表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
最終章 「終焉 -end-」
74/81

Bad end -nothing-

※暴力描写がございます。苦手な方はご注意ください。

【バッドエンド】


 縄で首を括られたマリアは、心の中で祈りを捧げた。

 誰も助けには来ないだろう――。希望すら感じられないマリアだが、不思議と穏やかな表情をしている。

(これで苦しまなくていい。もう誰も苦しめなくていい……)

「さあ、立て」

 促されるまま、マリアは処刑台の先へと向かった。腹に撃たれた銃痕に、歩くたびにかなりの出血があるが、もう痛みを通り越し、早く事を済ませなければという気持ちにさえ駆られた。

 自殺が許されないネスパ人にとって、絞首刑は最悪のパターンだ。自らのタイミングで死を招くため、自殺と同じ扱われ方をする。それは先祖代々、子々孫々まで名を汚す行為として、残された家族に加えて先祖までもが軽蔑される。マリアにとって、それだけが心残りだった。

(ごめんね、昇……でもきっとお父様が守ってくださるから、どうか私のことを許して……先に逝ってしまった家族もご先祖様も、本当にごめんなさい……)

 そんなことを懺悔しながら、マリアは先端までよろよろと歩いていった。

 目線の先には、行く末を見守る真紀や織田氏、卓がいる。また眼下に広がるのは群衆の群れだ。

(賑やかな最期だわ。それもいいかもしれない……)

 マリアは一息つくと、真紀たちを見た。そしてもはや動かない体で、出来るだけの一礼をする。

(今までありがとうございました。どうか昇をお願いします)

 言葉にはならずとも、マリアの真意は真紀たちにも伝わる。

(さようなら。みんな……)

 マリアの脳裏に、今まで出会った人たちが走馬灯のように浮かんだ。

 次の瞬間、マリアの体は処刑台から離れていた。

「ああ!」

 一瞬、観衆の声が上がったかと思うと、急にあたりが静かになった。

 ロープの揺れる音だけがギシギシと響き、高みの見物をしていた真紀は、ただ虚ろな表情でそれを見届け、すぐに席を立つ。

 真紀の隣に座っていた織田氏は、何十年か前の同じ光景を思い出していた。愛していたはずの亮の母親を、同じ席で見届けたことである。

 高い場所に吊られたマリアは、見せしめのためにしばらくは吊されたままとなる。その後ももちろん墓などなく、このまま今日死んだ無縁仏とともに共同焼場で焼かれ、灰すら残らなくなるはずだ。


 公開処刑の事実は、限られた役人しか知らされていなかったため、竜の耳には入らなかった。だがネスパ人の間では噂が広まりつつある。それもネスパ人と関わり合いのない日本人には、知る由もない。

 だが、処刑後間もなく事実を知った人間がいた。亮である。亮は出張先の日本でその事実を知った。

「マリア!」

 声にならない声で、亮は会議室で資料を受け取り、叫んだ。

 しかし、それはもう処刑執行後のことで、それを止めることも遅く、誰にもその怒りをぶつけられない。なにより許可証のひとつには、自分の捺印がある。真紀にハメられて押されたものだが、そんなことはもはや関係ない。


