第36話 お市に叱られ喜ぶオッサンたち
俺は藤吉郞と丹羽長秀殿に支えられて広間を後にした。
「イテテ……」
「まったく! 爽太は! 何であんなに怒ったんじゃ!」
「藤吉郞がバカにされたからだ」
「バカにさせておけばええんじゃ! 相手は柴田様じゃぞ!」
「仲間をバカにされて黙っていられるか! イテテ……大きい声を出すと響く……」
藤吉郞が小さな声で『ありがとよ』と照れくさそうに礼を述べた。
柴田勝家殿はさすがに強かった。
俺は体を鍛え、武芸の稽古も続けてきたが、柴田殿の方が何枚も上だ。
体格差で互角に戦えたに過ぎないだろう。
俺はさらに自らを鍛えようと強く誓った。
「まあ、武将は血の気が多いですからね。喧嘩になるのは仕方ないでしょう。ただ、家中で殺し合いはいけませんよ。又左のように大問題になりますからね」
「気をつけます。ご忠告忝い」
丹羽長秀殿が、穏やかな口調で俺をたしなめた。
俺は素直に礼を述べる。
清洲城の廊下を二人に支えられて歩いていると、前の方から女性の一団が歩いてきた。
殿の妹、お市様だ。今日も麗しい。
お市様は俺を見ると、驚き急ぎ足で近づいて来た。
「浅見! 怪我をしているではありませんか! どうしたのです!」
「はっ! 柴田殿と喧嘩になりまして……」
「物凄い音がしたから何事かと思えば……。まったく何をやっているのですか! こっちへ来なさい!」
お市様は俺たちを近くの空いている部屋へ入れると、付き従っている侍女に何事が命じた。
すぐに次女が薬の入った箱を持ってきて、お市様は手慣れた手つきで俺に薬を塗り始めた。
お姫様に手当をさせて良いのかな?
俺は恐縮しながら、お市様に聞いてみた。
「お市様。臣下にこのようなことをして不味いのでは?」
「何も不味くありません。織田家は武家ですよ。昔は毎日のように兄様の傷に薬を塗っていました」
「はっ……左様ですか……ありがとうございます」
お市様は視線を動かさず俺の傷や痣を見て、顔や腕に薬を塗る。
お市様の真剣な眼差し。凜々しく美しい。
すぐ近くで見られて眼福である。
(こりゃあ、治癒効果が高いな!)
細く白い指がすっすっと薬を塗り、最後に布を巻いてくれた。
「はい。お終い。安静になさい」
「ありがとうございます! 養生いたします!」
俺が頭を下げ、お市様から離れると、横から藤吉郞がズイッと出て来た。
「あいたたた~! お市様! サルめも薬を塗って下され!」
「まあ! サルもケンカをしたのですか?」
「いえいえ! 爽太と柴田様のケンカを止めようとして巻き添えを食ったのです」
「それは大変ね。傷を見せて」
藤吉郞は鼻の下をべろーんと伸ばしている。
しょうがないなと苦笑いしていると、何と丹羽長秀殿も笑顔でお市様のそばに座った。
「あの~お市様。私も怪我をしてしまいまして……」
「まあ!? 丹羽も!? 大変な喧嘩だったのね! 順番にするからお待ちなさい」
「「はーい!」」
美少女には誰しも弱いのだ。
結局、三人仲良くお市様に薬を塗ってもらった。
お市様はクスリと笑って、俺たちを叱った。
「家中で喧嘩はいけませんよ」
「「「はーい」」」
俺たちは素直である。
まったくしょうもないオッサンたちである。





