第34話 バイバイ
「ご苦労。――では次」
「マルヤン・シンデルマイサー君、入りなさい」
一人の若い魔術師が退室し、代わりに猫背で小太りな中年魔術師が入室する。
見るからに駄目そうな男だ。さっさと終わらせよう。
ゲラシウスとグスターボは、錬金術師の募集に来た者たちの面接をおこなっていた。
マジックポーションを再び生産できるようになれば、もうレイのゴミカス野郎の言いなりになる必要はないのだ。
その為、ゲラシウスはそれなりに奮発した給料を呈示した。おかげで募集に来た魔術師は十人を超える。
しかし、どいつもこいつもMP80すらないカスばかり。それでは大した量を作れない。
この条件なら、最低200はある人材が来ると思っていたのだが……。
「マルヤン・シンデルマイサーです。よろしくでぶぅ……」
マルヤンは、どすんと椅子に座った。
ああ、これは駄目だ……。語尾に「でぶ」が付く奴がまともな訳がない。
「……率直に聞こう。マルヤン君のMPはいくつかね?」
「778でぶぅ……」
「――何だと? グスターボ!」
「は、はい!」
グスターボは席を立ち、マルヤンの手を握る。
それだけのMPがあれば、相当な数のマジックポーションを生産できる。これは逸材が来たと、ゲラシウスの心は踊る。
「……間違いありません。ただし、彼は初級錬金魔法しか使えません」
「初級……具体的にどこまでできるのだね?」
錬金術は完全に専門外なので、ゲラシウスにはよく分からない。
「成分の合成はできるけど、抽出ができないでぶぅ……」
「抽出……? つまりどういう事だ?」
錬金術は完全に専門外なので、ゲラシウスは魔法学院一年目で習う知識すらない。
「おでの作った薬は、副作用があるという事でぶぅ……」
錬金素材を合成すると、大抵四つほどの効果を持った薬ができる。
その中には悪い効果が含まれる事がほとんどなので、錬金術師たちは、必要とする成分だけを抽出するのだ。
この作業が、もっとも時間とMPを消費する。
「副作用とはどんなものだ? 死ぬのかね?」
「いや、そこまでではないでぶぅ……。頭痛とか吐き気とか下痢でぶねえ……」
――ならいいか。
だが、そんな薬を使えば、捕まってしまうのではないだろうか?
ゲラシウスのそんな疑問を上手く嗅ぎ取ったようで、グスターボが口を開く。
「ギルド長、抽出をおこなっていない薬を販売する事は違法ですが、使用するだけであれば、法律上問題はありません」
決まりだ。
「マルヤン君、ようこそ。【高潔なる導き手】へ」
* * *
「ねえねえレイ、アタシが隠密で敵を倒すには、どうすればいいかしら?」
「<念動力>を使え。いつの時代でも投石は有効だ。矢があるなら、それを使うのもいい。石より軽いから射程も伸びるはずだ」
「弓を持たずに矢だけ持つって事? 何か変だわ」
エクレアは俺の隣に座り、座学を受けている。
それを見ても、ノエミが怒る事は無い。何故ならエクレアに「あと二週間だけ、そうさせて欲しい」と頭を下げられてしまったからだ。
【高潔なる導き手】からマジックポーションの注文がなくなってから一週間、エクレアとボグダンは一般メンバーに降格となった。
しかもゲラシウスはご丁寧に、エクレアの両親にエース降格となった事を、手紙で伝えやがった。よほど気に食わなかったのだろう。
彼女は二週間後家に戻る事が決まり、【高潔なる導き手】を抜けた。
「エクレアちゃん、元気でね。――お手紙送ってね」
「ちょっと泣かないでよ、ノエミ」
ノエミがエクレアと抱擁する。
「アリス、あんまりワガママ言うんじゃないわよ? アンタ、自分が可愛いって分かってるでしょ?」
アリスはじっとエクレアを見つめている。
「レイ、アタシを何度も助けてくれてありがとう。でも、それも今日で最後よ。ご苦労様」
「……エクレア、お前が望むなら手助けをしてやれる」
「きゃははは! 大丈夫よ、アタシの婚約者は素敵な人よ。もうちょっと遊んでいたかったってだけなの」
「そうか……なら、いいんだが……」
「アタシの事忘れないでね。――バイバイ」
エクレアは笑顔で、【クッキー・マジシャンズ】を後にした。
その数日後、俺の元に一つの依頼が舞い込む。
それはエクレア・シュトルーデルの捜索依頼だった。
* * *
この二週間、さんざん悩みに悩んだ。
レイに全てを話して、助けてもらおうかと。
しかし、自分の両親はともに宮廷魔術師。敵対すれば、スカンラーラ王国を敵に回しかねない。結局、彼には全てを秘密にしたまま発つ事にした。
明日の朝、使いの者が馬車で迎えに来る。
それに乗れば、アタシは鳥籠の中に閉じ込められてしまう。
生殖機能を失う薬を飲まされ、自宅の敷地の外に出る事もできない。
できそこないの恥さらしは、世間に顔を見せる事すら許されないのだ。
「お、重い……。もっと筋力トレーニングをするべきだったわ」