 怒りを抱いたまま、亮はすぐに日本を発った。そして家に帰るなり、真紀と父親を呼びつける。

「なんということをしたんだ! 仮にも最高指揮官である僕を騙してまですることなのか。あなた方を信じていたのに!」

 目を真っ赤にさせ、亮は吐き出すように叫び続けた。

 真紀は何も言わない。張本人であるものの、処刑のショックもあり今は何も考えられなかった。だが罪悪感はあっても、肩の荷が下りたようになっているのも事実である。

「亮。罪人を処刑しただけだ。おまえは死んだのが知り合いだからそんなふうに言っているだけだろう」

 真紀へ助け舟を出すかのように、織田氏だけは変わらぬ顔でそう言う。

「罪人って……彼女が何をしたというのですか!」

「彼女が悪くないというのなら、おまえが悪いのかね? 亮」

「何年前のことです。僕は彼女と会ってもいない」

 今回ばかりは亮も引き下がらない。いつも言いなりのようになっている父親に食い下がるなど、そうはないことだった。

「……本当に、死刑は執行されたのですか?」

 目を泳がせて亮が言う。このままでは平行線だということを知っているのだ。何か話を変えなければ、そして事実を突き止めなければと思う。

 亮の言葉に、織田氏は一枚の写真を見せた。現場証拠写真で撮っておいた、マリアが吊るされた写真だ。

 それを見て、亮は言葉にならずに顔を背けた。

「もういいのか? ちゃんと確認しろ」

 父親の言葉に、もはや反論する気も起こらない。ただ無念にうなだれるように椅子に座り、もう動かなかった。

 そんな亮を置いて、織田氏と真紀は去っていった。

「……あ……ああ――!」

 一人になった亮は、声を上げて泣いた。無念としか言いようがない。誰を責めればいいのか、最終的には自分を責めるしかない。

「すまない……僕と出会っていなかったら……!」

 何度も目の前のテーブルを殴りながら、殴った手の痛みも忘れ、亮は自分を悔いた。


 その夜。部屋にこもりきりで、亮は泣き腫らしていた。

 そこにドアがノックされるが、誰も通したくないため返事はしない。

「お父様……」

 その時、そんな声がして、亮はハッとして立ち上がった。

 一瞬躊躇ったが、ドアを開ける。するとそこには昇がいた。マリアの忘れ形見である。

「昇!」

 亮は昇を引き入れ、思いきり抱きしめた。

 普段は忙しくてコミュニケーションもあまりとれていないが、昇は首を傾げつつも、逆にあやすように父親の頭を撫でる。

「どうしたの? お父様……悲しいの?」

 自分によく似た昇だが、その表情はマリアに似ている。そんな昇を見ていると、不思議と心が救われる気がした。

「いや。なんでもないんだ……昇はどうしたんだい?」

「お父様が日本から帰ってきたって聞いたから、寝る前に挨拶に来たんだ」

「そうか。それは嬉しいよ」

「よかった」

「ありがとう……昇がいてくれてよかった。僕は自分を忘れるところだった……」

 昇を抱きながら、その頭を撫でる。そして亮は思い直した。

(マリアはきっと、この子の幸せを願いながら死んだのだろう。僕がこれから真紀とうまくやっていけるかはわからない。だがここで僕が家族を捨てたら、マリアは浮かばれないし、そんなことを望んでいないはずだ。僕はこれからも、自分を欺いてでも今まで通り生きて、この子を幸せにしなければ……)

 やがて離れた亮の目を、昇がじっと見つめる。そして優しく微笑んだ。

「大丈夫?」

 まるでマリアに言われているかのような錯覚に、亮も微笑む。

(ああ……マリアは昇の中で生きているんだね……マリアが望んでいたことは、この子を日本人として育てることだ。この子には、すでにマリアは死んだものとして言ってある。問題なのは僕の気持ちだけだ。これからはマリアの分も、昇を立派に育てなければ。それが僕がマリアに出来る、唯一のことなんだね……)

