271話 避暑地にて(10) 貧しいのは恥じゃない
金がないのは、首がないのと同じ。どちらも一面の真実だよなあ。
「こんにちは」
「やあ、レオンさん……おっ?」
約束通りパウロ農園にやって来た。
連れてきたもう1人を、訝しそうに見ている
「ん? いやあ、あの時に一緒に居た、アデルだよ」
「あっ、あぁぁ……そうか、着ている物が、違いすぎて分からなかった」
今日のアデルは、農家の若い女性の装いだ。スカートは膝より少し長い程度、腰から下にエプロンをしている。老若の差は胸の下を囲む袖なし上着のボディスを着けるかどうか。年配女性は一般的に着るそうだが、昨今の若い女性は着けないというのが身だしなみのようなものらしい。
「こんにちは。レオンさん。アデルさんも来たんだね、でも……」
「やあ、ナラム君。レオンちゃんが居ないとさびしいもの」
アデルが僕の腕を取って抱き付いた。
「なんじゃあ、あんたのご新造さんかい。なんで、そんな態をしているんだ?」
新造。奥さんの古風な言い方だ。
「今日ここに連れてくることにしたから、日焼けしないように、ガライザーの市場で買ったんだ」
「そうかい。わしゃ、パウロの嫁に……」
「また、かあちゃんは。若い娘を見たら言うのはやめろって」
おばあさんが、肩を落とした。パウロさんの奥さんを望んでいるようだ。
「また?」
アデルが僕をじっと見た。そして、察したらしく腹を抱えて笑う。
「ああ、それより」
ん?
「あんただろう? 魔獣……牙猪ってやつだったか、それをたくさん狩ってくれたって、魔術士は」
うっ。なぜ、分かった。ギルドはギルド員のことを、公表しないはずだが。
「ああ、いや……」
「こんな田舎に、でかい魔獣を斃せる冒険者が来るなんて考えられないからな」
「そうなのか?」
「ああ、町の連中や嫂さんみたいに、目端の利く者は潤っているが、ここらの農家は素寒貧なヤツばっかりだ。冒険者も相手にしない」
ふむ。
「叔母さんも逃げちゃったしね」
「おい、ナラム! そういうわけじゃねんだ。いやいや、そんなことはどうでも良い。ともかく、おとついの……あの魔術だ。あんたしか居ねえだろう」
むう。恣意的ではあるが妥当な推論だ。
「いいじゃない、レオンちゃん。言っちゃえば」
んんん。
アデルは自分のことは隠すけど、僕のことは前に前に押しだそうとするんだよな。エルボラーヌケーキだって、発想の半分は彼女由来なんだけどなあ。
「確かに牙猪を狩ったのは、僕だ」
パウロさんが、一瞬目を見開いてから、うんうんと何度かうなずいた。
「ええ。そうなの? 話題の人は、レオンさんだったんだ」
ふむ。もう噂になっているのか。
でもあり得るのか。ギルドとしては、住民を安心させたいだろうから、喧伝するだろうし。
「でも、本当にひとりで何十頭も狩ったんですか?」
話が盛られている。
「いや。17体だ」
「17体。いや、それでもすごいんですけど」
ナラム君が、信じられないという風情で、僕とパウロさんを交互に見ている。
ギルド職員ですら、屍を見るまではそうだったからな、普通の反応だ。
「レオンちゃん。あれを見せてあげたら」
「ああ」
買い取りに出さなかった牙をゆるゆると出庫して、カバンから出したように見せる。
「すげえ。本当だったんだ。ウチにすごい魔術士が泊まっているって、仲間に自慢しよう」
「おい、ナラム。気持ちはわかるが、自慢はレオンさん達が帰ってからにするんだぞ」
「あっ、そっか。そうだよね。また、かあさんに叱られるところだった」
ナラム君は、物分かりが良いな。それだけじゃなくて。パウロさんを慕っている……父を亡くしているから、叔父という存在を超えているのかもしれない。
