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第七話 創作の問題(問題編)

 外は雨である。一限目の講義を終えたわたしは、ロビーでハードボイルド小説を読んでいた。スマホに目を落とすと十時四十五分と表示されている。昨晩、ミステリー研究会の部長からメールが届いたのだ。十時半には着いているはず、と。

「遅いなぁ。何してるんだろ」

 わたしは辺りを見回すと、熊のような体躯がドア越しに見える。のっそりと入ってくる部長に、わたしは会釈した。

「おはようございます」

 わたしがそう言うと、部長は挙げた。眠そうな目を見ると、どうやら寝坊したようである。傘を立て掛けると、悪びれる様子も見せずに言った。

「おはよう。一限の一般教養科目間に合わんかったわ。レポートの息抜きにゲーム進めてて、ふと時計を見ると朝だった」

「四年生なのにまだそんなの取ってるんですか。それにゲームって……」

 わたしが失笑していると、部長は悠長に返す。

「正確には四年生を二回、六年生ってところだな。まぁ小学校も六年で卒業できるから大丈夫だろ」

「は、はぁ……」

「それよりも……」

 部長が話を切り出すと、わたしは笑って尋ねた。

「それで今回はどのような教科のノートをご所望遊ばしているのでしょうか」

「心外だな。俺がいつも君にノートのコピーを頼……」

「頼んでます」

 わたしは即答した後、さらりと付け加える。

「もっとも最近じゃ出席カードを渡されるようになりましたけど」

 しかし考えてみれば、ノートのコピーが取りたいのならメールに教科が書いてあるはずだ。例えば民俗学のノートを貸して欲しい、という具合に。出席カードを渡される時も講義名を添えてくる。

 わたしは恥ずかしさを誤魔化すために真面目な表情で尋ねた。

「じゃあ、何の用です? ノートでも出席カードでもないとすると……」

「まぁ、愛の告白じゃないってことだけは確かだな」

「安心しました。困るだけなんで」

 わたしは微笑を浮かべてそう応えると、部長は乾いた笑いを浮かべる。

「と言うか法学部の女子なら村田と付き合ってみて、もう懲りたわ」

 一方で当の村田はこう言っていた。「あの人、今年も単位ギリギリだから」と。しかも「部長」とも「先輩」とも呼ばず、「あの人」と呼んでいるのだ。そして別れてもなお、彼の卒業を心配している。しかし、その想いは本人に届くことはないだろう。

 そんな感傷をよそに、わたしの向かいに腰を下ろした。そして頭を掻きながら尋ねる。

「その村田のことなんだけどちょいと質問があってな。大月と何かあったのか? ほらあいつ性格、きついだろ?」

 最後の一言を聞いて、皮肉を言いたくなった。しかし、次の台詞でその気持ちも晴れていく。

「新入部員と喧嘩にならないか不安だわ」

「そういえば何かあったみたいですね。わたしも詳しくは知りませんので、直接、聞いてください」

 わたしはきっぱりとそう答える。仲裁したいんだろうが、他人の揉め事を軽々しく話す気にはなれない。

「まぁ君ならそう言うわな。それじゃまぁ、国川のヤツにでも聞いてみるか」

「……亜希子も知らないと思いますよ。気まずい気持ちは分かりますけど、やっぱり二人に直接、聞いたほうが」

「まぁ、そりゃそうだ」

 しかし部長は、わたしの牽制を受け流すように応える。飄々としていて掴みどころがない。

 彼はしばらく頭を掻いていたが、何かを思い出したらしい。ポケットから古本を取り出した。すっかり色褪せていた字で『数理パズル』と書かれている。

 わたしは笑って突き返すと、言った。

「袖の下なんか渡されても話しませんよ」

 そして慌てて付け加える。

「そもそも何も知りませんし」

「そんなつもりじゃない。今日の問題は俺が作ることになってただろ? でもレポートに追われてて書けなかったわ。だから君が適当にこの本から問題を出してくれ。その本、君に進呈する代わりに」

 わたしが引き受ければ、みんなが落胆しなくて済むのだ。そう思うと、こういった小さな頼みは断りきれない。わたしは本を受け取ると、答えた。

「別に構いませんけど……」

 それを聞いて、部長は安心したらしい。よろしく、と言うように少し手を挙げる。そして席を立つとエレベーターへ向かおうとした。

 わたしはそんな彼はを呼び止める。

「単位大丈夫なんですか?」

「まぁネットの記事を切り貼りして作れば大丈夫だろ。なんなら文献をもっともらしく創作してもいいし」

 部長はそう答ると、振り向いた。そして真面目くさった顔付きで続ける。

「アルゼンチンの大作家ボルヘスもこう言ってる。あらゆる作品は引用の繰り返しだと」

 彼は心配無用とでも言いたいんだろう。ひらひらと手を振ると、エレベーターへ向き直る。呑気そうに歩く後ろ姿を見て、わたしは内心で溜息をついたのだった。


「……というわけなんだよ」

 教室の机にもたれかかりながら、わたしは亜希子へ経緯を告げた。そして机の上に本を置くと亜希子は、ぱらぱらとページを捲る。傍らにはミルクティー。

 教室にはたった二人しかいなかった。亜希子によると、村田は最後に少しだけ顔を出すらしい。司会のバトンも部長に渡っていると村田は勘違いしているらしい。こうして最終的にはわたしへバトンが回ってきたわけである。もっともバトンよりはキラーパスに近いが。

