第三話 疎外の問題(解決編)
「答えは5でしょ」
わたしの答えを聞いて、柘植は呻くように言った。
「正解です」
村田はわたしに理由を尋ねる。単に当て推量で答えたのではないと証明するためだ。
わたしは笑顔で答える。
「割り算の余り、でしょう? 例えば100⑲なら100を19で割ると5余るから100⑲=5」
「つまり、7②=1、5③は2。1+2=3ですか」
大月が不安そうな声で確かめるのを聞いて、わたしは力強く頷いた。
「うん、その通りだよ」
「なるほどねぇ」
村田はそう言うと、オレンジジュースを飲む。それを見て、柘植は尋ねた。
「あ、それサイン本が当たるやつですよね」
「そうだけど、同じものばかり出てくるのよ」
村田は笑って答えると、ペットボトルに目を向ける。柘植もリュックサックからペットボトルを取り出すと、言った。
「僕もです」
「交換してみたらどうです?」
亜希子がそう言うと、忍び笑いを漏らす。そういえば柘植と最初に会った時、可愛いと囁いてたっけ。
「そ、そうね……」
村田は躊躇いがちに答えると、スマホをタップした。写真を柘植に見せながら、どれが足らないか尋ねる。
「ちょっと待ってくださいよ」
柘植はそう言うと、地味な巾着袋をリュックサックから取り出した。広げると十三個のキャップが机に散らばった。彼はキャップを整えながら、スマホの画面と机の上とを見比べる。
柘植が唸っている姿を見て、わたしは村田に言った。
「あぁそうだ、村田先輩。今朝も買ってませんでしたか?」
それを聞いて、村田はポケットからキャップを取り出す。〈余りもの〉だと評していたキャップ。それを見て、柘植は言った。
「それ頂けますか? 僕はそれが集まれば全員、揃うんですよ」
「別にいいけど。欲しかったらあげる! だってもう持ってるから」
柘植はその答えを聞いて、にっこりと笑う。
「ありがとうございます。でも先輩は僕と交換してもキャラクター揃いませんでしたね」
「あぁ……、そうね」
村田は残念そうにキャップにしばらく目を落としていた。やがて続けて言う。
「……まぁ別にいいの。わたしはコツコツ集めるから」
彼女はそう言うと、いそいそと帰り支度を始める。亜希子はつまらなそうな顔をしていたが、村田への囁き声が聞こえてくる。
「えー、それだけなんですか? せっかく交換したんですから」
村田の片想いを、亜希子は楽しんでいるらしい。しかし当の村田は頑なに首を振った。
「誘わない」
その態度を見て、わたしは今朝の会話を思い出していた。小学生のころ、からかわれて不愉快だった、と言ってたっけ。
村田はフッと短く笑った。
「もう、そんなことしたら権力を笠に着てるみたいでしょ? 事実、部長がこられないからわたしが仕切ってるんだし」
村田はそう言うと、大月と楽しそうに話している柘植を一瞥する。どうやら柘植は『キノの旅』を貸したらしい。
村田は二人から目を逸らすと、扉に向かった。重々しい足取りで。
日もどっぷり暮れた帰り道。用があるからと亜希子は先に帰ってしまい、村田とわたしは駅に向かっていた。坂を降りながら、村田は溜息交じりに呟く。
「やっぱり誘えばよかったなぁ」
「柘植くんのことですか?」
村田が黙って頷くのを見て、わたしは言った。
「今からでもメールで誘えばいいじゃないですか」
「いや、確かに萌の言う通りなんだけどさ。わたしの立場で誘っちゃさすがにねぇ」
「フェアプレーなんですね……」
「だってさ、それで付き合ってもなんか後味が悪いじゃない?」
わたしはそれを聞いて大きく頷く。
「本当にそうですね」
しかし、村田は溜息をつくと、ふいに押し黙る。しばらく間があったが、道化【ルビ:おどけ】るように肩を竦めた。
「……なんて言ってみたけど、強がってるだけね。逃げてばかりなの」
「そうですか? そうは思いませんけど」
わたしは戸惑いを覚えて言ったが、今朝の会話を思い出した。冷やかされ、図書館に逃げていたと言っていたのだ。
そんな彼女には気休めと映ったらしい。
「ありがとう」
村田はそう言うと、空を仰いだ。そしてポツリと呟く。
「今にして思えば初恋、だったのかな」
「え? 小学校時代、一緒組まされてた子の話ですか?」
わたしが尋ねると、村田は向き直って苦笑した。
「うん、認めたくないけどね。根暗だったし、優柔不断だったし」
そうですね、とはもちろん言えない。どう答えよう? わたしが言葉を探していると、幸いにも彼女から口を開いた。
「でも何だかんだで、ふとしたときに思うのよ。あの子がいなかったら、推理小説のことも知らなかったんじゃないかって。その子は図書館でパズル本をよく借りてたんだけど、古本屋でそのシリーズを見るとついつい買っちゃうのよ。懐かしくなって。『数理パズル』っていうタイトルだったんだけど、大人びて見えたっけ……」
「村田先輩の原点だったんですね」
微笑ましかったが、それを顔に出すのも躊躇われる。わたしが真面目な口振りで言うと、村田は笑顔で頷いた。
「そう、まさに原点。それに心のどこかじゃ、グループワークを楽しみにしてた気がするし」
部活だけでなく、いつもまとめ役になっているのだ。全くもう、などと悪態をつきながらも男の子の面倒を見ている……そんな村田の小学校時代を勝手に想像して、自然に笑みがこぼれた。
わたしは頷いて言った。
「いますよね。そういう子。思い出の中に一人二人」
「ええ、そうね」
村田はそう言うと、爽やかな笑みを浮かべた。そしてさらに続ける。
「……やっぱりわたしの初恋だったみたい。いつも余りものだって思ってたけど、一番、真っ先に思い出す子。だからわたしの中じゃ余りものじゃないのかもね」
「素敵な思い出ですね」
わたしは答えると、村田は恥ずかしそうに頷いた。しかし何か閃いたらしい。スマホを取り出してわたしへ尋ねた。
「ゴールデンウィークに親睦会を企画したら参加する?」
「……あぁ、わたしは遠慮しておきます」
村田は不満そうな声を上げる。
「えぇ、どうして? 別にいいじゃない」
多分、なにか理由を作って亜希子も断るだろう。そして内心、ニヤニヤしながら家でラブロマンス映画を見るに違いない。
本当の理由は口にしなかった。薫風を全身に受けながら、わたしは笑顔でこう言ったのである。
「ごめんなさい。彼氏と過ごしたいんで」




