第47話 宴会~ミスター・海老すくい
夜になった。
宴の時間である。
俺は松平家一行の供応役を仰せつかっている。
供応役といっても、俺の仕事は楽だった。
何せ殿は織田信長である。
即断即決で仕切り好き。
あーしたい、こーしたい、これを見せよう、あれを見せようと殿の希望を整理して、俺からも意見を出し段取りを組む。
藤吉郞が手伝ってくれたので、各所への連絡や根回しもバッチリ。
唯一大変だったのは、食事の支度である。
松平家一行が清洲城に宿泊する夜に出すメニューが難問だ。
殿は食事には無頓着で『旨い物を出せ!』しか言わない。
同盟交渉で訪問した使節団とのディナー。
フォーマルな席である。
メニューをどうするか本当に悩ましかった。
戦国時代の食生活は、俺が生活していた現代日本とは違う。
四つ足、つまり獣の肉は食べないので、ステーキのような肉料理はNG。
そしてコース料理もない。
まだ懐石料理も会席料理も登場していないのだ。
千利休、茶の湯、もうちょっと後の時代。
和食のコースを出すには、時代的にまだちょと早い。
では、この時代のおもてなし料理は何かというと本膳料理である。
本膳料理はお膳の上に料理をのせて出す形式で、膳が多いほど豪華になる。
お膳は全て並べて出す。
コース料理のように順番に出さないのだ。
俺は丹羽長秀殿に相談して、五の膳つまりお膳を五つ用意した。
本膳料理では五の膳がマックスで、もっとも豪華。
松平家に対して最高のおもてなしですよと膳の数で示すのだ。
メニューはオーソドックス。
禁忌があるので、獣肉は出さない。
そんな『シバリ』のある中で、俺は現代料理をプラスしてみた。
俺はタイマーおじさんだったのだ。
厨房補助は何度もやった。
料理は一通り作れる。
清洲城の料理人とも打ち合わせ、お客様が満足すること間違いなしの料理を用意したのだ!
清洲城の広間には、既に席が用意されていた。
一つの席にお膳が四つ。
御飯物、汁物、香の物、煮物、焼き物を盛り付けた器がお膳の上に並ぶ。
殿と松平元康殿が上座に座り、織田家の重臣と松平家一行が向かい合って座る。
席についた瞬間、殿が眉をひそめた。
「爽太!」
「ははっ!」
俺は殿の前に膝行する。
殿の隣に座る松平元康殿は無言である。
殿は不機嫌そうに俺に尋ねた。
「膳が足りぬようだが?」
「五の膳は、後ほどお持ち致します。趣向を凝らした膳ゆえ、殿にも松平様にもお喜びいただけるかと」
「ほう!」
好奇心を刺激されたのだろう。
殿の機嫌が直った
俺は一礼して自分の席にスッと戻る。
「よう来てくれた。歓迎する!」
殿のシンプルは挨拶で宴が始まった。
侍女が席を回って酒をすすめる。
酒はもちろん清酒である。
「おお! この清酒を飲みに来たのだ!」
「うむ! 三河ではお目にかかれぬ酒だからな!」
松平家一行の中から喜びの声が上がる。
武闘派の本多忠勝殿とミスター・海老すくい酒井忠次殿だ。
酒井忠次殿の『海老すくい』が出るか否かが、今夜のベンチマークとなるだろう。
食事に箸がつきお酒に口がついたところで、俺は廊下に控える侍女たちに合図を出し、広間に五の膳を運ばせた。
お膳を持った侍女たちが次々に広間に入り、順番に五の膳を客の前に置く。
五の膳を見て、広間がザワつく。
「むっ! これは何だ!?」
「見たことのない料理だぞ!?」
「何やら香ばしい匂いが……」
これまでに出した料理は、御飯物、汁物、香の物、煮物、焼き物である。
おわかりであろうか?
現代人なら物足りなさを感じるはずである。
そう、足りない!
