273話 アーキ茶(1) 根回し
昨日、情報が解禁になりましたので、告知します。
「制御技術者転生 モデルベース開発が魔術革命をもたらす(GAノベル)」の書籍化発売情報です。
発売日は、2026年2月15日ごろです。もう少しくわしい情報は、活動報告をお読みください。
弱小新人作家作品なので、是非よろしくお願い致します。
8月も下旬になり、営業を再開したと連絡があったので、トードウ商会へやってきた。もっとも出社してきているのは、代表とサラさんだけだ。他の商会員は交代で休暇を取得しているらしい。
「ほう。こちらが、エストさんたちを手伝わせて作ったという」
ふむ。エストが報告しますと言っていたからな、代表の耳に入っているよな。
僕の個室でソファーに座って、代表と向かい合っている。彼女は、木の升に入ったアーキの葉っぱ、乾燥してすこし丸まった物を摘まみ上げて見ている。
「これは、落ち葉から作ったのですか?」
「いや、枝から摘んでもらったものだ」
「なるほど。そこはお茶と同じなのですね。それからどうされたのですか」
「うん。洗ってから主脈……真ん中の葉脈部分を切って、蒸してから陰干しして、手で揉んでこうなっている」
「それもお茶と同じですね。いやお茶の方は蒸した段階で揉む場合もあるようですが。焙煎はされていないんですか」
「お茶のことをよく知っているねえ。うん。焙煎したものもあるよ」
別の升も出庫する。
「ともあれ、お茶の件は、もう少し待ってよ」
升を手元に引っ張る。
「えっ? オーナーは、これで淹れたお茶を飲まれたのですよね?」
「飲んだけど」
「それでどうだったのですか?」
「ああ、こっちは爽やかで、こっちは香ばしくて、なかなか良い感じだったよ」
「ええと、私には飲ませていただけないのですか?」
「はっ? ああ、いや。大学の化学科で分析してもらうつもりなんだけど、その後の方がいいよね?」
僕の場合は有害なものを口に含んだ段階で、脳内システムが警告してくる。酒でも反応する水準に設定しても、摂取量の警告しか出なかった。が、僕だけ分かっていても、客観性が乏しい。
「もう一度訊きますが。オーナーは飲まれたのですよね」
「うん。カップ10杯くらいは飲んだね」
えっ。
代表は立ち上がって、僕を見下ろしながら目を細めた。見たことのない表情。不快感か?
「まさかと思うけど。代表、この得体の知れない茶を飲みたいわけじゃないよね?」
「飲みたいですが、何か?」
「えぇ?」
「今から、お湯と茶器を持ってきます」
つかつかと足音を立てて、部屋を出て行った。
なんか、怒らせてしまったようだ。
なぜだ。僕が飲んで大丈夫だったからと言って、他の人まで無害とは限らないよな。
それは、まあ置くとして。
「なんで、サラ君までいるのかな」
代表が出ていった10分後、なんだか満面の笑みを浮かべて対面に座って居る。
「私がお湯を用意したからですが。代表がお茶を淹れずに、そのまま運ぼうとされていたので、これは怪しいと思いまして、ついてきました。ちょうど10時ですし」
茶菓子を出せという意味かな。
「それより、これは特別な茶葉なんですか?」
サラは、2つの升をじっと見ている。
「サラ。これは茶ではなくてアーキの葉なのよ」
「ほぅ。そういう珍しい物を、ふたりだけでこそこそ飲むなんて、良くないと思います」
「こそこそって! ちょっと」
代表とサラは仲が良い。
「そうじゃなくて、これから淹れるお茶は、安全が確認されていないの。だからね」
「それは大変ですね。何かあったらトードウ商会存続の危機です。なので、私が飲みます」
「サラ?」
「怖い顔をしても駄目です。私、何か間違っていますか? 害が出ても私なら損失は最小限です」
「はぁぁ。オーナー。笑っていないで、何か言ってください」
笑っていないけどな。
「いや、ふたりとも飲む必要はないんだけど」
「オーナー!」
「このお茶はおいしいと思います、女の勘です!」
性別は関係なくないか?
