第55話 潜入①
「想像以上の施設だぞ、これは……」
収容所は建物もそれを囲う壁も、堅牢な石造りだった。
てっきり、木製の粗末な柵と、ボロ小屋が立ち並ぶような場所なのかと思っていたのだが……。
「四隅と中央建物屋上に櫓がある。これを正面から突破するのは無理だ」
いくらブロックと言えど、矢の一斉射撃を受ければ、たちまちの内に殺されてしまう。
「良い侵入方法が無いか、しばらくうかがってみるか」
ブロックは草むらから、収容所の出入り口を見張る。
「――あの馬車の中にいるのは、拉致された者達か?」
目をこらし、誰が乗っているのか注視する。
黒い肌。王国の人間では無い。
「ナミティオ族……彼等も拉致されていたのか……」
十五年前に王国と戦争状態にあった国だ。
現在では停戦中だが、互いに敵対心は根強く残っている。
「む……あれは……?」
収容所の出入口から帝国兵士が、一台の荷車を引いて近くの大きな川に向かった。
麻袋に入った何かを、ダバダバと川に捨てている。
ブロックは兵士がいなくなるのを待ってから、その場所へと向かった。
「これは細かく砕けた人骨か……? 奴等は一体ここで何をやっている?」
何かおぞましい事であるのは間違いないだろう。
せめて捕虜たちが、苦痛を味わされる前に絶命している事を願いたい。
「それはさておき、あの荷車……使えるかもしれん……」
ブロックはその後も見張りを続けたが、それ以上の侵入方法は見つからなかった。
彼は茂みの中で翌日の夜を待つ。
「――来たぞ、荷車だ」
茂みに身を隠しながら、ブロックは荷車に近付く。
そして帝国兵が骨をばら撒いている隙に、荷車の底に張り付いた。
骨の廃棄を終えた帝国兵は、ブロックにまったく気付く事なく荷車を引いていく。
そして、収容所の物置のような場所に着くと、荷車を点検するような事はせずに、さっさとどこかへと消えた。
「よし、潜入成功だ」
ブロックは物置を入念に調べた後、扉をゆっくりと開けて、向こうの様子をうかがう。
どうやら誰もいないようだ。
「まずはどこに捕虜が囚われているか、調べなくては」
今回は収容所を潰す事も目的だが、捕虜を解放する事が何より優先される。
やみくもに帝国兵を殺していては、捕虜が危険にさらされてしまう。まずは彼等の脱出手段を確保し、それから奴等を皆殺しにする。
ブロックは忍び足で廊下を進む。
今回は潜入が目的の為、濃い紫の全身鎧は身に付けずに、軽装鎧で来ている。
その為、ほとんど足音はしない。
巨体な重戦士の為、隠密行動は苦手に思われそうだが、幼少の頃から獣を狩って暮らす生活を送っていたので、彼の隠密スキルは中々に高い。
「ふっ、俺を見てもブロック・イスフェルトとは分かるまい」
帝国兵は鎧を着込んだブロックしか見た事がないので、彼の素顔を知らない。
仮に捕まったとしても、身元がバレる事はない。……はず。
ブロックは廊下の途中にあった階段を上り、二階へと移動する。
なるべく高所から施設の全容を把握したかったのだ。
そして、少し進むと大きな扉があり、その向こうから人の悲鳴が聞こえてきた。
「この奥に捕虜がいる……!」
ゆっくりと扉を開ける。
二階は吹き抜けとなっており、一階の様子が上から見られるようになっていた。
「ギャアアアアアアアアア!」
「いやだ! もうやめてくれえええええええ!」
「こ、これは……何と言う事だ……!」
一階では鎖で吊るされた捕虜たちが、生きたまま肉を削がれていた。
「うわあああああああ! 頼むから殺してくれえええええええ!」
「はっはっはっ! 駄目だ駄目だ! こうしないと、骨に魔力が宿らんのだ!」
「何と酷い事を……!」
今すぐ一階に飛び降り、拷問官どもを皆殺しにしてやりたい。
だがそれをやれば、多くの捕虜を助けられなくなってしまうだろう。
「陛下もこういうお気持ちなのであろうな……」
多くの者を助ける為に、目の前の犠牲に目を瞑る。
心苦しい事この上ないが、陛下はそれに毎日耐えられているのだ。何とお辛い事であろうか……。
「――一体奴等は何のために、あのような酷い事をしているのだ?」
拷問官は骨だけとなった捕虜を慎重に袋に詰め、どこかへと運び出している。
どうやら、肉よりも骨が重要のようだ。
「バラバラになっちまった骨は川に捨てておけ。肉はサイクロプスちゃんにあげてくれ」
「わっかりやしたー」
(奴等、サイクロプスを飼っているのか?)
グレーターゾンビだけでなく、あんな超大型のモンスターまで飼育しているとは、本当に趣味の悪い連中だ。
もしそんなものを持ち出されたら、いかに猛将ブロックといえど太刀打ちできない。
防衛用なのだとしたら、この施設には余程重要なものがあるという事だ。
(……彼等には悪いが、行かせてもらおう)
ブロックは捕虜の悲鳴を聞きながら、肉剥ぎ部屋を後にした。
そして、窓から施設全体を見渡す。
「ここから少し離れた場所に、二つ大きな建物がある。あそこに捕虜が囚われているに違いない」
恐らくスカンラーラ人とナミティオ族とで分けているのだろう。
一緒にしてしまうと、殺し合いに発展しかねない。
「さて、彼等をどう脱出させるか……」
雑兵相手であれば、束になってかかってこられても負ける事はない。
だが、サイクロプスが解き放たれてしまえば、敗北は必至だ。
「――恐らくあの怪物を操る者がいるはず。そいつから先に始末しよう」
サイクロプスがいるのはあの大きな建物だろう。そこに魔物使いもいるかもしれない。
「よし、では行くとしよう」
ブロックは再び一階に降り、肉剥ぎ部屋の前を通る。
――今度は少女の悲鳴が聞こえた。
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