 昇の中にマリアを見出し、亮はそう誓った。

「ああ。心配かけてすまなかったね。泣きたい夜は今夜だけだ。明日からまた未来のことを考えるから……昇ももう寝なさい」

「はい」

 素直に返事をして、昇はドアへ向かい、そして振り向いた。

「お父様。あんまり無理しないでね……おやすみなさい」

 幼い昇に励まされ、亮は静かに微笑み、テラスに立つ。いつかマリアとともに見た北極星が、今日は一段と輝いて見える。

「あの子がいてくれてよかった……前を向かなければ。あの子のためにも、マリアのためにも……」

 亮は真紀たちを許せない気持ちでいるものの、この生活を壊さずにいることを決めた。マリアがそう望んでいるように思えたのだ。


 次の日からも、亮は今まで通りに仕事をこなした。

 何も言ってこない亮に、真紀や織田氏は首を傾げたが、亮はもう腹を決めている。

 それでも亮は、竜に出会って戸惑った。

「よお。こっちに戻って早々、仕事漬けとは頭が下がるよ」

 役所の廊下ですれ違った竜は、まだマリアのことを知らないようで、いつもの笑顔を投げかける。

「うん、でも今日は書類整理だけだから……」

「そうか。どうした? 顔色が悪いんじゃないのか?」

「え、そうかな……」

「日本食に当たったか?」

「ハハ。まさか……」

「じゃあな。俺もまだ仕事残ってるからさ」

「うん……」

 ぎこちなく微笑んだ亮を、竜は不思議に思っただろうか。

 マリアの事実を竜に言おうとも思ったが、何も知らない竜の笑顔に、何も言えなくなる。なにより事実を知れば、今度こそ竜は真紀や父親を許さないだろう。何もかも捨てて、亮にも会わなくなるかもしれない。そう考えると、いずれわかってしまうこととは知りつつも、言い出すことなど出来なかった。

(言えない。マリアのことは……兄貴まで失ったら、僕はどうしていいかわからない)

 竜の存在は、亮にとってもまた希望でもある。失うことを考えるのは怖かった。


 だが亮の心配をよそに、竜がマリアの事実を知ったのは、それから数日後のことだった。

 まだ富糸ヶ崎氏のマリアがいると思い込んでいた竜は、未だにその動向を窺っており、あまりにしつこく訪ねていた竜に、遂にマリアの情報が漏れたのである。

「処刑されましたよ。写真も見せてもらったので、間違いないです」

 信じられない思いで、竜は真紀のもとへ向かった。

 相手が女性ということも忘れ、竜は強く胸倉を掴む。血走った目に、もはや危険以外は感じられなかった。


 役所にある真紀の部屋に竜が乗り込んだという話は、すぐに亮の耳に入った。

 亮が真紀の部屋に向かうと、役人たちに引き離されながら、それでも真紀に向かおうとする竜の姿があった。

 すべて竜に知られたのだと悟り、亮は冷静に口を開く。

「騒がせてすまない。忙しい中で申し訳ないが、しばらくこの部署からみんな出て行ってくれ。今日はもう帰っていい」

 最高指揮官である亮の命令に、従わない者はいない。興味本位でこちらを見ている人間もいたが、亮はそれらをすべて遮断し、部署の鍵をかけて真紀の部屋に入る。これで二重扉になり、外まで声は聞こえないだろうが、すでに修羅場が予想された。

「おまえは知ってたのか!」

 竜の言葉に、亮は静かに頷く。

「貴様!」

 完全に血が上った状態で、竜は亮の胸倉を掴んだ。しかし、亮の顔は悲しそうに竜を見つめている。

「ごめん、兄貴……僕には何も出来なかった……」

 震えながら言った亮から、竜は静かに離れた。

「じゃあなぜ俺に言わなかった!」

「僕も後で知ったんだ。すべて知った時には、もうすべて遅かった……」

「公開処刑なんて、最高指揮官の判子がいるんじゃないのか?」

「それについては弁明の余地もないよ……僕は真紀を信用しきっていた……」

「……それは俺もだよ」

 亮と竜が、黙り込む真紀を見る。

 真紀はあれ以来、仕事はこなしているものの、家族ともしゃべろうとしていない。それほどまでの衝撃があったのだ。

「真紀。言いたいことがあるなら言え。おまえが黙ってるなんて気持ちが悪い」

 敵意をむき出しながらも、抑えるように竜が言う。

「……言うことなんかないわ。あんな女、死んで正解よ」

 その言葉が終わらないうちに、竜は歯止めがきかなくなったように真紀の首を絞める。

「兄貴!」

「こいつには人の痛みがわからないんだ! こいつと親父も殺して、俺も死んでやる!」

「やめて兄貴。そんなの駄目だ! マリアだって、そんなこと望まない!」

 必死に止めようとする亮は、竜の強張った体から力が抜けていくのを感じた。

 すると竜の前にいた真紀が、涙を流している。

「殺すなら殺せばいいわ……不思議よね。死んでせいせいすると思ったのに、後悔しか残らないなんて……」

 静かに真紀がそう言った。

 竜は力を抜きながらも、真紀の襟元を掴み直す。

「白々しい。泣いて許される問題か!」

 冷たい竜の目が真紀を貫く。亮はその後ろで、緊張感を漂わせた。

「なんとでも言えばいいわ。あの子はもう死んだのよ。私は後悔しても、償うことも出来ない。許せないなら私を殺せばいい。でも私の気持ちもわかって! 本当に、あの子に罪がないと思うの?」