「ともかく。あまり広めない方が良い。ただ、俺はレオンさんに礼を言う。助かるよ。ありがとう」
パウロさんは、松葉杖から1本の杖に代わっていたが、立ち上がって胸に手を当ててくれた。
「ああ、いや。確かに狩ったけど、魔獣はまた復活してくるぞ」
そう。魔獣は根絶やしにできた試しはない。
「それはわかっているが」
そう。僕がここに居て、魔獣が蔓延ってくれば、斃せれば良い。だがそれはできない。
気まぐれ者の功など、たかが知れているということだ。
「なんじゃ。ええ若い者が、胸を張れ! 礼は素直に受け取るもんじゃ」
おばあさんは。言い切った後、大きくうなずいた。
かなわないな。
「うん。気持ちは受け取った」
「よし。じゃあ、そろそろ収穫を手伝ってもらおう」
「あのう。私も手伝います」
アデルだ。何か目の周りが紅くなっていた。
家の前から、果樹の区域に移動した。
「じゃあ、ナラム。収穫のやり方をアデルさんに教えてやってくれ」
「ぼ、僕が?」
「あぁん。ナラム坊はまだ早い、儂が教える」
「だっ、大丈夫か? かあちゃん」
「パウロに教えたのは、儂じゃろが」
「私、おばあちゃんに教わる」
「それがええ、それがええ」
はぁと、ナラム君が長い息を吐いた。
「でも。ちょっとだけ、レオンちゃんが収穫するところを見て良いですか?」
「うむ。あれはええ。見た方がええ」
この前より、少し奥へ移動してアーキの木に対峙する。ここまで歩いてくる間に実の測位は終わっている。
ん。期待しているのか。隣に来たアデルが、両前腕を胸の前でふるふると振って居る。
魔術としてはなかなか高度で、制御もおもしろいのだけど、それが彼女に伝わるとは思えないのだが。
「それじゃあ、やるよ」
瞬きすると、視界の彩度が落ち、実だけが鮮やかに浮かび上がる。
≪統合───|魔導光:摘果 v0.2≫
いくつもの閃きが生まれ、アーキの木が震えた。
「えっ!」
直後に籠がドドッと鳴った。
「うわぁぁ」
籠と僕の間で、何度も首を振って見ている
≪解除:統合≫
「えぇぇ、一辺にこんなに採れるもんなんだ。いやあ。だから、この前はあんなに早く帰ってきたんだぁ」
「まあね」
ん。アデルが眉を大きく上げた。そして耳元に顔を寄せてきた。
「これって、私とレオンちゃんの部屋をつなげる魔術を使っているの?」
うなずくと、アデルはうれしそうに顔の前で手を打ち合わせた。
「いやあ。すごく面白かった」
面白いか?
「さて、じゃあ。レオンちゃんはどんどんやってあげて。私はおばあさんにやり方を教わるわ」
†
「いやあ。助かったよ。レオンさん、アデルさん」
「うん。だが、まだ収穫していない木がたくさんある」
前回の5割増しぐらいの量を収穫したものの、成熟状態の差があるので一気に収穫できないのはもどかしいところだ。
「俺が……脚の具合が、大分良くなってきているからな。あとは自分たちでやるさ」
「そうじゃ、そうじゃ」
「それで、どうする、今回の礼は。またアーキの実で良いのか」
「ああ」
「それは、ウチが……裕福じゃないからか?」
「パウロ、はっきり貧しいと言え。働いて貧しいことは、恥じゃねえ」
商人の想いとは相容れないが、それも一面の真実かもしれない。
「おっ、おう。かあちゃん。まあそういうことだ。ウチが貧しいからといって、レオンさんが遠慮することじゃねえぞ」
「別に、そんなことで、金が要らないと言っているわけじゃないさ」
「うん。頼んでもいないのに魔獣を斃してくれたんだ……わかってはいる。レオンさんが良いヤツだってことはな。でもなあ」
「パウロ、あれを見せてやれ」
あれ?
