第二話 マニュアルな手法が通じなくて困っている
ここは以前、本で読んだ方法を試す以外に方法はないだろう。確か、最後に言っていた言葉は、リフア……なんとかだったような気がする。
「俺はリフアが分からない。リフアってどういう意味だ?」
ジェスチャーを織り交ぜながら、説明してみる。少女はダンボール箱に鎮座しながら、ケモミミをピクピクさせながら綺麗なオリーブグリーンの瞳で静かに俺を見つめていた。
以前読んだ雑誌のボードゲーム特集の中に「エスペライゼーション」というゲームがあった。プレイヤーは最初に設定した限られた言葉で未知の言語を解説し、それを解読していくという面白いアイデアのゲームだ。少しでも聞こえた言葉を反復しながら、単語の使い方についてコンセンサスを作っていく。そんなゲームの定石|(?)をなぞれば、少しづつ意思疎通が図れるかもしれない。
「……ウィフアヤイティラル?」
ケモミミ少女は首を傾げながら、そう答えるだけだった。照明の光が虚しく薄暗いベージュの髪の上を零れ落ちていった。
「えっと……ううむ……」
問題の一つは単語の区切りが見えてこないところだ。何処から何処までが一言なのだろう。少女の発音はカタカナ発音でもないため、一息つくところが日本語の感覚で分からない。りぴーと・あふたー・みーしてみたいが、一文が長いので拾い上げる前に記憶から過ぎ去ってしまう。
いや、そもそも俺が今すべきなのは言語の解読じゃないんじゃないだろうか?
俺はそう思い、立ち上がって冷蔵庫の方へと歩いていった。冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、自室に戻ってそれを少女に渡す。
「レルエルイフ?」
「荷物扱いされて、飛行機に乗ってきたんだろ。喉も乾いてるだろうし、飲めよ」
通じてないと分かってながら、ごり押しで日本語で話しかけてみる。ケモミミ少女はどうやら俺が敵意を向けていないと思って安心してペットボトルを受け取るも困惑した様子でそれを見つめていた。傾けたりして中に液体が入っているのは理解したようだが、「どうしろというの」とでも言いたげの顔で俺の顔を見上げていた。
「しょうがねえ奴だ……」
俺は流し台の方にいって、グラスを取ってくる。ペットボトルのキャップの開け方を知らない現代人が果たして居るのだろうか? あの少女は本当に異世界から来たのかもしれない。
部屋に戻ると、少女の手からペットボトルを取って、中身をグラスに開けた。少女はその間も俺の行動を静かに見つめていた。均整の整った顔で見つめられると、なんだか落ち着かない。そんなことよりも、奇妙なのはこの状況に変に慣れた様子の彼女の態度だった。
「ほら、これで飲めるだろ」
「……レンリルウカフウィフアヴィルアヴァン?」
「はあ……」
言葉では通じなさそうなので、手元のペットボトルから水を飲んでみせた。それを見て少女も気づいたのか、コップに入っている水を一口飲む。警戒しているのか、していないんだか良く分からない仕草だった。
少女は水を飲み終わると息をついてから、すくっと立ち上がった。俺の部屋を見分するように見回しながら、静かに観察していた。棚の上に並べられた捨てられなかった木彫りの謎像が彼女の興味を引いたようで、彼女は俺に背を向けてじっとそれを見つめていた。
(ふむ……)
彼女のネコのような、キツネのような、イヌのような獣耳が気になっていた。ケモナーと言うほどではないがケモミミはジャンルとして好きだ。本棚に収まっている漫画にも幾らかケモミミヒロインが出てくるものがある。目の前にあるミミはよく出来た作り物なのか、それとも本当の耳なのか。触ってみれば分かるかもしれない。
彼女が像の観察に集中している今、ケモミミに手が伸びるのは不可抗力だった。しかし、指先がもふもふの耳に触れようとした瞬間、少女はこちらに振り向いて瞬時に俺の手を掴んだ。驚くべき反射神経だった。
「アスティラン」
気づくと彼女はむっとした表情でこちらを見つめていた。ただ、言った言葉は聞き取ることが出来た。「やめて」という意味だろうか? 分からないが一歩前進した気がする。
それはそうと、俺が言葉を返さないせいで変な空気が漂っていた。
「あ、ああ、ごめん。会ったばかりなのに無許可で体に触れるなんてナンセンスだったよな」
「……」
「これからは許可を取ってから触れることにするからさ」
「……」
伝わってないから良いにしろ、言ってしまってから自分でも意味不明なことを言っていると思った。理由は明白。異性に触れられた経験なんて虚数回しかない俺にとって、この状況はあまりに脳に負荷を掛けすぎているのだ。
彼女は未だ俺の手を掴んだままだった。言葉が通じない現状で、一体これ以上どうしろと? 文句も言いたくなるが、残念ながらその文句も彼女には伝わらない。
「そうだ、俺の名前は東雲遊って言うんだ。君は何ていうんだ?」
「……?」
興味を逸らそうと名前に話題を持っていこうとしたが、意図が通じないと会話すらままならない。
俺は自分を指差して何度も名前を連呼した。そのうち名前がゲシュタルト崩壊を起こして自分が何言ってるのか分からなくなりかけたが、こっちがおかしくなる前に彼女はその意図を理解してくれたらしかった。
オリーブグリーンの瞳をこちらに向けて、身を正し、「こほん」と咳払いをしてから、彼女はスカートの裾を軽く持ち上げてお辞儀をした。
「イェルアギフエトユヤン。ナカンアシャンセアウィジアリマフテテア。アスアリスタリスティラン」
「うわっ……」
怒涛の異国語のストリームに圧倒されてしまう。名前を聞けたことは聞けたようだが、どれが名前に当たるのかはよく分からなかった。
作中に登場した「エスペライゼーション」は実際に存在するゲームです。
https://booth.pm/ja/items/1771206
私もやったことがありますが、単純にパーティーゲームとして面白いのでおすすめですよ!
是非読者の皆さんもプレイしてみて下さいね。




