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08

 ――あれから3ヶ月


 それからネリネはM42を拠点として活動するようになった。食料に関しては相変わらず野草が中心であったが、M42がサバイバル術を教えると蛇やネズミを中心とした小動物なども罠を用いて捕まえられるようになった。さらにゴーグル上に刃を通す線や内臓の位置、毒腺などの情報を投影表示することで、当初は料理など行ったことが無かったネリネも今ではウサギ程度の解体なら行えるようになった。

 あれからネリネは塩が不足した時と情報が必要なとき以外家には戻っていない。その塩についても気付かれないよう盗んできている。M42もその行為を黙認した。と言うより、各種センサー類を用いて手助けしていた。ゴーグル越しに村人を確認したがあいにく味方では無かった――と言っても敵でも無い。本来の『未確認』となっていた。そのため唯一の『味方』であるネリネに加勢することはある意味当然と言えた。


 勉強の方は意思疎通が可能となったところでモニター上の表示が音声でガイド出来るので、それでネリネに教えている(スピーカー関係のスイッチもオンにした)。結果、何と短期間で文字を覚えてしまった(ややこしい言い回しこそ無理だが)。ナノマシンによる補助効果の影響も大きいのだろう。同時にVR空間上にてM42の各メンテナンス訓練も行った。M42は兵器としてある程度のメンテナンスフリーを実現しているが全く必要ないというわけでは無い。

 ゴーグルとチョーカーの個人通信端末は車体のコンピューターをつなげることで仮想空間を構築できるほどの性能を誇っている。VR上で訓練を行い実車(M42)を使い比較的簡単な実習を行わせた。今のところネリネは器用にこなしている。

 問題も勿論ある。8才という肉体の非力さだ。それにより簡単なメンテナンスなどはともかく多少力の必要なことになると途端に不可能となる。


 M42戦車の方だが、この世界にこのような兵器は存在しないらしい。今時、地球上で戦車の存在を知らない者など居ないだろう。山奥の少数部族も携帯電話を使用している時代だ。試しに装甲車、戦闘機、軍艦など色々な軍事兵器をモニターに映像付きで教えたが、ネリネは見たことも聞いたことも無いらしい。


 彼女が無知な子供であるならばまだ良い。問題は事実であった場合であり、その可能性が非常に高い。


 以上の事からM42は現在位置は地球では無いという判断を既に下していた。


 だた、そう考えた場合、奇妙なのは地球と一致する部分である。

 この世界は地球と異常なほど似通っている。動植物こそ未確認の物が多数存在するが、1日の時間、重力加速度、大気成分等などが地球と一致している(大気成分に関しては酸素濃度が若干高めではあるが)。そして何より『言語』と『スキル』。

 ネリネが使用しているのは日本語だ。村に行き文字などの情報収集も行ったがやはり日本語であった。

 『スキル』については正直よく分からない。ネリネからは『神から授けられる奇跡である』と聞いた他、教会の水晶で鑑定なる物が出来るそうだが。ネリネがいるのでM42は自身が確認する機会はあるだろうと考えた。

 そしてネリネの持つスキル『指揮官(無機物限定)』。これが機械であるM42戦車のコンピューターの何か(・・)に作用して初対面であるのに味方と誤認させたのだろう。


(まあ認めるしか無いよなぁ。異世界転生ってやつか? 使用言語が日本語なのはご都合主義というヤツか、スキルはゲームか何かが元になっているのか…………というか、こんなことを考えるとか、戦車のAIじゃないよなぁ)


 M42は思い出せないが、なんとなく前世(・・)は若い男性だったのでは無いかと思った。



****



 ネリネにとってみればM42は自身の生家以上に居心地が良い場所だ。さすがに居住性が良いとは言え家に比べれば狭いし天井も低い。それでも、心地の良い椅子ただのシート、快適な車内温度(クーラー類による)、鋼鉄の家(鉄では無い)、毛布も新品(野営セット)。そして何より友達(M42戦車のAI)がいる生活。まさに今までで一番生き生きとしている時間であったと言えよう。

