第26話 桶狭間へ
――午前十時頃。
俺たち織田軍は善照寺砦の兵士と合流し軍勢が二千になった。
善照寺砦には佐久間信盛殿が少数の兵士と立てこもり守りを固めた。
二千の織田軍は、今川義元の予測進軍ルートへ向けて移動する。
移動する間にも続々と情報が入ってくる。
池田恒興殿が騎馬を中心に物見の部隊を編成して各地へ散らしているのだ。
馬が帰ってくる度に、新しい情報が入ってくる。
「申し上げます! 丸根砦にて佐久間盛重様お討ち死に! 丸根砦は陥落! 兵士は逃散いたしました!」
「鷲津砦が落ち申した! 飯尾定宗様と織田秀敏様が討ち死に! 飯尾尚清様が敗兵と共に逃げております!」
まず敗報。
丸根砦と鷲津砦は、今川義元を油断させるための囮役であった。
こうして敗死の報に接すると、胃袋に鉛を突っ込まれたような重さを感じる。
殿も眉根を寄せて一瞬だけ沈痛な表情をした。
だが、将兵の手前すぐに冷静な表情に戻した。
――午前十一時頃。
騎馬が土煙を上げて近づいてくる。
池田恒興殿配下の物見だ。
騎馬は滑り込むように、殿の近くで停まり大声で報告した。
「申し上げます! 今川義元率いる本隊は、沓掛城を出てから西へ進み、その後南へ下っております」
義元本隊の動きを物見が掴んだ!
殿と池田殿の表情がグッと引き締まる。
俺は頭の中で今川義元本隊の動きを追う。
義元がいるのは、俺たちの東南……つまり……!
俺は殿に向き喜びを抑え低い声で告げた。
「殿! 桶狭間の方へ義元が動いておりますぞ!」
「爽太の読み通りであるか! 掛かったな! 義元!」
殿が肉食獣のような獰猛な笑みを見せた。
織田信長という猛獣が獲物を捕捉したのだ。
織田軍は南下を続ける。
――午後一時頃。
太陽は真上から傾きだした。
五月なのに少々肌寒い。
午前中は日が差していたが、午後になって曇りがちだ。
俺たち織田軍は、ヒタヒタと今川軍に近づいている。
手越川沿いの東海道を桶狭間山を回り込むように進む。
恐らく義元は、この桶狭間山の向こうにいる。
我ら織田軍の気配は山に遮られているはずだ。
だが、これ以上接近すると今川軍に気が付かれる。
気が付かれれば奇襲の効果が薄れてしまう。
十数人の少数であれば気が付かれないが、十数人で二万の大軍に突っ込んでは全滅してしまう。
やはり二千は欲しい。
歴史ゲームのイベントムービーでは、山を一気に駆け下りる織田軍が描かれていたが、いざ実戦となるとゲームのようにはいかない。
俺は歴史知識がある。
だが、細部までは知らない。
どうやれば今川軍本陣に織田軍二千を突撃させられるのか?
分散するのか?
それとも全軍で押し込むのか?
俺は頭を悩ませた。
空がゴロゴロ鳴り出した。
辺りが暗くなりカツカツカツと硬質な音が響く。
兵たちが驚いて声をあげた。
「なっ! なんじゃ!?」
「氷だ!」
「雹じゃ! 雹!」
突然、雹が降ってきたのだ。
俺の背中に電流が走った。
(そうだ! 織田信長が今川軍へ襲いかかる時、天気が急変したんだ!)
つまり、今、このタイミングで仕掛けるのがベスト!
俺は殿の馬に寄った。
「殿! これぞ神仏のお導き! 今川軍もこの雹に驚き混乱しているに違いありません!」
「うむ! 恒興! 今川本軍の居場所は?」
「お待ちを!」
殿の問いに池田恒興殿が馬上から答えた。
池田殿は物見をこまめに出して、今川軍の位置を把握している。
池田殿が徒歩の物見を手招きする。
「申し上げます!」
「申せ!」
「今川軍は桶狭間にて休息中!」
「殿! 桶狭間です! ここから一息の距離ですぞ!」
池田殿の報告に、殿からムラッと気が立ち上る。
殿が馬上から兵たちに吠えた!
「者共! 聞けや! 敵はこの先! 桶狭間にあり! 狙いは今川義元の首じゃ! 他には目をくれるな!」
「「「「「おお!」」」」」
雹が降り注ぐ中、兵士たちが殿の檄に応える。
「我に続け!」
殿は馬にムチを入れ、雹が降る中先頭を駆け出した。