「そこまで言うなら止めないけれど」
ふたりがうなずき合った。仕方ないなあ。
「ええと。数回淹れた経験によると、普通のお茶より出るのが遅いから、蒸し時間長め……10分くらいかな」
「温度は?」
「普通のお茶より低めが良いと思う」
「「ほぅ」」
ポットに茶葉を入れて、薬缶からお湯を注ぐ。
「そういえば、オーナーお休みはどこかへ行かれたのですか?」
どこにも行っていないよ……だめだな。サラにうそをついても、別荘の利用料を立て替えてもらったから、経理情報でわかる。
「うん。ガライザーの別荘を借りてね」
「えぇ。いいなあ。どうでした? どなたと……」
「サラ! オーナーのことを深く詮索しない」
「はぁい。ところで、アーキってなんですか? お茶の木とは違うのですか?」
「うん。大体もっと大きく育てるね。実は食用になるそうだけどね」
他愛もないことをしゃべっていると10分たった。
「じゃあ、そろそろ」
3客のカップに、少しずつ注いでいく。
「へえ、水色がそこまで濃くないですね」(この場合は液の色)
黄色と褐色の間だ。
「僕がまず毒味をするから」
「「はい」」
湯気がゆるく上がるカップを運んで一口含む。
問題ないようだ。
「では、どうぞ」
ふたりともにっこり笑って、カップを取った。
「へぇ。甘いというか爽やかな匂いですね」
代表が、喫した。
「ふぅむ。おいしいじゃないですか。口当たりが良くて。渋くないです」
「なんか、ほんのり甘い気がしました。飲みやすいです」
中々好評だな。
「この淹れ方だとね。なかなか水色が付かないから、煮出してみたけれど、それは渋かったよ。焙煎すると少し収まるけれど」
「オーナーは、いろいろなやり方を試されたんですねぇ」
「そりゃあ、そうだよ。人に勧めるなら、責任があるからね」
「それで、大学で成分を分析してもらうと」
「結構健康に良いはずだけどね。茶葉として売るにはどういう条件が要るのかな?」
「ふぅむ。調べてみますが、おそらく食品ギルドに申請すれば良いと思います」
やはり。この国の行政機能の多くは、ギルドが肩代わりしているからな。
「認可は要らないということかな?」
「はい。医薬品として販売しない場合は、そのはずですが」
医薬品か。話題作りをしたいと思うが。
「現状、医薬品にする気はないけど」
「ならば、結構商売になると思います。成分評価を元に特許を出しましょう」
代表は、そう言うと思った。そうだな。ある程度の量を流通させようと思うと、製造のために投資が必要になる。それを回収するためには必要なことだ。
「オーナー。評価を大学でしてもらうのですか? でも10月までお休みって聞きましたけど」
サラが、身を乗り出す。
「うん。授業はないから、文系や、理工系でも研究室に入っていない学部生は、暦に合わせて休むね。だけど、研究をやっている人や、修士課程や博士課程の人は、結構大学に出てきているね」
「へえ、そうなんですね。大学生は気楽なものだと思っていたけれど、そうでもないんですね」
「サラ。それは、人それぞれよ。それはともかく、オーナー。化学科という学科に伝手があるのですか?」
「あぁ、ないけれど。リーリンという先生に紹介してもらおうかと思っている」
あの先生は面倒見が良いし、工学部にも顔が広い。工学部だからソリン先生に頼みたいところだが、休み前に、長期旅行へ行くとおっしゃっていたからな。
「分析に費用が発生するのではないですか?」
「そうだね。正式に分析結果を出してもらいたいからね。企業絡みで大掛かりな話となると、産学連携事務所に話を通す必要があるかもなあ」
数百から千セシルぐらいか。
「分かりました。考えます」
†
「それで、リーリン先生から、化学科へ紹介をお願いできませんか」
翌日、久しぶりに大学へやって来て、60号棟の準備室で先生に相談している。
「化学科かぁ」
リーリン先生が頭を搔いた。なんだろう。
「うん、ヴェカ学科長に話を通す必要があるな。紹介はできるけどね」
先生にしては、めずらしく歯切れが悪い。ヴェカ、女性かな。工学部には女性の学科長がいらっしゃったはずだ。
「ただ、研究予算の件で魔導理工学科と折り合いがよろしくないんだよねえ」
そういうことか。たぶん、ゼイルス研関連だろう。
「はあ」
「彼女はお茶好きだったはずだから、話にはのってくれそうだけどなあ」
お茶好きなのか。まあ女性には多いが。
「うぅん。ウチからヘタに紹介しない方が、かえって話が進みやすい気がするんだよね……あっ!」
「なんですか?」
「例外が居たよ」
「例外?」
なぜか嫌な予感がした。
「女性つながりで、ルイーダ先生だよ。彼女もお茶好きでね、まあまあ仲が良かったはずだ。彼女に頼んでみたらどうかな」
「はい」
うわぁ。よりによって、ルイーダ先生か。
「今日は、1年生の補講があるから、大学に出てみえたよ」
「ありがとうございました」
†
おっ、出てこられた。
補講をやっていた教室から、ルイーダ先生が姿を現した。壁際から数歩進み出た僕に目を向けると、美しく見える顔にほほ笑みを浮かべた。
「まあ! 女教師を待ち伏せするなんて、レオン君じゃなければ、感心しないわねえ」
笑みが深くなった。なぜか、くくくと笑い声が聞こえてくるような気がする。
僕だったら良いのか?
「おっと、卒業したのだからレオンさんと呼ぶべきかしら?」
「いえ。そのままで結構です」
「ああ、そう……それで?」
今日は珍しく着衣の露出は少ないが、それでも体型が浮き立つ薄手のローブで、相変わらずの妖艶さだ。学生の好感度は高い先生だが、どうも薄ら寒さを覚える。
もうすぐ2年に進級するであろう学生が、僕らを興味深そうに眺めながら通り過ぎていく。
「先生にお願いがあります。お時間をいただけますか?」
「そう……私、しばらく空き時間なのよ。もうすこし、込み入った話ができるところに行きましょうか?」
「はい。ぜひ」
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