第27話 桶狭間の戦
雹が降る中、俺たち織田軍二千は桶狭間に向かって駆け出した。
東海道から南に外れ、桶狭間山を回り込む細道をしばらく走ると、パッと視界が開けた。
桶狭間山の麓にある開けた場所――ここが桶狭間だ!
(いた!)
丸の内に二つ引両――円の中に『二』の文字を描いた今川家の旗印が多数見える。
今川軍である。
今川軍は漫然と散らばっていた。
兵士の姿はまばらで、多くの兵は木の下に入り雹から逃れようとしている。
殿の大声が響いた。
「恒興!」
「はっ!」
「先陣は浅見隊! 突っ込ませい!」
「承知!」
殿の下知が響く。
殿は陣形を整えるよりも、奇襲効果を最大限に生かす決断をした。
降り続く雹に紛れて、義元本陣に接近するのだ。
俺は手にした槍を掲げ浅見隊に指示する。
「俺たちが先頭だ! 前へ出るぞ! 続け!」
「「「「「おう!」」」」」
俺が走る速度を上げると、浅見隊の隊員たちがピタリとついてくる。
訓練の成果に嬉しくなる。
殿が馬の足を緩めた。
俺たち浅見隊が殿の脇を走り抜ける。
殿が俺を見てニヤリと笑った。
俺が作戦立案をしたから、浅見隊に先陣を与えるということだろう。
『オマエが立てた策だ! きっちり義元の首をとってこい!』
そんな無言の檄を殿の視線から感じた。
俺も殿に笑い返し先頭に出た。
俺は走りながら、義元の本陣を探した。
何といっても二万の大軍である。
片端から戦うわけにはいかない。
ピンポイントで義元を狙わなければ、この奇襲は成功しない。
(どこだ?)
雹で視界が悪い上に走りながらなので、今川義元本陣がなかなか見つけられない。
もう、そろそろ今川軍も俺たちに気が付いて戦闘になる。
「くそ! 義元はどこだ?」
「爽太! あれじゃないか?」
俺のすぐ横を藤吉郎が走っていた。
藤吉郎が指さす先は、陣幕が張られ輿が見えた。
陣幕のそばには、櫛の形をした旗印――赤鳥紋が立っている。
「藤吉郎! よくやった! あれだ! 今川義元だ!」
間違いない!
今川義元は輿に乗っていたのだ。
今川義元は、あの輿のそばにいる。
俺は槍をかざし、進むべき方角を示す。
「義元は! あそこだ! 輿のそばだ!」
「「「「「おお!」」」」」
浅見隊の隊員が吠える。
俺は又左を呼んだ。
「又左!」
「おう!」
「一番槍を付けろ!」
「良いのか?」
一番槍は名誉ある戦功だ。
又左は俺に『一番槍を』と言われて驚いている。
又左に手柄を立てさせれば、前田利家として正式に復帰出来るかもしれない。
何せ後の加賀百万石なのだ。
いつまでも、浅見又左衛門では不味いだろう。
「浅見隊を鍛えてくれた礼だ! 遠慮せずやれ!」
「ありがとよ!」
又左が大きなストライドで走り、浅見隊の先頭に立った。
鎧の上から青く染めた花柄のアロハシャツを羽織って、朱槍を担いだかぶき者。
今川軍は、もうすぐそこだ。
輿の近くに立つ兵士の顔がハッキリ見えた。
今川軍の兵士も俺たちを視認して驚いている。
「おっ……おい!?」
「な、なんじゃ!?」
又左が長大な朱槍を思い切り振り下ろした。
「浅見隊の又左じゃ! 一番槍ぃ! もらったぁー!」
又左の朱槍は、恐れおののく今川軍の兵士を叩き潰した。
池田恒興殿の声が後ろで響く。
「浅見又左衛門殿! 一番槍を見届け申した!」
続いて殿の鋭い声。
「者共! かかれ!」
織田軍二千が今川軍二万に襲いかかった。