揚げ物が足りない!
五の膳は飲み場の王道!
オフコース揚げ物!
この時代にもマッチする天ぷらである!
俺は広間の面々に声高らかに語りかけた。
「皆様方! 五の膳は、天ぷら御膳でございます!」
「「「「「天ぷら御膳!?」」」」」
「天ぷらという料理は、食材に小麦をまぶして油で揚げる料理です。ごま油を使うことで香ばしく仕上がっております。どうぞ御賞味下さい!」
みな初めて見る料理に驚いている。
松平元康殿は、両手を膝に置き笑顔で首を傾げている。
殿でさえ口をOの字にして、驚きのあまり動けないでいる。
天ぷら御膳には、山菜の天ぷら、季節の野菜の天ぷら、松茸の天ぷら、シイタケの天ぷらが載っている。
俺は天ぷらに塩を振り箸を持った。
「では! それがし一番槍を仕る!」
季節の野菜の天ぷらを箸で挟み口へ運ぶ。
サクッ!
衣を噛むと軽やかな音が広間に響いた。
「「「「「おお~!」」」」」
広間にどよめきが広がる。
次いで静寂。
サクッ!
サクッ! サクッ!
サクッ! サクッ! サクッ!
俺が天ぷらを食す音が響く。
「ふうう。大変美味しゅうございます。山菜の天ぷら、季節の野菜の天ぷら、松茸の天ぷら、シイタケの天ぷらをご用意致しました。続けて魚介の天ぷらが参りますので、お早めにお召し上がり下さい」
「おお! もうたまらん! 二番槍! いただいた!」
本多忠勝殿が一吠えすると、山菜の天ぷらにかぶりついた。
「ああ~!」
一口で恍惚。
武闘派もイチコロである。
本多忠勝殿が箸をつけると、我も我もと天ぷらを食べだした。
「おお! これは旨いの!」
「いや! こんな旨い物は駿府でも食べたことがない!」
殿も松平元康殿も喜んでいる。
「失礼いたしまーす!」
侍女たちが新たな天ぷらを持って入って来た。
俺は天ぷらを紹介する。
「続きまして、海老の天ぷら! 穴子の天ぷら! イカの天ぷらでございます!」
「おお! 海老だ!」
ミスター・海老すくい酒井忠次殿が大喜びでエビ天にかぶりつく。
穴子の天ぷらも旨い。
冬は脂がのっている。
広間は賑やかな笑い声に包まれ、酒も進んでいる。
天ぷらは大好評!
この場にいるのは、体を動かす武士ばかり。
揚げ物は相性が良いのだろう。
さあ! ハイカロリーを喰らい尽くせ!
そして第三弾! 最後の天ぷらが届いた!
「失礼いたしまーす!」
「最後でございます! ハマグリの天ぷら! 太刀魚の天ぷら! 鯛の天ぷらでございます!」
豪華な食材が続く。
松平家の面々も喜んで食べている。
特に松平元康殿は気に入ってくれたようで、じっくり味わっている。
「竹千代! どうじゃ?」
「大変美味しゅうございます。特にこの鯛の天ぷらが気に入りました!」
おお! 史実でも徳川家康が好きだった鯛の天ぷらを入れて良かった!
殿が所望されたので、余った食材でさらに天ぷらが出された。
みんなが清酒を楽しみ、料理を楽しみ、話が盛り上がったところで酒井忠次殿が立ち上がった。
「今宵は大変旨い物をご馳走になった! お礼に海老すくいを披露いたそう!」
酒井忠次殿が立ち上がると、珍妙なドジョウすくいのような動きで踊り出した。
周りは手を叩き拍子を取ってゲラゲラ笑う。
殿も松平元康殿も、腹を抱えて笑っている。
ああ! 良い夜だ
俺は温かい雰囲気の宴席を楽しみ、宴席の成功に喜びを噛みしめた。