「あの子に罪があるのなら、俺たちはみんな罪人だ……みんな一緒に死ぬのも悪くない。あの子の痛みを、おまえにも味あわせてやる」

「もうやめろよ!」

 そんな竜と真紀を止めたのは、もちろん亮である。亮は今にも泣き出しそうな顔で、二人を見つめていた。

「僕はどれだけ後悔しただろう……マリアと会わなければ、愛さなければ、そんなことばかり思ってしまう。真紀やお父さんを殺しても、マリアは帰って来ないんだ……」

「……そんなことはわかってる。でも、こいつらだけは許せない! おまえは知らないんだ。今回だけじゃない。こいつらが今まで、マリアにどんな仕打ちをしてきたのか!」

「……知らない。だけど想像はつく。でも僕は兄貴のように、彼女に手を差し伸べることさえ出来なかった……僕は僕を殺したい。自分の罪に向き合える自信がない」

 亮は震えながら椅子に座った。脳裏に浮かぶのは、マリアの顔だけである。

「だけど僕は生きるんだ。それが唯一、マリアへの償いだから……昇がいてくれるから、僕は生きていく……だからもう終わりにしよう」

 続けて言った亮の言葉を聞いて、竜はやっと真紀から離れた。

「本当に……死んだのか? また何処かで幽閉しているんじゃないだろうな?」

 誰が相手でなく、独り言のように竜が言う。

「……写真なら見せてもらったよ。僕も信じたくなかったけど……上がってきた報告書も偽造じゃないし、間違いはないと思う」

 その時、亮と真紀は息を呑んだ。竜の涙が頬を伝う。亮にとって、それは初めてのことだった。

「あ、兄貴……」

 竜は涙を一瞬で拭きながらも、もう気力を失くしたように、ソファへと座り込む。

「悲しい。虚しい。苦しい……マリアはもう、いないのか……」

 辺りが静まり返る。竜の無念が窺えた。

 無言の中で、やがて竜が静かに立ち上がる。

「帰るよ……しばらく宿舎に泊まるから、家には帰らない……」

 急におとなしくなって、竜はそう言った。まるで心を失くしたように虚ろな表情である。

 そんな竜を心配して、亮は竜の腕を掴んだ。

「兄貴……」

 心配する亮の顔を見て、竜は苦笑する。

「大丈夫だよ。おまえが思うような危険なことはしない。自分も人も傷つけたりしない。誓うよ」

「……うん」

「ただ無念だよ……マリアのこともだけど、真紀もおまえも、俺は救うことが出来なかった……誰一人ね……」

「それは違うよ、兄貴。僕は兄貴がいなかったら……」

「もういいんだ。もう、マリアはいないんだ……おまえの言う通り、彼女が望む生き方をするよ。誰を殺しても、あの子はきっと喜ばないからな……」

 そう言って、竜は去っていった。

 残された亮と真紀は、互いにしゃべろうとはしなかった。もう変えられない過去を責めることも、先のことを考える余裕もない。ただ同じ空間にいるだけの存在である。

「……もうやめよう」

 やがて亮がそう言った。

「正直、真紀にもお父さんにも失望した。これから一緒にやっていく自信がない。でも今までだって、僕は君の気持ちを理解しようと努力してたはずだ……それでも駄目だった。もう口を開けば悲しみしかないけれど、僕たちは生きてるんだ。先へ進むしかない……」

