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第二十七話 めっちゃホリデーなので困っている


「ギブソンさん、話は聞いてますか?」

「何のだ?」


 テアの手を引き、病院を出ながら、スマホに呟く。電話先にいるのはアメリカ合衆国国土安全保障省の男――ジャン・ギブソンであった。俺の問いに彼は文脈を取り損ねたような返しをしていた。


「図書館の爆破テロですよ。うちの近くであった」

「ああ、話には聞いている。だが、それがどうした」

「黒龍集団と繋がりがある奴が関わっているんじゃないんですか」


 ふむ、とギブソンは考えるような声を出してから、唸った。

 鶴川が死の前に言っていたことを思い出す。


――黒龍集団(ヘイロン)は何処までも追ってくる


――僕は用済みとなって消されるだろうね


――彼らは国家権力と張り合えるだけの力を持っているんだ


――それに残忍で、無思慮な連中だ


 残忍で無思慮なやり方、テロがまさにそれだ。ギブソンは咳払いをしてから、先を続ける。


「関わりがあったなら、そこから尻尾が掴めるかもしれない」

「どうにかすぐに分からないものですか? 俺のせいで関係ない人が死ぬのをこれ以上見たくないんです」

「そうはいってもな……」


 ため息。


「俺も橋本も追われている身だ。逃げながら、情報収集するのに難儀しているところなんだよ」

「そう……ですよね……」


 ギブソンや七海は、内閣府本府庁舎での一件以降、内調に追われているのだ。それに関しては俺も同じだった。ギブソンの仲間であるNSAとCIAの対立が日本の内部にも持ち込まれているという話で、内調は俺達の指名手配などにどうやら話を広げられないらしく、内輪で動くしかない状況らしい。日常的な生活が完全に送れなくなったわけではないが、ギブソンたちはそれでも逃げながら生活しているという状況らしい。

 ギブソンは疲れ気味に息を吹いた。恐らく紫煙を吹かしているのだろう。彼にとっての至福のときを邪魔したことになる。少しバツが悪い気がした。


「何か分かったことがあったら、すぐに伝える。くれぐれも無理はするな」

「分かりました。そっちもいきなり音信不通になったりしないでくださいね」

「ああ、じゃあな」


 ギブソンはそう言い残して、通話を切った。

 街中に意識が戻って、現実的な不安が頭の中に戻ってきた。本当にこの先日常的な生活に戻れるのだろうか。ギブソンは方策を考えているとは言っていたが、いつになったら危険から解き放たれるのだろう。

 そんなことばかり、頭の中を過ぎっていた。歩いている道すら意識から消えかけたとき、テアの言葉が耳に入った。


「ユウ レンイル(これは) アヤヤ ウェプ。ヤバト イフ(ですよね)?」


 家への帰り道を適当に感覚で歩いていたせいで、いつの間にか良く分からない道に入っていたらしい。目の前には弥弥の店が現れていた。

 アヤヤって……そんな、「Yeah!めーっちゃホリディ!」な名前じゃないのに……


「アヤヤじゃなくてヤヤだぞ」

「ヤヤ?」

「そうそう、ヤヤ」


 そんなことを店の前で言っていると、イタい服装の少女が店内から飛び出してきた。弥弥だ。


「おお、眷属じゃないか」

「や、眷属じゃないが、これから帰るところなんだよ」

「最近顔を見せないから、淋しかったのじゃよ~いや~訪れてくれるなんて嬉しいのじゃあ~」

「おい、無視するな」


 拳を二つ作ると、弥弥の顔色が変わる。地味にあのこめかみグリグリがトラウマになっていることが分かる反応だった。

 

「まあ、とにかく寄っていけ。その服装だと彼女は相当汗をかいているはずじゃ。水は飲ませたのか?」

「あっ……そういえば、確かに……」


 病院から出てきてから、炎天下でしばらく歩いていたわけで、その間テアは何度か何かを訊いてきていた。弥弥の店の前で声を掛けたのも、もしかして「水が飲みたい」という意味だったのかもしれない。

 だが。


「それなら道中で自販機でも探して、飲み物を買うわ」

「いや、まて、待ってくれ、頼む、店に寄ってたも~~~~!!」

「HANASE!! お前キャラブレブレだし、関わると碌なことがないからな」

「もっと腕にシルバー巻くとかさぁ~」

「お前、マジ何なんだよ!!!」


 とか言い合っているうちに、テアは店の中へと入っていってしまった。またこのパターンか……。

 しょうがなく俺も店の中へと入っていく。その間もずっと弥弥は俺の腕を掴んでいた。


「おい、いい加減離せ」

「いやあ、腕にシルバー巻く場合は金属アレルギーの有無とかを調べねば――」

「触っただけで分からないだろ」

「お客様の腕、しっかりしてまんなあ。まいどおおきに!」

「マジでオメエは誰なんだ」


 ツッコミも程々にしていると、テアが何かを見ているのに気づいた。そこに置かれているのは様々なアクセサリーの数々だった。ネックレスやイヤリング、アンクレットまで置かれている。弥弥はその横に来て自慢げな顔で腕を組んだ。


「ほれほれ、興味あるみたいじゃぞ。何か一つ買ってやったらどうじゃ」

「はあ、しょうがない……」


 呆れつつ、テアを覗き込むようにして聞く。


「テア、どれか欲しいものはあるか?」

「……イフ(なんて)?」


 テアは首を傾げて、問い返す。オリーブグリーンの瞳は疑問を湛えて瞬き、ベージュの髪が振れていた。

 ここでは彼女の言葉で質問しないといけなさそうだ。柳に訊いたことを思い出せば、正しく問うことが出来るはずだ。俺は首を傾げるテアを前に過去の柳との会話を思い出しながら、文を構成していった。


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