第一話:アキと春夜
EAWスタジアムは現在、最高の大盛り上がりを見せていた。
外には出店、大道芸、花火が打ち上がるりスタジアム内にも多くの人達がいる。
特に始まりの覇王効果で『黄金の騎士』や『白金の騎士』クラスのプレイヤーも多く、プロすらも参加しているので、ファンや野次馬も含めれば参加人数は数千以上だ。
『通常入場は此方からになります! 此方から並んでください!』
『特別入場は此方になりま~す! 入場資格は『銀の騎士』以上の方で、付き添いは4名までになります!』
入場も混雑し、係員がてんやわんやと必死で対応している。
一般入場ならば少し待たねばならない様だが、特別入場の方はスムーズに入場していた。
そんな特別入場の入口前で、アキを含めた三人は絶賛立ち往生中。
「あれ……? あれれ?……あぁぁれぇぇぇ!!? ない! プレイヤーカードが何処にもない!?」
自分の鞄からEAボックスまで全てを開けて調べるが、目的の物がなく慌てふためいていた。
そんなアキの姿に清楚な服装をした黒髪ポニーテールの<天川 ムラサキ>。
私服でも学ランを羽織るザ・舎弟の様な小柄な茶髪女子<木逢 時雨>。
同じ高校のEAW部の二人も心配そうに見守っている。
「あ、アキちゃん落ち着いて~財布とかには入ってないの?」
「そうっすよ! 大事なもの大半は財布にあるっす!」
「探したけどないのよぉ……! どうしよう、あれないと特別入場できない……!」
誘った張本人で、しかも入場資格である『銀の騎士』ランクも自分だけだと、アキはプレッシャーを感じていた。
遅刻は免れたが、プレイヤーカードが無いショックと罪悪感によるダメージは容赦なく精神を攻撃してくる。
「や、やっぱりない……! うぅごめん二人共……プレイヤーカード、やっぱりないぃ……」
「そ、そんなこと気にしないで下さいアキちゃん……私達は大丈夫ですから~」
「そうっす! それよりも紅葉院先輩のカードの方が大事っすよ!」
こんな状況でも自分を心配してくれる仲間の言葉が胸に染みてくる。
アキは思わず目尻が熱くなるが、今こそ二人の為に頑張る時だと顔をあげて歯を食い縛った。
「ありがとう二人共……うん! ちょっと家に電話してみる。店に置きっぱなしにしてるかもしれないし!」
仲間の為、自分の為にと急いでスマホを取り出し、店ではなく直接士郎のスマホにアキは連絡を入れた。
すると運が向いて来たかと、僅か2コールで士郎は電話に出てくれた。
『おう、なんだ馬鹿姪?』
「第一声がヒドい!?――ってそうじゃなくて、叔父さんまだ店にいる? 少し聞きたいことがある――」
『いや店にはいねぇ。外出中だ』
その瞬間、アキは頭の中が真っ白になり全身に嫌な寒気が駆け抜けた気がした。
――終わった、何もかも。
やる気を出した瞬間の絶望。
それは心を抉り取り、無意識に下がった顔を上げる力も残っていなかった。
「……あぁそうなんだ。じゃあ……今はどこにいるの?」
「――可愛い姪っ子の後ろだ」
背後からの声に、アキは顔を上げて振り返る。
すると、目の前には自分のプレイヤーカードカードをこれ見よがしに揺らしながら立っている士郎と見知らぬ青年がいた。
「大事なもん忘れやがって……今日は売り上げのお零れ諦めるしかないな。――ほら、お前のプレイヤーカードだ」
呆れた表情で自分を見る士郎へ何も言えないアキだったが、震えながらカードを受け取って見ると、慣れた手触りが自身のプレイヤーカードだと教えてくれた。
「お、お、叔父さん……ありがとう!!」
アキは喜びのあまり士郎へと抱き着きつくと、士郎も誇らしげにわざとらしく笑い出す。
「ハッハッハッ」
「私、今世界で一番幸せな姪だよぉ~!」
「じゃあ俺は世界で一番最高の叔父だな。まぁ知ってたが」
「良かったですねアキちゃん!」
「やっぱり持つべきものは家族っす!」
アキ達を中心に優しい空間が生まれた。
だが遠目で見てヤバい集団なのか、影口の様な声が聞こえるは関係ない。少なくとも自分と友人達は救われたのだから。
「うんうん、泣ける話だ……俺も思わず胸がほっこりしたね」
軽く拍手しながら聞き覚えのない声を聞いた。
それでアキ達の動きが止まり、一斉に声の主である青年へ向ける。
――いやお前誰だよ?