 亮は無言のままの真紀を見つめる。

「真紀。君が後悔しているのなら、もういいよ。もうやめよう……君を責めたりしない。そんなこと、マリアは喜ばないんだ。僕は残りの人生、子供たちのために生きるよ。それには君も必要だ。君も子供たちのために生きていこう」

 真紀は涙を流し、無言のまま頷いた。

 それを見届けると、亮は部屋を出ていく。これからも真紀とやっていく自信などなかったが、それが最善の策だと思う。

 残された真紀は、声を上げて泣いた。真紀もまた、罪悪感に苦しめられていたのである。

「ごめんなさい……」

 追い詰められ、自分ももう死ぬしかないとまで思い詰めていたが、亮の言葉に思い留まることを決意する。子供たちのために、生きていくことを――。


 それぞれがそれぞれの苦しみを抱えたまま、織田家はまた動き出した。

 変わったことといえば、竜が大人しくなり、もはや宿舎から出ずに家へ帰らないこと。逆に亮は仕事を早めに切り上げ、子供たちとの時間を多く作り始めたこと。真紀もまた良き母を演じようとしていることだろう。心の離れた家族は、形だけの家族を保つのに必死に見えた。

 亮は政策にも力を入れ、罪人の見直しや洗い直しの他、富糸ヶ崎氏やその他異常者の告発、逮捕などを行い、更にネスパ人たちから支持される最高指揮官になる。

 それらはマリアの死がもたらした、それぞれの新しい人生であった。






「マリア……マリア……」

 マリアは眩いばかりの光の中で目を覚ました。目の前には、見知らぬ綺麗な女性がいる。

「だ、れ……」

 まだ状況が把握出来ないが、女性は優しい笑みを浮かべて、マリアの手を取る。

「私は亮の母親です」

 その言葉に、マリアは目を見開いた。

「亮の、お母様……」

 マリアの目から涙が溢れる。そして自分が死後の世界に来たことを理解した。

「ありがとう。あの子を愛してくれて……」

「礼など……それより、私が死んだ後が心配です。昇は大丈夫かしら……」

「大丈夫よ。あなたの気持ちはわかるけれど、私たちに出来ることは何もないのです。ただ願うしかない。でもあなたが信じている人間のそばにいるなら安心しなさい。人間は思うより強いのよ」

「はい。私はあの子の強さを信じています」

 亮の母親が頷くと、あとからあとから見知った顔が見える。それは先に死んだマリアの両親、兄弟たちであった。

「お父さん。お母さん……!」

「マリア。よく生きたわね。あなたを誇りに思うわ」

 光に抱きしめられるように、温かな風を感じる。

「ここは天国でも地獄でもないわ。それよりも、私たちがいる場所だってどちらでもないのかもしれない。でも私たちの世界には平安があるわ。そこに行きましょう。あなたがここで未練を捨てないと、あなたはここから動けなくなる」

 亮の母親が、案内人のようにそう言った。

 マリアは目を伏せる。まだ不安や迷いがあるマリアと、平安が訪れているという両親たちとでは、死んだ後もまだ何かが違うようである。

「私は……あなた方と同じところへ行けるのですか? 私は罪を犯しました。他人を不幸にし、最大の罪は処刑という名の自殺です。それに未練など捨てられるわけがない。昇に何も言わず、残してきてしまったのに……」

 懺悔するようにマリアが言った。

「ここから去っても、過去を考えることは出来るわ。それどころか、ここでは何も出来ない。一緒に行きましょう。私たちは同じネスパ人。同じ家族なのだから」

 この先のことはわからなかったが、マリアは亮の母親と自分の母親に差し出された手を取った。

 光の中を駆け抜け、自らも光になるような錯覚さえ覚える。あまりに心地よく暖かな光に、マリアの心にも平安が訪れるようだった。

(昇……私もあなたの苦しみや悲しみを包み込めるような、暖かな光を与えることが出来るかしら……もう願うことしか出来ないのならば、せめてこの安らぎを、あなたにも訪れるよう願いたい……)

 最後の涙を流して、マリアは家族とともに別世界へと向かうのだった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