第38話 オッス! オラ、徳川家康!
――永禄三年九月下旬。
織田家の交渉団が三河の松平家に訪問した。
水野信元殿が上手く渡りを付けてくれたのだ。
松平家に訪問した主立った者は、俺、丹羽長秀殿、藤吉郞の三名と護衛役の又左だ。
俺たち四人は松平家の岡崎城の広間に迎え入れられた。
正面に松平元康殿が座り、左右に松平家の重臣が居並ぶ。
こちらは丹羽長秀殿と俺が並んで座り、後ろに藤吉郞と又左が座る。
ピリッとした空気が広間を包んでいる。
中には露骨に敵意をむき出しにしている者もいる。
無理もない。
桶狭間の戦までは、敵味方に分かれていたのだ。
もっとさかのぼれば、殿の父親織田信秀の時代に、松平元康殿の祖父や父と争っている。
織田家と松平家は様々な遺恨があるはずだ。
俺たち交渉団が無傷で岡崎城に入城出来たことだけでも、物凄いことなのだ。
「――ですので、織田家は美濃を、松平家は遠江を。両家は争わず、それぞれ伸張する。いかがでしょうか?」
丹羽長秀殿が同盟の意義を松平元康殿と松平家の重臣たちに訴えた。
俺は話すのを丹羽長秀殿に任せ、ジッと観察している。
重臣たちから色々と質問が出て、丹羽長秀殿が落ち着いて回答する。
重臣たちの様子を見ていると、真剣に検討しようという意思を感じる。
だが、当主の松平元康殿が何を考えているのかわからない。
腕を組み、目をつぶり、ジッと話を聞いている。
(まさか寝てないよな?)
俺が寝ているのではないかと思うほど、松平元康殿は静かだ。
松平元康殿は数え年で十七歳だが、見た目は二十歳を過ぎて見える。
大人びて見えるのは、苦労をしたからだろう。
長らく織田家、今川家で人質として過ごし、元服してからは今川家の配下として戦った。
桶狭間の戦で今川義元が死に、ようやく独立を果たしたのだ。
苦労人と見るか?
隙を見れば牙をむく油断ならない人物と見るか?
俺は判断に迷った。
今回の独立の手際は見事で、今川軍が今川義元の死によって尾張と三河から撤退した空隙を突いた。
この岡崎城には、今川家の城代がいた。
だが義元の死を知ったことで、城代は駿河に逃げた。
松平元康殿は、空になった岡崎城を家臣たちと占拠したのだ。
(尾張から撤退した後、どこでどうしていたのだろう?)
松平元康殿が率いる三河衆は、水野信元殿の説得に応じ尾張から撤退した。
今川家の本拠地駿河には退かずに、岡崎城に入るのである。
タイミングが良かった? 単なる幸運なのか?
それとも義元の死を十二分に利用した策略なのか?
松平元康殿はリアクションがないので、判断する材料が足りない。
俺は丹羽長秀殿に目で合図をして、松平元康殿に意見を聞くように促した。
丹羽殿が俺の合図に気が付き、松平元康殿に質問をしてくれた。
「我が殿は『吉法師、竹千代と呼び合った仲よ』と申しておりました。同盟に乗り気です。松平様はいかがでございましょうか?」
丹羽殿は柔和な笑顔で松平元康殿にアプローチした。
あくまで殿のご友人にお話ししておりますという友好的な雰囲気だ。
松平元康殿は目をつぶったまま、低くうなった。
「ううむ……」
「お嫌でございましょうか?」
「むう……」
「何か織田家に求める条件がございましたら承ります。ぜひ、お聞かせ下さい」
「うーん……」
丹羽殿が色々質問するが、『うーん』だの『むーん』だのはっきりしない返事が続く。
(言質を取られたくないということかな……?)
俺はあることを思い出した。
松平元康、将来の徳川家康のあだ名は、『三河の狸』だ。
(焦ってもしょうがないな……)
俺は長期戦を覚悟して、丹羽殿に合図を送った。
「それでは、ひとまず下がらせていただきとう存じます」
「うむ……。ご苦労であった……。ゆっくり休んでくれ……」
俺たちは松平元康殿の前を辞した。





