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272話 避暑地にて(11) 宴の終わりと後始末

旅行は帰りがけがちょっとねえ。帰り着くと、なぜか家が良いってなるんですけど(自己暗示かな?)

「ごめん。レオンちゃん」

「ん?」


 別荘に帰ってきたのだが、居間のソファーに座ったアデルは、やや沈んだ表情だ。

「どうしたの? アデル」

「私。バカだわぁ。うっかりして……アーキの渋抜きのこと、しゃべっちゃった」

「あぁ。別にいいんじゃない」

「でも……」

「渋抜きのやりかたは、僕だって単純にもらった情報で、何も貢献していないからね。それに、ほら。パウロさんだって、酒に漬けるやりかたは知っていたから、思い付くのは時間の問題だよ。そんなことより、アデルがへこたれる方が嫌だよ」

「うぅん、レオンちゃん」

 機嫌が好転したようだな、引っ付いてきた。


「あっ、でも。代表(アリエス)に叱られたときは、よろしく」

「えぇぇぇ!」

「うそだよぅ」

「もう! レオンちゃんは、いじわるなんだからぁ……あっ!」

「ん?」


「そうだ!」

 なんか、ニマッと笑った。

「アーキの葉っぱ。いっぱいもらったのよねえ。なんに使うのかなあ。知りたいなあ」

「んぅ……内緒」

「えぇぇ!?」

「すぐにどうこうできないからさ、あっちは王都に帰ってからね。口で言っただけより、そっちの方が納得すると思うし」

「そうかなぁ」

「そうそう」


「じゃあ、お菓子作りを手伝ってくれたら、楽しみに待っている」

「もちろん手伝うよ」

「じゃあ。アーキの実を3つくらい頂戴」


     †


「うぅん。いい感じ」

 おおう。アデルはしゃがむと、魔導オーブンから耐熱皿を取り出した。生地がきつね色になって焼き上がっている。

「これで、できあがり?」

「ふふっ、お腹が空いてるのぅ? まだ主役をのせていないでしょ。それと、これを食べるのは夕食の後だから」

「主役……」

 そういえば、渡したアーキの実を使っていない。

 腹は結構空いているな……僕が捏ねた生地や、クリームを焼く前に休ませていたから、もう夕方だ。

「まだよ。冷えたらのせるから」


 その後、熟成肉の蒸し焼き(ロースト)と茹でたジャー芋の夕食を取ると、アデルはまた台所へ行った。

 しばらくして戻ってくると、皿にタルトがのっていた。

「おおう!」

 薄くくし切りにしたアーキの実が敷き詰められて、すごく豪華だ。そして、とても光沢がある。

「なんか、つやつやだね」

「うん。レオンちゃんも使っていたシロップにアーキの実を搾ったものを混ぜて塗ったの。でも、そんなに甘くはないわよ。どうぞ、めしあがれ」

 夕食時には満腹まで食べないでよと言われて、自重したから、まだ食欲がある。


 明るい橙色のアーキにフォークを入れると、じゅわっと果汁を出して潰れ、心地よく千切れた。持ち上げると、クリームが付いてきた。

 口を大きく開けて、舌にのせる。


 むふう。ああ……ほぅ。

 アーキの爽やかな甘さが口に弾ける。生だから昨日食べた時と大きい差はないが、クリームのなめらかさと香ばしさが上乗せされて、陶然となる。

 彼女は自分は食べずに、おだやかな笑みを浮かべながら、僕を見ていた。

「おいしいよ、アデル。このクリームは何? 食べたことがないよ」

「クリーム? うふふふ、内緒」

 おっと、反撃された。


「冗談よ。ラーモンって種を、煎って砕いたのをクリームに混ぜたの」

「そうか。それで香ばしいんだ」

「そうよ。お菓子の味で、香ばしいのは大事なのよ」

 もう一回、フォークで掬って食べた。


     †


 それからは、瞬く間に2日が過ぎた。

「お世話になりました。これ」

 10時過ぎ。別荘にマーサさんがやって来た。

 アデルが、鍵を彼女に渡す。宿泊費は、予約の段階で払ってある。


「いえ。ありがとうございました。どうでした? ガライザーは」

「うん。空気もお水も、食べ物もみんなおいしくて。私、ちょっと太ったかも」

 うんうんと同意していると。

「ああ、そこはうなずかないでよ。レオンちゃん」

「ごめん、ごめん」

「忘れ物はないですね」