エクレアは大きなバックパックを背負い、家の外につないである一頭のロバにそれを積んだ。
以前の彼女であれば、大人しく馬車に乗っていただろう。
しかし、今のエクレアには、大切なものを守る為に戦うだけの勇気と覚悟があった。
「アタシ、あの人の赤ちゃんを産みたいの! 絶対に逃げ切って見せるわ!」
エクレアはロバにまたがり、真っ暗な街道をテクテクと進んだ。
ウチの家はお金持ちだ。
当然アタシに懸賞金をかけただろうし、追手の魔術師や傭兵も雇ったはず。だから、人里には降りられない。
エクレアは茂みに隠れて気配を消し、小さな湖に獲物が水を飲みに来るのを待ち構えていた。
待つこと数時間、一頭の鹿がやって来て、辺りを入念に警戒してから水を飲み始めた。
「――<念動力>」
エクレアの手に乗せていた矢が射出され、鹿の首に突き刺さる。
鹿は走って逃げたが、十歩ほど進んだところでバタリと倒れ、動かなくなった。
「お腹に当たらなくて良かったわ。ウ〇コが腸から漏れると悲惨ですもの」
エクレアは鹿を引きずり、湖の水で血抜きと冷却を終える。
そして手際よく解体し、食べやすいように肉を切り分け、燻製肉を作り始めた。
今食べる分だけ枝の串に刺し、焚火であぶる。
「――そろそろ焼けたかしら?」
エクレアは串を手に取り、かぶり付いた。
「――おいしい! でも、鹿肉を食べるたびにあの事を思い出すわ……」
ナキルヤの森に入った時に、今のスキルがあればどれだけよかったか。
だが、あれがなければ、あの人を好きになることも無かった。運命って残酷だ。
「――最初はレイだって分からずに、イケメンの木こりさんが助けてくれたと思ってたのよね」
こっちが感謝の言葉を述べてるのに、どうして困惑した顔でアタシを見てるんだろうと不思議でならなかった。
後で聞いたら、アタシの態度があまりに違うから、発狂してしまったんじゃないかと思っていたらしい。
「結局あの日は、日が暮れるまでに森を脱出できなくて、野宿する事になったのよね。アタシとっても怖くて、あの人のすぐ隣で寝かせてもらったの。今考えてみると、アタシ絶対臭かったと思う……」
「大丈夫だ、安心しろ」と言われて頭を抱き寄せられた時、完全に堕とされてしまった。
「それが今じゃ、一人で森の中で野宿。アタシも成長したもんね」
エクレアはテントの中に敷いた寝袋に寝っ転がった。
「ギルドに誘ってもらった時、凄い嬉しかった。それを素直に言えないのが、どれほど悔しかったか……」
【クッキー・マジシャンズ】の一員として生きていけたら、どんなに幸せだっただろう。
「……やだ、ちょっと涙が出てきちゃった。ダメダメ、泣いちゃダメ! 泣かないって決めたんだから!」
エクレアは涙をハンカチでぬぐうと、星空を見ながら眠りについた。
「――あ、ヤバい! 村だ!」
人に見つからないように山の中を進んでいたら、ふもとに小さな村が見えた。
「んー、でもどうしよう。保存食が買えるなら、手に入れておきたいし……」
さすがに狩りだけで、全てをまかなう事は難しい。
ジャガイモや穀物などを購入しておきたいところだ。
「王都からもう大分離れてるし、こんなへんぴな村なら大丈夫かしら?」
エクレアは村の様子を観察するため、山を下りて行く。
そして、ある程度近づいた時、村の様子がおかしい事に気付いた。
「――え!? モンスターに襲われてる!? 大変!」
エクレアは山を駆け下りる。
どうやら柵の一部が破壊され、そこからゴブリン達が侵入しようとしているようだ。
数名の村人がピッチフォークを持って、必死にそれを阻もうとしている。
「<火炎放射>」
柵に詰め掛けていたゴブリンを一網打尽にする。
「おお! 助かったべよ、魔術師さん!」
「ゴブリンはこれで全部かしら?」
「そうさ、今回来たのはこれだけだべ。だが、どっがに巣があるみたいで、きっとまたやって来るべさ」
「じゃあ、魔術師ギルドに依頼するといいわ」
「そんな金ねえから、こうなってるだべ。なあ魔術師さん、この村には金はねえけど食料ならある。それで退治してもらえねえべか?」
村人を助けてやりたいのは山々なのだが、自分は追われている身。
下手すると、この村に迷惑がかかる恐れがある。
「悪いけど――」
「またゴブリンがやって来たべ! どうやら別の群れみてえだ!」
「なんてこった! 魔術師さん、助けてくんろー!」
「……もう、仕方ないわね!」
エクレアは向かってきたゴブリンに杖を向けた。
少しでも面白い、続きが早く読みたい!と思いましたら、
↓にある☆☆☆☆☆から「評価」と「ブックマーク」をよろしくお願いします。
ブックマークはブラウザではなく↓からしていただけると、ポイントが入りますので作者がとても喜びます。
ブックマークと評価は作者の励みになりますので、
お手数かと思いますが、ぜひともよろしくお願いします。




