第二十二話 同級生が変人なので困っている
「俺の彼女なんだ」
リビングのテーブル二人は向かい合って座っていた。俺の隣にはテアが居て、それに向かい合うように座る柳という状況はまるで三者面談を思わせた。そんな状況で出てきた説明の一言目がそれだった。
俺は一体何を言っているんだろう? いや、確かに真実を話しても精神が中学生に戻ったと思われるだけだろう。普通は。だが、この柳というヤツに限っては本気で信じて、さらなる面倒を引き起こしかねない。だから、必死に脳を回して出した答えだった。
柳は変人っぽい三白眼をこちらに向けて、不満そうな顔になる。
「ひがし・うん・ゆう、君が学校に来ないから心配してワタシがわざわざ来たというのに彼女――しかも、外国人のガールフレンドとイチャイチャしてたというのか。不埒な」
「そんなんじゃねえって。ちょっと色々と込み入った事情があって同居してるんだ」
「同居だと……」
柳は溶けるように肩を下げる。元からなで肩なせいで、どこが肩なのか分からなくなるような不思議な体型になっていた。
柳は大きなため息をついた。
「まったく嘆かわしいものだ。最近の若者というものは」
「お前も若者だろ」
「若者が最近の若者を嘆いて何が悪い」
「本当に面倒くさいよな、お前……」
こっちまでため息が出てくるようなやり取りをしてから、柳はテアの頭頂部に視線を向けていた。俺の疲れた顔をまったく気にせずケモミミに視線を吸われているのを見ると多少はイラッと来たが、黙ってくれる分にはこちらとしては楽だった。だが、そんな休憩時間もすぐに終わることになった。
「それにしても、この獣耳は何だ?」
「それは……コスプレだよ」
「コスプレ……ふっ、この不埒者め……」
何を思ったのか、柳は悪役のするような笑みでこちらを見始めた。キョロキョロと部屋を見渡してから、お目当てのものが見つからなかったのか、俺のことをニヤニヤと見てきた。
「尻尾はあるのか?」
「し、尻尾?」
「そうだ、タイプが気になってな。腰に固定するタイプならまだしも、挿すタイプなら……こほん。我々は友人だ。もし、そういう趣味だとしても――」
「……お前の思っているようなことは万一にもないからな」
やはり、こいつはバカだ。バカで変人だ。
「恥ずかしがらなくてもいいというのに、今世紀にもなって挿すタイプなど異常性癖でもなんでもないだろう」
「だから、違うって、言ってんだろうがっ!」
俺の剣幕に隣のテアは少したじろいでいた。このままではいけない。完全に柳のペースに飲まれてしまっていた。主導権を握らなければ、ヤツの暴走は止められない。
「え゛ん」
わざとらしく咳払いをして、空気を切り替えた。
「で、なんだよ。用がないなら帰ってくれないか」
「いや、帰らん」
「何なんだまったく……」
柳はいきなりろくろを回すポーズになって、俺のことを横目に見る。何かに気づいて欲しい様子だが、さっぱりその意図が分からない。
「……分かるだろ?」
「いや、分からん」
「ワタシが世界ケモミミ連盟直属のジュニアフェローであることは周知のことだと思っていたが」
「分かるかっ!?」
柳は本当に驚いたような表情になっていた。というか、世界ケモミミ連盟って本当に存在したのか。七海の適当な言い回しなのだと思っていた。
「それで、そのジュニアフェローさんはまだ俺に用があるのか」
「用があるのは君ではない。ひがし・うん・ゆう」
「もうツッコまないからな」
「そちらのケモミミをモフらせろ」
マズい。それは非常にマズい。
七海にモフられたテアは震え上がった末に気を失って倒れてしまった。彼女に同じ体験をさせるのは避けたい。脳内に様々な回避案が浮かぶが、柳の変人さに次々と打ち破られる未来が見えた。
テアは自分に危機が迫っているのも知らず、ケモミミをぴこぴこと震わせながら、俺の方を見上げていた。
「ダメだ」
「何故ダメなのだ?」
「それは……彼女は耳が敏感で……」
「本物の耳ではないだろう。というか、耳が敏感って……もうそこまで関係が進んでいるというのか。はしたない……」
「あのな……」
そろそろ頭がキリキリと痛み始めてきた。とにかくこいつを追い返さねば……。
「人の彼女に手を出すんじゃねえ!」
にひひと笑う柳の前で俺は机を叩いて立ち上がった。すると、柳も対抗するように眉尻を釣り上げて、立ち上がる。
「ワタシの研究に手向かうつもりか!」
「何の研究だよ!?」
「ケモミミの星付けの研究だ!」
「別でやってくれ!!」
柳の背後を取って、押し出すようにして玄関まで連れて行く。何やらごちゃごちゃ意味のわからないことを言っていたが、彼は非力すぎて力では抵抗できないようだった。そのまま玄関を開けて、押し出す。
柳はバランスを崩して、玄関先で転び尻もちを付いた。やりすぎたか、と思ったが何がおかしいのか、彼はカッカッカッと笑い出した。気味が悪くなって、玄関を閉じて背を向けた。
背後から「不純異性交遊は校則において処分の対象になっているぞ! ひがし・うん・ゆう!!」とわけのわからない言葉が聞こえた気がしたが、無視して家の中に戻っていった。すっかり疲れて、喉の奥から嘆くようなため息が出てきた。テアはそんな俺を様子を伺うような目で見てきた。
「イフ ミワト ヤバト?」
「ん、心配してくれてるのか?」
俺はテアの頭を撫でながら、「アヴィラン」という。やはり、テアは癒やしだ。撫でるたびに柳の変人成分が浄化されていくような気がした。
テアは不思議そうな顔をしていたが、ややあって撫でられる幸せに身を委ねるように目を瞑っていた。