「はい」

 一緒にマーサさんの家まで歩いた。


「それじゃあ、ナラム君にもよろしくお伝えください」

「えっ? ナラム」

「ああ、町でちょっと」

「そうなんですか」

「はい。では」

 マーサさんが見送ってくれていたが、小街道が曲がると見えなくなった。


「じゃあ。飛ぼうか」

「うん」


     †


 小さい路地に降り立ち、光学迷彩魔術を解く。

「ああ、帰って来ちゃった」

「王都でも、また楽しくできるよ」

「そう……よね」


 ガライザーと違って、数え切れない程の人と、喧噪が渦巻く王都へ帰ってきた。

 すこし歩いて、1週間前に入った喫茶店の前に立つ。

「ユリアさんが待っているよ。この前と同じ部屋だ。はい、カバン」

 感知魔術がそう知らせてくる。

「重い。またね、レオンちゃん」

「うん」

 アデルはすうと、店に入っていった。僕はしばらくそのまま待って、ユリアさんと合流したことを見届けてから南市場へ足を向けた。


    †


「お帰りなさいませ」

「「お帰りなさいませ」」

「ただいま」

 辻馬車を拾って、自分の館に帰って来ると、メイドたちがそろって出迎えてくれた。

「ご昼食を用意しますか?」

「うん。よろしく」

 ルネが会釈して離れていった。厨房へ行ったのだろう。


「何か変わったことは?」

 歩きながら、エストに訊く。

「交代で休暇をいただきましたが、特段異常はございません。お手紙が3通ございました。書斎の机に置いてあります」

「そう」


 階段を昇って、自室に入る。エストとリーアが付いてきた。

「お召し替えを」

「うん」

 シャツと靴下を脱ぐと、リーアがさっと引き取り籠に入れた。出してくれた新しいシャツを着てズボンを穿く。

「レオン様。洗濯物を出してください」

 入れてきたバッグを出すと、それと籠を持ってリーアが下がっていった。


「いかがでした。ご旅行は?」

「うん。ほとんどは天気が良くて、楽しかったよ」

「それは、ようございました。ご無事でお戻りになったことを、アリエス殿にお伝えいたします」

「ああ、いいよ。僕の方でやっておくから」

 ファクシミリ魔術でね。


「それでは。ルネが、後ほどお茶を運んでくると思います。他にご用は?」

「ああ。ちょっとみんなに手伝ってほしいことがあるんだけど」

「はい」

「お昼の後……そうだな。2時くらいから時間が取れるかな」

「承りました」

「じゃあ、作業小屋に集まってもらえるかな」


 作業小屋で待っていると、2時少し前に3人がやって来た。

「忙しいところ、悪いね」

「いえ。お手伝いとは、こちらですか?」

「うん」

 皆が、新聞を敷いた作業台の上にできた山を見ている。結構な量だが、これは一部だ。

「こちらは? 葉っぱですね」

「うん。アーキという木の葉っぱだよ。まず頼みたいのは、この葉っぱの中から、虫食いのあるものや、汚れのひどいものをより分けてもらいたいんだ。それで籠に入れてくれるかな」

「承りました」

 一応、パウロさん達が見てくれているはずだが、自分たちでも見ないとな。

「じゃあ、始めよう」

「あのう」

「ん?」

「作業は私どもに任せ、レオン様はお部屋にお戻りください」

「いやあ。僕が頼んだことだし、4人でやった方が早いよ」

「そうですか……では」


 それから、30分程で選別し終わった。

 大体1割強ぐらいが省かれたが、一抱えもある籠で3杯弱が残った。

「それで、この後はね。洗浄して、干したいんだけど。どうやろうかな」

「レオン様」

「ん?」

「それにつきましては、私どもにお任せ下さい。この後は厨房で作業いたしますので、お手を患わせる訳には参りません」

「そう?」

「はい」

「じゃあ、任せるよ」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


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訂正履歴

2025/12/12 表現変え (uwaneさん ありがとうございます)

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