自分達はそんな感じの目で見ているとアキは思ったが、実際何気なく入ってきたのだから仕方ない。
すると、そんなアキ達の視線に気付いた様に士郎は手をポンッと叩き、わざとらしく思い出した様に言い始める。
「あぁそうだった……こいつは季城 春夜って言ってな。お前が出掛けてすぐに来た客でよ、ここまでの道が分かんねぇって事でついでに連れて来たんだ。――それに一応、復帰勢でもある」
「復帰勢……?」
アキは春夜の全身を確認する様に見まわす。
パッと見てマスクと変なTシャツを除けば確かに普通に見える。やや使い古されたEAボックスを持っている事から納得も出来る。
――普通……っていうか異物混入? けど、復帰勢と言われると納得できる気がするのよねぇ。
マスクで表情が分からないが、冴えてない雰囲気が復帰勢らしいと思った。
すると視線に気付いたらしく、青年は他人事の様な感じに手を振ってきて挨拶を始めた。
「そういう事で季城 春夜です。年齢は22で大学生やってるからよろしく頼むよ。――親しみを込めて“餅の探求者”――略して餅求者って呼んでくれ」
「いや呼びませんよ……でも。餅が好きなのは分かりました」
第一声の自己紹介で餅推しする人とは人生初だった。
だが士郎の様子を見る限り、アキは本当に悪い人物ではないとも感じれた。
それだけ士郎の人を見る目を信頼しているが、マスクで表情が読めない以外に問題もないからだ。
「でも助かりましたわ士郎さん。これで中に入れるもの~」
「士郎さんどうもっす!」
「いやいや姪だけならともかく、他の人も巻き込んでんなら放っておく訳にもいかねぇからな」
ムラサキと時雨の感謝の言葉に「気にするな」と返す士郎だったが、その後に何か言いずらそうに頭を弄りながら自分を見ている事にアキは気付いた。
「えっと……なんかあるの?」
「実はな……春夜をお前達と一緒に同行させてほしいんだ」
士郎からの予想外な言葉にアキは友人達の顔の方を向くと、ムラサキ達も同じ気持ちなのか互いにキョトンとした目が合った。
「えっと……どうして季城さんを私達に?」
「実はこいつ……色々と現環境の知識が抜けていてな。店に来た時もウェポンのカスタムパーツも知らなかったんだ」
「そ、それは復帰するにしても致命的っす!? 縛りプレイならともかく、あるとないとじゃ大違いっすよ!」
士郎の言葉を聞いて、部活で一番入部が浅い時雨ですら驚いているが、アキも時雨の意見に賛成だった。
『銅の騎士』のムラサキ達ですら使用し、弾数・チャージ時間の問題を解決するパーツでプロだって使っており、今では標準装備もいい所だからだ。
すると思う事があるのか、時雨の言葉を聞いた春夜はマスクしていても分かる様なバツの悪い表情を浮かべる。
「……まぁ強化パーツに関しては車の中で士郎さんに聞いたし、俺のEAの武装にもカスタマイズしたから大丈夫だって」
「――って言ってるが、どうも心配でな。折角のEAWスタジアムで悪いんだが、色々と教えてやってくれないか?」
「そういう事なら私は構わないけど……二人はどう?」
アキは連れのムラサキ達にも聞いてみると、二人は喜んで頷いてくれた。
「私は構いません~」
「ワタシもっす! 一緒に先輩に教わりましょう!」
「なんか……皆優しくて逆に申し訳ないな」
満面の笑みで受け入れてくれるアキ達を見て、春夜は思わず感激した様に目元を抑え始めた。
同時に言葉通り、申し訳ないとでも思ったのか、それが雰囲気に出ている。
それを見てアキはやれやれと笑みを浮かべ、情けない表情の男子の胸をトンっと叩いてげた。