「そうだったな。ちょっと来てくれ」
パウロさんが、僕を納屋へ誘った。
「これだ」
おっ。納屋の一角にゴザが敷いてあり、そこにアーキの葉が山を作っている。
「昨日から、今日に掛けて、3人で摘んでおいた葉だ。葉でなんか作るなら、この前のように剪定してから時間がたった葉より、摘んだばかりの葉の方が良いってかあちゃんが言いだしてな」
「おお」
そういわれれば、そうかもしれない。おばあさん、さすがだ。
「前のが魔導カバンに入っているなら、それはここに出して、こっちを持って行ってくれ」
「パウロさん。助かる。ありがとう」
低いところから取ったのだろうけど。それでも結構な労力だ。
助かる……ふむ。面白半分だけで、やってはいけないことなのではないか?
「いやいや。レオンさんに実を取ってもらった方が何倍も大変だし……」
ん?
「それに、葉っぱといえども、パウロ農園から半端な物を出すわけにはいかないからな」
「葉っぱかあ」
振り向くとアデルがこっちをのぞき込んでいた。隣にナラム君も居る。
「アデルさん?」
「いやあ。昨日食べたアーキの実みたく、何かおいしいものがあるのかなと思って」
「えっ。おいしい?」
「食べたの? アデルさん。あれを? 渋かったよねえ?」
「あっ、うっ、ううん」
こっちを見るな、アデル。
懐から、渋抜きをしたアーキの実と、皿とナイフとフォークを出す。
「私が剥いてあげる。あっ、でも手が」
≪水流v1.3≫
「おう。便利!」
アデルは、手を洗うと、アーキを剥いて4つに割った。
「どうぞ。召し上がれ」
「いや……でも、見た目に乾燥していないし。実を持っていったのは3日前だよな。渋が抜けるわけが……」
「ぼっ、僕は食べるよ。アデルさん」
「おい。ナラム」
フォークを握ると一欠けに刺して、口へ持っていった。
「あっ、甘い! 全然渋くない」
「でしょ! 甘いよね」
アデルが、はしゃいでいる。
「うん。信じられない。瑞々しいし」
「本当かよ!」
パウロさんも、おばあさんも食べた。
「本当だ。甘アーキ……いや、それよりずっと甘い」
「むぅぅぅ」
「どっ、どうやった? どうやって、渋を……ああ、すまん。気軽に訊いて良いことじゃないよな」
「別に隠す程のことじゃない。酒精に浸け……」
「ああ!」
パウロさんが、大きく口を開ける。
「何か聞いたことがある」
ふむ。伝わっていたか。
「いや、でも酒に漬け込んだら、皮がしわしわに……」
漬け込む?
「確かに酒に漬けても渋は抜けるかもしれないが、このアーキはそうじゃない」
そう。渋抜きの方法はたくさんあると、ドキュメントにもあった。
「違うってのは?」
「酒に浸けるのは実じゃなくて、ヘタだけだ。しかも短時間で十分だ。強い酒精ならそれを吸い上げて渋が抜ける」
「おっ、おぅ。そうなのか……」
「叔父さん?」
「いや、酒に漬けるやり方は、どうしても原価が高くなるんだ。だからガライザーではやっていない。しかし、なるほど。ヘタをちょっと浸けるだけなら、さほど酒も使わなくて済む。それなら原価が上がらない気がする」
「おぉぉ!」
「じゃが、ヘタを酒に浸けるだけで、たった3日で、こんなに甘くなるのかえ?」
「いや。おばあさん。1週間から10日位掛かるはずだ」
「でも、持っていったのは……」
「3日前だよね。レオンさん」
「あぁ、それは。アデルに早く食べさせたかったんだ。だから、魔術を使った。でも、魔術を使わなくても、少し時間は掛かるが、渋は抜ける」
「そうか、うちでもやってみる……ていうか、やって良いか?」
「ああ。もちろんだ」
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