第29話 強固な今川旗本集団
桶狭間の戦――戦場は大混乱していた。
俺たち浅見隊は、『今川義元が逃げた!』と叫びながら、馬で逃げる義元を追う。
だが、敵味方が入り乱れている。
「浅見殿!」
「池田殿!」
馬を寄せ声を掛けてきたのは、池田恒興殿だ。
「今川義元が逃げおおせたのか?」
「そこにおる! 旗本に囲まれたアイツだ!」
俺は手にした刀で、馬上の今川義元を指した。
「三百か……」
池田恒興殿は、今川義元を守る旗本が三百騎と判断した。
織田軍は二千だが、あちこちで戦っている。
となれば、追撃しながら兵を再集結させて千……いや、五百が良いところか?
そもそも織田軍の兵力は少ないのだ。
奇襲が成功したとはいえ、旗本でがっちり守りを固められては辛い。
「浅見殿! 足軽を頼む!」
「承った! 池田殿は?」
「横から仕掛ける!」
「おうさ!」
池田殿はその場で追撃部隊を再編し、騎馬三十騎を率いることになった。
俺は手近な足軽を五十人かき集めた。
そして浅見隊は……二十人に減っていた。
敵にやられたのか、乱戦ではぐれたのか……。
俺は生き残ってくれよと祈った。
小頭の甚八が駆け寄ってくる。
「兄貴! 刀がダメになってますぜ!」
甚八に言われて気が付いた。
俺の刀は刃こぼれし、曲がっている。
乱戦で刀を滅茶苦茶に振り回した。
俺の刀は、敵の鎧や槍とぶつかりこのザマである。
「兄貴! 槍を!」
小頭の甚八が槍を差し出した。
「良いのか?」
「へへ。拾ったもんです」
しっかりしているな。
俺は曲がった刀を無理矢理鞘に収め、甚八が差し出した槍を握った。
「ありがたく使わせてもらうよ。ありがとう! 甚八!」
「お安い御用でさぁ!」
俺は七十人の兵士に下知する。
「これから今川軍本陣を追撃する! 狙うは今川義元の首だ! 義元以外は目をくれるな! 先頭は浅見隊! 続け!」
「「「「「おお!」」」」」
俺が駆け出すと、小頭の弥平と甚八がピタリとついてくる。
浅見隊の生き残りが続き、かき集めた足軽五十人がついてくる。
逃げる今川義元と旗本たち。
だが、敵味方が入り乱れた戦場で三百人の集団は、なかなか前へ進めない。
通勤ラッシュのターミナル駅みたいなものだ。
俺たち浅見隊が今川義元の旗本集団の後衛に食らいついた。
「続け! 義元の首はそこだ!」
「御大将に続け!」
「突撃だ! 兄貴に続け!」
小頭の弥平と甚八が声をあげ、まず浅見隊が突っ込んだ。
続いて足軽五十人が続く。
旗本集団三百人は精鋭らしく、非常に手強い。
浅見隊の隊員が二人斬られるのが見えた。
俺は槍を上から叩きつけ、突き入れ、今川軍の旗本を一人倒した。
「織田家中にその人ありといわれた浅見爽太! 今川義元殿! いざ尋常に勝負! 勝負!」
俺は注目を集めるために大声を上げた。
俺に敵味方の視線と敵の攻撃が集中する。
(タイミング! バッチリ!)
池田殿の騎馬三十騎が横から突っ込んだ。
三百に対して三十だが、今川軍は完全に虚をつかれた。
「横だ! 防げ! 槍衾!」
今川義元が焦りをにじませた声で旗本たちに下知する。
池田殿は無理に戦わず、円を描くように馬を操り、今川軍の陣形を崩した。
崩れたところに騎馬が突撃し傷口を広げる。
池田殿が部分的な優勢を作ったことで、今川義元の旗本集団が浮き足立つ。
(チャンスだ!)
俺は敵の槍をかいくぐり、強引にショルダーチャージをかました。
敵の旗本が吹き飛ぶ。
「押せ押せ! 攻め時ぞ!」
「おう!」
「おうさ!」
浅見隊から力強い声が返ってくる。
だが、今川義元の旗本集団は手強い。
俺と池田殿は上手く連携して旗本集団の陣形を崩したが、今川義元の首には届かなかった。
今川義元は、さらに後退する。
「くそっ! また逃げるか!」
俺は地団駄を踏む。
「爽太!」
「殿!」
織田木瓜の旗をひるがえして、兵を率いた殿がやって来た。
「義元は?」
「あれに!」
「追うぞ!」
「はっ!」
殿、池田殿、俺の三人で今川義元をさらに追撃した。