「男子がそんな情けない顔をしないの! EAWは皆で楽しむものなんだから、そんなこと気にしないで? それに、これでもインターハイ制覇してるんだからどんと任せなさい!」
そう言って自身の胸も叩き、アキは自分でも分かる様な満面の笑みを浮かべる。
EAWは皆でプレイするものだ。ならば手を貸すのも問題ではなく、寧ろ頼れとすら思う。
すると気持ちが通じたのか、春夜は少し驚いた様な様子でアキを見て固まっていた。
「ちょ、ちょっと……何か言ってくださいよ?」
自分を見つめたまま固まる春夜にアキは呼びかけると、春夜は我に返った様で、すぐに笑みを浮かべて答えた。
「いや、紅葉院さんに見惚れてたんだよ。本当に綺麗だった」
「……えっ?」
春夜の言葉にアキは一瞬動きと表情が固まる。思考は何故か逆にフル稼働しているが、経験がないので顔が熱くなるのを感じた。
その背後でもムラサキ達の驚きの声が聞こえ、恐らく同じ様に真っ赤になった顔を隠しているんだと思う。
だが余裕のある雰囲気をしている春夜を見て、きっとこれはコミュニケーションの一環だと思い、余裕の態度を無理矢理作り出した。
「アハハ……ありがとうございます。それに私の事はアキで良いですよ?――でも、一回褒めたぐらいじゃ私は惚れてあげませんからね?」
悪戯っ子の様な笑みを作り、アキは春夜を向けてからかう様に言った。
せめてもの反撃と思ってだが、それは成功したようだ。
現に春夜は予想外だと表情で面喰っており、そんな春夜の背中を士郎がおかしそうに叩いていた。
「……ハハ、そう言う事だ。うちの姪っ子はハードル高いぞ?」
「確かに……これは飛び越えるのが大変だ。――それじゃアキちゃんって呼ぶことにしよう。それと、後ろの子達にも挨拶をっと」
自分の負けだと言う様に苦笑する春夜。
彼はそう言ってムラサキ達の方へ再度挨拶している間に、アキは電子煙草を吸い始める士郎の傍へ寄ってみた。
「アキちゃんって……なんか一気に距離を縮められたわ。――けど珍しいね? 叔父さんがそこまで入れ込むなんて」
「ん?……まぁ、アイツは特別だ。――それに今日から当分は忙しくなると思う。だからアホな理由で無様な姿は見たくねぇんだ」
「なにそれ? もっと意味が分かんないだけど?」
「……恐らくだが、お前にもすぐに分かる事になるぞ。――じゃあ、そう言う事で後は任せた」
士郎はそう言って手を振り、アキに背を向けて歩き出してしまう。
「えっ……叔父さんは一緒に来ないの?」
「露店で適当に飯食った後に一般から入るから気にすんな~」
そう言い残して士郎は人混みの中へと消えて行ってしまった。
それを見てアキも仕方ないと思い、春夜達と一緒に特別入場のゲートへ向かうのだった。
♦♦♦♦
「プレイヤーカードの提示をお願い致します!」
ゲート前に来たアキ達は係員の指示に従い、アキはプレイヤーカードを差し出した。
「お願いします」
「はい確認しますね……ランクは――『銀の騎士』!? その歳で大したもんだ」
入場資格は『銀の騎士』以上だから驚く事はないが、実際に見てしまうと係員も驚いてしまうようだ。
ランクは上げるのも大変だし、降格する事だってある。
プロにですら『銀の騎士』がいるぐらいなのに、アキはまだ高校生。
ハッキリ言えば逸材と周囲は呼ぶが、アキは慢心しないように心がけていて笑顔でお礼を返した。
「アハハ……ありがとうございます」
「いやいや、久し振りに応援し甲斐があるプレイヤーに会えたよ。――それで同行者は此方の三名様で良いのかな?」
係員はそう言って春夜達に顔を向け、アキもそうだと言おうとした時だった。
