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第二十六話 突然日常が途切れるので困っている

 柳が戻るまで、紙に書かれた記録でテアの言葉を復習することにした。とはいえ、知っている以上の内容は得られなかった。語彙力が足りないということがひしひしと感じられる。柳は様子を見てきたのだろうか。やけに長い時間見に行っているなと感じた。まあ、あの変人のことである。しょうもないことに首を突っ込んで、他人にすら変人扱いされているのかもしれない。

 そんなふうな平和な考えは次の瞬間に完全に払拭されてしまった。


「――っ!?」


 爆音とともに吹き飛ばされそうなほどの爆風が図書館内を駆け抜けていった。本能的にテアに覆いかぶさるようにして彼女を庇おうとしたが飛んでくるものなどは何もなく、ただ衝撃が通っただけだった。周りの人々は衝撃が治まると何事かとざわめき始めた。頭上のスプリンクラーが作動し、水が降ってくる。館内スピーカーがノイズを上げながらオンになったのが分かった。


『えーっ、一階奥側にて爆発が発生したようです。お客様方はその場を動かず、職員の誘導にしたがって下さい。繰り返します、――』


 さっきまでの日常が轟音とともに崩れ落ちていった。テアは不安げな表情でこちらを見ている。一体何の爆発なのだろうか。

 それよりも気になることは柳の安否だった。変人でおかしな奴とはいえ、こんなことで死んだりしたら夢見が悪い。


「テア、ここから動くな。柳のことを見てくる」

イフ(なんですか)?」


 その場を離れようとする俺の袖をテアは掴んでくる。そのオリーブグリーンの瞳は状況が非常事態であることを理解して、怯えていた。振りほどいて、行くべきか……判断に迷っていると見覚えのある人影がこちらに近づいてきた。それは服がボロボロになった柳だった。


「大丈夫か?」

「ハリウッド映画みたいな目に合ったぞ。一体どうなってる」

「こっちのセリフだ」


 どうやら少なくとも命に別状は無いらしい。よく見ると、ズボンに血が滲んでいた。


「おい、ケガしてるじゃないか……!」

「問題ない。あまり痛くもない……から……な」


 言い切ると柳はふらっと体勢を崩しかける。肩を持って支えてやる。


「そんな状態で問題ないわけ無いだろ」

「……すまんな」


 柳が素直に答えたのはこれが初めてかもしれない。それで状況の悪さを思い知った。

 しばらくすると、図書館の職員たちが誘導を始めた。柳を彼らに任せ、俺とテアは図書館から脱出したのであった。

 図書館の出口から出て、背後を確認すると上階にぽっかりと穴が空いているのに気づいたのであった。


* * *


 あれから数日後、俺はテアを連れて入院となった柳の見舞いに来ていた。清潔な病室に入ると、そこにはベッドの上で本を読む柳が居た。


「何を読んでいるんだ?」

「ああ、君か。ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』だ。君も読むと良い。まるで意味が分からんぞ」

「それはやめておく」


 俺がそう答えると、背後から花を持ったテアが出てきた。近くの花屋で見繕った美しい赤い花だ。花束を受け取ると、柳はやれやれという表情で首を振る。


「この花の花言葉は知っているか」

「あ? 花言葉?」


 知るはずもない。適当に綺麗な花を見繕ってきたから、考えている余裕もなかった。


「アネモネ、裏切られた、だ」

「そ、そんなつもりは……」

「分かってる。そもそも花言葉などというものは――」


 長話が始まりそうなところで、手で制止する。柳も俺の目的を理解したようで、無駄口を叩かなくなった。


「柳、図書館で何があったのか教えてくれ」

「……良いだろう」


 柳は本を閉じて、棚の上に置く。


「図書館での爆破の前、恐らく小規模の爆破があった。ガラスの割れたような音はそれのせいだったのだろう。不発だったのか威力不足だったのかは分からない。だが、二回目は確実に人を殺すような爆発だった」


 彼は瞑目して続ける。


「一回目の爆破は揺動で、野次馬を集めて大量殺人を目論んだと考えるのが筋だろう」

「でも、何のために?」

「知るか、一端の高校生にテロリストの思惑が分かるわけがないだろ。だがな、」


 一拍置いて、柳は続ける。

 テアはシリアスな空気を感じ取ったのか、首を傾げながら静かに話を聞く。


「割れた窓の周りで何やら日本語ではない言語を話している連中が居た。危ないから離れろと職員が言ってたのにも関わらず、残り続けていた。俺がすぐに戻らなかったのは彼らの言葉で避難するように呼びかけるためだった。呼びかけた途端に、二人組のうちの一人が電話を操作した瞬間、爆破が奥で起きたんだ」

「……」


 ある想像が頭を駆け巡った。悪い冗談のような想像だ。

 このテロでは多くの負傷者や死者が発生した。その原因は自分かもしれないという悪い冗談だった。


「黒龍集団……」


 俺が呟いた言葉を柳は訊いていたはずだった。いつもの彼ならすぐ聞き返すだろうに柳は神妙な顔で俺を見つめていた。


「行け、ひがし・うん・ゆう」


 訊きたいことはいくらでもあるだろうに心裡に頑張って押し留めている。声色からはそんな感じがした。


「ワタシは一人で構わない。というより、元来俺は最初から一人だった。だが、お前は今一人ではない。守るべき者、倒すべき者が居る」

「柳……お前、最初から……」

「なに、いつもの変人の戯言だ。気にするな。それよりも、早く行け。時間を無駄にするな」


 柳は顔を背け、病床の窓の外に目を向けた。

 そうだ、柳は誰かに雇われて、俺の安全を保証していたのだ。そして、そのことを俺に悟られるわけにも行かなかった。そんなところなのだろう。


「済まないな……」


 俺はそれだけ言って、テアの手をとって走り出した。

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