第18話 提灯持ちのサンバ(木下藤吉郎登場)
最近、浅見隊に出入りする人物の名は、木下藤吉郎。
小柄な体、くしゃくしゃの笑顔。
多分、彼が後の豊臣秀吉であろう。
木下藤吉郎は、又左の向かいに住んでいて仲が良いらしい。
浅見隊の活躍を聞きつけ、勝手に同行するようになった。
正直、戦では使い物にならない。
激弱である。
だが、気働きが得意な男で、出先で食料や水を調達してきたり、助けた商人と礼金の交渉をしたり、厨を預かる富さんを助けて肉や野菜を安く手に入れたりと、ロジ担――ロジスティクス担当、補給担当――のような動きをしている。
俺がやっていた仕事を木下藤吉郎殿がやってくれるので、俺としても助かる。
俺から殿にも許可をもらって、木下藤吉郎殿に浅見隊の手伝いを正式にお願いした。
さて、今日は清洲城から離れた山間で野盗狩りだった。
五人の野盗を捕えて清洲城に連行する。
俺は帰りの道すがら木下藤吉郎殿に、足軽確保の相談をもちかけることにした。
「木下殿」
「いや~浅見様。私なんぞに『殿』は無用ですよ。藤吉郎でも、サルでも、何でも、気軽にお呼び下さい」
木下殿は、下から下から入ってくる。
思わず気を許してしまいそうだ。
さすがの人たらしである。
木下殿は農民の子だ。
お父上は足軽として何度か戦場に赴いたそうだが、いわゆる農民足軽なので、特に出世もせず畑仕事で生涯を終えたそうだ。
木下殿は立身出世を夢見て、遠江――静岡県に行ったが上手く行かず。
最終的に織田弾正忠家で殿に気に入られ、草履取りの小者から台所奉行に出世した。
だが、木下殿はさらなる出世を希望している。
織田家で高いポジションにつくには、戦で手柄を上げる必要がある。
そこで、実戦に近い活動をしている我ら浅見隊に接近したというわけだ。
木下藤吉郎は自分のことを呼び捨てろと言うが、木下藤吉郎といえば、後の豊臣秀吉、太閤である。
『やい! 藤吉郎!』
などと呼んでいたら、木下殿が出世した時に何をされるかわからない。
ここは丁寧に接して良い関係性を作らねば。
それに……本能寺の変だ。
本能寺の変には、いくつか説がある。
明智光秀の単独犯説、朝廷黒幕説、そして羽柴秀吉黒幕説だ。
織田信長が死んで、一番得をしたのは誰か?
羽柴秀吉である。
だから、犯人は秀吉では?
という説があるのだ。
羽柴秀吉黒幕説の真偽のほどは不明だが、木下殿には注意して接しなくてはならないだろう。
さて、下から入られたからには、俺も下へ……。
「いやいや、木下殿は台所奉行です。奉行ですよ! 奉行! 呼び捨てになど出来ません!」
「何をおっしゃいます! 奉行っつーても、台所の女房衆の機嫌を取って、野菜やら魚やらを買うだけですわ」
「ご立派なお役目! さすがです!」
「いや、参りましたな!」
木下藤吉郎は顔をくしゃくしゃに笑う。
嬉しそうである。
まあ、このくらいはな。
タイマーであちこちバイトに行っている頃は、やっかいな店長やバイトリーダーを相手にしてきたのだ。
ちょっとヨイショするくらいは、生きていく上での潤滑剤だ。
「ですが、私は農家の出。浅見様は板東武者じゃありませんか! 身分が違いますよ!」
さすが木下藤吉郎である。
ヨイショ返しをしてきた。
ならばへりくだり返しである。
「いえいえ。尾張では所詮余所者です。尾張出身の木下殿は、殿に大層気に入られているではないですか! さすがです!」
「何をおっしゃいますやら! 殿の一番のお気に入りは浅見様であると、もっぱらの噂ですよ!」
「いやいや、それは」
「いえいえ、それこそ」
俺と木下殿は、提灯を持ち合い、ヨイショの撃ち合い、へりくだりの返し合いを続ける。
周りの人は聞いていて、気持ち悪かったのだろう。
浅見隊の連中が徐々に俺と木下殿から離れていった。
見かねた又左が割り込んで来た。
「オマエらいい加減にしろ! 爽太、藤吉郎とお互いを呼べ! 決定だからな!」
「「……」」
俺も木下殿も苦笑いである。
確かにキリがない。
俺は又左の提案に乗ることにした。
「では、改めて藤吉郎。相談があるのだが?」
「なんじゃい、爽太」
「実は浅見隊の足軽を増やしたいのだ」
「ほうほう! それはええ!」
「どうやって人を集めようか?」
「ワシに任せておけ! おっ! 村があるの! そこの村で休むとしよう!」
俺は藤吉郎に任せてみることにした。





