第40話 同盟への障害
――三日後。
俺たちはそれぞれ情報収集を行い、宿泊先の寺で成果を報告し合うことにした。
最初は俺からだ。
「それがしは若手の家臣を中心に話を聞いてきた。銭のことは、分かっていないようだった」
「まあ、若い連中なら銭勘定に関わっている者はおらんだろう」
藤吉郞が腕を組んでふむふむとうなずく。
戦国時代は計算が出来る者は少ない。
会社でいう経理は勘定方や勘定奉行という役職があり、専門家が銭の計算、やりくりをしているのだ。
若手の家臣では、財政状況はわからないのだろう。
「藤吉郞の言う通りだ。銭の話をしてみたが、どうもピンとこないようだ。織田松平の同盟についてどう思うか聞いてみたが、織田家への反感はある。だが、今川家への反発もあるようだ」
「冷や飯を食わされていたからのう」
「うむ。織田にも今川にも与せず独立独歩でと言う連中もいた。だが、優秀そうなヤツは、どちらかと組むしかないと嘆息していたな」
大勢力に挟まれた小勢力の悲劇だ。
気持ちとしては独立独歩でやりたいが、現実としては織田か今川と組まざるを得ない。
「まあ、でも、みんな清酒は喜んでいたな。清酒の評判は上々だ」
最後に俺が軽い調子で付け加えると、ドッと笑いが起った。
本当に清酒を持ってきて良かった。
普通に面会を申し込んでも断られてしまうのだが、『尾張で開発した新しい酒があるのだが、試しに飲んでみないか?』と誘うと会ってくれる。
酒好きは万国共通。
清酒様々だ。
続いて藤吉郞が話し出した。
「わしゃ、岡崎城下の商人や岡崎城の下働きの者に会ってみた。松平家に銭はないぞ」
「ほう。何かつかんだか?」
「つかむも、何も、すぐに分かったわ。松平家は商人に銭を借りられないか聞いておる」
「借財か! かなり切羽詰まっているな……」
「それに給金の支払いが遅れておる。下働きの者どもは困っておったわ。チョイと小遣い銭を握らせたらペラペラしゃべりおった。岡崎城の蔵にあった米は、今川の城代が駿河に持ち去ったそうじゃ」
「食い物も銭もないと?」
「ああ。何人も同じことを言うとった。間違いなかろう」
俺が思っていたよりも、松平家の財政状況は逼迫しているようだ。
俺は藤吉郞に礼を述べる。
「ありがとう! これで自信を持って交渉に臨める」
「なーに、お安い御用よ!」
藤吉郞がへへへと照れ笑いをした。
続いて又左に話を聞く。
「俺は長坂信政と渡辺守綱ってヤツと稽古してきた」
「ほう! 血槍九郎と!」
丹羽長秀殿が感心した声を出す。
「丹羽殿。血槍九郎というのは?」
「松平清康殿が付けたあだ名よ。一騎当千の強者。戦場での見事な槍働きで有名な男よ」
「それは手強そうな……。又左、強かったか?」
「ああ、強かった。結構な年だと思うが、まったく歯がたたん。渡辺守綱は若いが将来有望だな。二人とも強い。俺一人では抑えられんわ」
もう一人の渡辺守綱は戦国ゲームに出て来た。
後に『槍の半蔵』とあだ名される武将だ。
戦闘力が八十を超える猛将だったので覚えている。
「それほどか……。織田松平の同盟については、何か言っていたか?」
「いや。連中は『続きは戦場にて語り合おうぞ』と言ってた」
「武一筋か……」
脳筋と言おうか、侍と言おうか。
味方になってくれれば頼もしいが、敵になれば厄介なことこの上ない。
俺は丹羽長秀殿に話を向けた。
「丹羽殿はいかがでしたか?」
「家老の酒井忠次殿と話しましたぞ」
「おお!」
酒井忠次といえば、徳川四天王筆頭。
徳川家康が幼い頃から行動を共にした腹心だ。
政戦両略。
個人の武勇にも優れ、愛刀は猪切。
猪を刀で切ったことが名の由来だ。
そして得意な宴会芸は『海老すくい』だ。
「酒井殿に銭の話をしてみたところ、織田家から支援があるなら助かるとおっしゃった。清酒も大変気に入られた」
何せミスター・海老すくいだからな。
酒も好きだろう。
「織田松平同盟の感触は良さそうですね」
「うーん。それがそうでもない」
「と言うと?」
「三つあります。一つは人質。今川家は松平家だけでなく、松平家に臣従する東三河の国人からも人質をとっているそうだ」
「国人からも?」
「十一人いるそうだ。三河国吉田城代小原鎮実が預かっていると聞いた」
「吉田城……。遠江に近い今川方の城ですね」
「そうだ。松平家が織田家と同盟を組めば、人質はみな処刑されるだろう」
「うーん……」
俺は腕を組んで考え込んでしまった。
これは読みが難しい……。
歴史上の徳川家康は非情な決断をしている。
松平元康殿は人質を切り捨てる可能性はある。
だが、東三河の国人はどうだろう?
松平元康殿と行動を同じくして、非情に徹し人質を切り捨てるだろうか?
臣従する東三河の国人が反対したら、松平元康殿は織田松平同盟に賛成出来るだろうか?
俺はしばらく考えたが答えが出なかった。
丹羽殿に他の障害を聞く。
「残り二つは?」
「一つは松平元康殿のご正室だ。今川義元の養女で、昨年跡取りを産んでおる」
「うーん……ご正室の反対があるかもしれないと……」
「うむ。跡取りを産んでいるので、離縁して今川に帰すわけにもいかぬ」
「確かにそうですね。残りの一つは?」
「酒井殿いわく、『織田家は本当に銭があるのか?』と」
「なるほど。織田家の財力を疑っているのですね?」
「その通り」
「わかりました……」
これは思ったよりもハードルが高い。
俺たちは織田松平同盟をどうしたら実現出来るかと頭を悩ませた。