春夜は待ったといった様に手を上げ、自分のプレイヤーカードを差し出した。
「いえ、俺は自分のでお願いします」
「ん?……おぉ! このカードは“初期版”のプレイヤーカード!? これだけでもかなりのレアじゃないか!?」
アキ達のカードと違い、デザインはシンプル。
タイトルとEAWの紋章が刻まれているだけの初期版プレイヤーカードだが、そのシンプル故に渋さと絶版になっている事もあって人気が高いとネットに書いてあった。
「実はその人、今日からの復帰勢なの」
「復帰勢!? なる程、覇王復活の噂を聞いて古参のプレイヤーも出て来たのか。これは胸アツだなぁ!」
熱いシチュエーションが好きなのか、係員は子供の様にはしゃいでおり、その姿に苦笑しながらアキは春夜に聞いてみた。
「でも本当に大丈夫? 何なら私のカードで一緒に入れるけど?」
「いや、流石に自分で出来る範囲は自分でするさ。長年放置してたけど、悪質行為や目も当てられない様な惨敗をした訳じゃないから降格もして筈だ」
EAWは昇格が大変な分、降格には寛大で有名なゲーム。
悪質行為や酷い連敗をしなければ降格はせず、長年放置して戦ってない場合でも降格はされない。
ならば大丈夫だろうと思い、アキも深くは追求しないであげた。
「……そう、なら先に行って待ってるわね?」
「お先に失礼します」
「待ってるっすよ!」
アキ達はそう言うと開いたゲートへと入って行き、3人が入場するとゲートは再び閉じてしまった。
♦♦♦♦
「では次はあなたですね」
アキ達が入った後、係員はそう言って春夜のプレイヤーカードを受け取り、持っているタブレット機械に通した。
すると、ゲートの上のランプが青に点灯してゲートは開いた。
「おっ! 良かったですね!」
「いやぁ~実は内心でヒヤヒヤしてました」
実は結構放置していた事もあり、春夜は内心では少しビクビクしていた。
だが実際問題、こうやって入れるらしいのでランクは放置では下がらないと認識できたから良しと思えた。
「それじゃ行ってくるよ」
「えぇ、どうぞ楽しんできて下さい」
アキ達を待たす訳にはいかない。
そう思って春夜をやや駆け足で係員に手を振ってゲートへ行くと、背後から係員の声が聞こえた。
「――えっ?」
驚いた様子の声だったが、春夜はただ笑みを浮かべてゲートに入って入場すると、ゲート前ではアキ達が待っていてくれた。
「良かった……無事に入場できたのね?」
「おかげさまで何とかね」
心配していた様子のアキが自分の姿に見て安心した様に息を吐いているのを見て、随分と不安がらせたと反省。
後で少し奢ってあげようと思いながら春夜は、安心させるように手を振ってあげていると、時雨が感心した様な目で見てきた。
「でも意外っす。特別入場って事は季城さんも『銀の騎士』以上って事っすから」
「私も時雨ちゃんも『銅の騎士』ですものね~」
「いやいや……ただ楽しんでプレイしていた内に勝手に上がっただけだよ」
二人の言葉に春夜は謙遜する様に言った。
というよりも謙遜ではなく、本当にただプレイしていた結果だからだ。
そして二人と話している間に、アキは入口に置いてあるパンフレットの地図を広げながら戻ってきた。
「それじゃあそろそろ行きましょうか? パーツや新型の発表もあるし、三人にも色々と教えてあげないとね」
「お願いねアキちゃん~」
「宜しく頼みます!」
「うん、お願いするよ」
そう頷いてアキ達の後ろを付いてAWスタジアムを進んで行くと、出迎えたのは膨大な設備やショップ。
――そして数多くのプレイヤー達だった。




