ以上は止めておこう。博士という学位がすすり泣く声が聞こえたような気がした。


「というか、彼女は何語を話しているのじゃ?」

「俺にもよく分からなくて、少しずつ学んでるところなんだ」

「ほう、勉強熱心なのは良いことじゃな」

「まだ分かった単語も心もとないから、殆ど何もわからないんだけどな」


 そういった瞬間、柳のことが脳裏に思い出される。図書館の爆破テロの記憶はいつになっても消えることはない。

 陰鬱とした気持ちになったところで、弥弥は手をぱちんと叩いて明るい顔を見せた。テアと俺は驚いて目を見張った。


「そうじゃ! 『合宿』をするのはどうじゃ?」

「合宿?」


 いきなり突拍子もないことを言い始めたと思った。中学からろくに部活動をやっていない俺には合宿の経験など数えるほどしか無い。そもそも何の合宿をするというのだろう。


「彼女の言葉を分析する合宿じゃ! 一気に彼女の言葉を理解できるようになるかもしれんじゃろ?」

「いや、それはそうかもしれないが……」


 テアの横顔を見る。そんなことをして彼女に負荷を掛けてしまわないか心配だ。

 しかし、そんな俺の勘案も知らずに弥弥は挑むような顔つきからニシシと笑った。


「しかも、人里離れた合宿場じゃとイチャイチャしやすい」

「お前、本当に頭がピンクだな」

「なにっ、甘ロリは我の趣味ではないぞ、眷属」

「そういう意味じゃねえ」


 はあ、とため息をつく。しかし、遅遅として進まないテアの言語解読も時間をかければある程度進むのかもしれない。近づく夏休みに入る予定はない。黒龍集団と血なまぐさい殴り合いでもやりたいが、望んで出来るものではない。なら、有意義な夏休みを過ごすために合宿に行くのは一つの案かもしれない。


「分かった、行こう」

「そうこなきゃなっ!」


 弥弥は嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。テアはそんな彼女を不思議そうに首を傾げて観察していた。


イフ(どうしたんですか)?」

「えっと……アス アシュン(俺も分からん)

ユウ(遊は) ウヤヤ(……が) ユラル(好きなんですか)?」

「ん……?」


 何か変なことを訊かれているような気がする。

 「レンイル」のバリエーションとしての「レンウィル」、「レンリル」と同じようにテアは「弥弥」を呼ぶ際に「アヤヤ」と「ウヤヤ」というバリエーションを提示してきた。ここから分かることは、もしかしたら名詞の頭に何かをつけることで何かを表すことが出来るのか?

 俺は答えに困っていた。

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