「村田先輩も気まずいのは分かるけど、ちゃんと顔を出して欲しいわよね」

 亜希子は机を爪でコツコツと叩きながら言った。わたしも同感だが、ここで村田を責めても始まらない。

「まぁまぁ、そんなことより問題どうする?」

 わたしがなだめると、亜希子は丁寧に本を閉じた。そしてミルクティーを一口飲んで答える。

「どうするって言われても」

 そして彼女は丁寧に本を閉じると、苦笑交じりに続ける。

「簡単と言わないまでも……、よくある問題じゃない? 嘘つき村と正直村、天使と悪魔と人間」

「そうなんだよねぇ。さすがに問題をこのまま出したらつまらないし」

「ねえ、一つ思い付いたんだけど」

 しかし亜希子は言い淀んでいる。わたしが促すと、一つ一つ区切るように言った。

「じゅう、よんじゅう、きゅうじゅう、ろくじゅういち、ごじゅうに……」

「えーと、次は63? 2乗した数字を、逆から読むんでしょ。16だったら61、25だったら52っていう具合に。だから6の2乗は36でこれを逆から読むと、63」

「なんだ、即答されちゃった。やっぱり簡単よね」

 亜希子はそう言うと、自嘲するように笑った。それを聞いて、わたしは椅子に座ると笑って応える。

「そうかなぁ? 慣れの問題もあるんじゃない?」

「そうかもね」

 亜希子はそう言うと、宙に視線を漂わせていた。別の問題を考えているようだったが、わたしへ目を向ける。

「萌こそ何か思いつかないの?」

「わたしも似たようなのばっか。例えば……」

 わたしはそう言うと、鉛筆とルーズリーフを取り出した。そしてさらさらと書きつけた。

7+8=15561

6+7=13421

1+1=?


「110?」

 ……即答である。そりゃそうだ、と胸の内で呟いた。数字が出てきたら、まずは四則演算を試してみるのが鉄則である。そしてほとんどの問題はそれらの数字を組み合わせていけば、解ける。

「問題を作るのって本当に難しい!」

 わたしは鉛筆を放り出すと、ルーズリーフを睨みつける。そんなわたしを見て、亜希子は頷いた。

「本当よね。ねぇ、アルファベットとかを使ったら、少しは難しくなるんじゃないのかなぁ。鉛筆借りてもいい?」

 いいよと言って、わたしが鉛筆を亜希子へ差し向ける。すると、彼女はこんな数式を書いた。

f+a=g

3b=f

g+a=h

h+b=?


 連立方程式ではないようである。だとすると……わたしは少し考えた後、口を開いた。

「答えはjだよね。fは5番目のアルファベットだから5と読み替えるんでしょ。そのルールで行くと、hは8、bは2。だからh+bは10番目のアルファベットが答えになる、と」

 わたしが答えると、亜希子は笑って頷いた。

「そういうこと」

 そして鉛筆を置くと、彼女はさらに続ける。

「ねぇ、もう一層のことさ、この問題にしちゃわない? もう浮かばないし」

 亜希子は気忙しそうにスマホへ目を向ける。確かに柘植たちが来てもおかしくはない時間だった。が、簡単に解く柘植の姿が目に浮かぶ。何となく悔しくなり、わたしは首を振った。スマホで問題を探すと、鉛筆を手に取った

「……これにしましょ」

 わたしが問題を見せると、亜希子は苦笑交じりに目を落とす。

「男の子に問題を解かれるの、そんなに嫌? 今更だけど」

「いや、別にそういうわけでもないんだけどさ。達成感が余りなかったし……柘植くんには簡単かなって」

 噂をすれば影。廊下から柘植の声が聞こえきた。話の内容までは聞き取れないが、興奮気味に誰かと話しているようだ。

 柘植の弾んだ声が近づくにつれ、大月の笑い声も聞こえてくる。二人の声は教室の前で止み、扉が開くと、柘植が言った。

「こんにちは」

 さっきまで彼は話に夢中だったらしく、頬が紅潮している。そんな柘植の後ろから大月が顔を覗かせていた。わたしたちに挨拶を交わすと、彼女は亜希子の隣へ座る。

「あの、村田先輩は? お手洗い……」

 大月はそう言いかけると、辺りを見回して続ける。

「……じゃありませんよね。カバンがないですし」

「ああ、村田先輩なら忙しいみたい。今日は最後に顔だけ出すってさ」

 わたしの答えを聞いて、大月は息をついた。しかしその吐息はどことなく安堵しているようでもある。

 一方の柘植は不満そうな声を上げていた。

「えぇ? 部長さんも授業で来られないんでしょう? それじゃ今日はやらないんですか?」

「安心して、問題はちゃんとあるから」

 わたしはそう答えると微笑を浮かべる。そしてルーズリーフを手に立ち上がった。亜希子はそれを見て、スマホを取り出す。

「じゃわたし、時間見ておくね」

 ありがとね、とわたしは言って、黒板の前へ進み出た。そしてさっき考えた問題を板書したのだった。


B+E=P

Z-D=M

9×5=19

10÷6=6

Z+1=?

※ただし数学の演算記号と同じ意味で使っている。


 柘植は鉛筆を動かしていたが、大月は紙をぼんやりと見た後、廊下へ目を向ける。亜希子はそんな彼女に気を遣ったのだろう。スマホを頻りに見ながらも、彼女へと小声で声を掛ける。

 しばらく二人は笑顔で話していたが、大月が壁掛け時計へ目を移した。そして彼女は亜希子へ何やら囁くと、亜希子はわたしに言った。

「萌、そろそろヒント出さないと……」



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