 風呂とトイレは勿論無いがそもそも生家にも風呂はなく水浴び程度、便所はただの穴なのであまり気にならない。M42は衛生管理に関してかなりうるさく言ってきたが、なぜ清潔にする必要があるのかを丁寧に教えてくれた。結果、家にいるときよりも清潔に気を遣うようになっていた。幸い水魔法だけで無くM42が停車している近くで小さな湧き水を見つけることが出来たという事も大きかった。水の需要に応えられるだけの量を確保できたのだから。

 自分に危害を加えようとする者が居ない、安息の場所。安心して眠れる場所であったが、それでも眠れない夜にはM42が音楽を流してくれる。今まで生きてきた中で一番居心地の良い場所であった。


 個人用端末ゴーグルとチョーカーは鑑定スキルと遜色ない結果を発揮し、食用に適した草とそうでないものを見分けAR表示してくれる。この世界における鑑定スキルを分かりやすくしたようなものだ。カメラの観測データと過去のデータによる物で、『未知』の物に対しては正確性に劣るがそれでも非常に過ごしやすくなったのは言うまでも無い。M42側も小回りのきく遠隔操作端末とも言うべきネリネの存在によりデータを絶えず更新できると言うことで相互依存の関係が成り立っていた(本来この戦車のコンピューターは子機となる人間が動き回り周囲の状況を観察、戦車に搭載されているコンピューターで分析、判断。それを各兵士にフィードバックするという方法で運用される。ネリネとM42もこの正規の運用に基づいた物なのだが、ネリネは少女でAIは妙に人間くさいと言うことで、本来の使うネリネと使われる側(M42)の関係がゆるいものとなっていた。)。


 動物類の痕跡なども正確に把握し、罠の仕掛け方もレクチャーされたネリネは小動物類を徐々に食料に出来るようになり、塩などの一部を除き、飢える事は非常に減少した。


『蛇の痕跡があります。ここに罠を仕掛けるのが良いでしょう。』

「はい、分かりました」

『正確な位置と罠情報を表示します』

「ありがとうございます」


 スリングやパチンコの類いも教えたのだが8歳の少女が使うと少々威力不足となり、現在は罠が一番安全、安定して成果を上げられるものとなっている。


 このように、通信により絶えず正確な情報が伝えられ8歳で学がなく経験も浅いネリネにとってM42は友達であり先生であった。

 お互いに妙に丁寧口調であるがネリネは人から避けられていたため少々気が弱いところがある。

尚、M42はネリネが自分より上官に当たる人物として登録されているから――という訳では無く、フランクなことを思っていても、なぜか丁寧な口調に変換されてしまうという妙な仕様が原因である。



 M42は高性能戦車だ。搭載されている電子機器はAIに人格を持たせることすら可能にしている。

 携帯端末は暗視センサーや赤外線センサーの機能もあるし、AR/VR技術による装着者への補助機能、通信機能からバイタルチェック等高性能な端末だ。

 ただそれでもそれらは戦車一台に搭載できる程度の物でしか無く、本格的な検査機器と比べれば見劣りする物だ(軍用として用途が限定されていると言う事もある)。


『不明です』

「先生でも分からないのですか?」

『ネリネ車長、私は先生ではありません。M42です。』

「分かりました先生……後、私もネリネです」

『……まあいいです』


 その高性能端末、さらに戦車に搭載されている各種センサーでも魔法という物がどういう現象か解析できなかった。

ネリネに魔法を使ってもらい、それを観測した。水を出せば周囲の温度が下がる、熱変化は検知できる。風を起こせば大気が動く、空気の動きは検知できる。ただその前兆となるエネルギーがどこから来ているのか等が全く不明だった。結果M42としては魔法に対して予防が出来ない事になってしまった。対処なら問題ないのだが。


 魔法に関しては引き続き対応が必要だが、直近では特に問題ない所か、M42に取ってみればネリネが魔法を使える事はありがたいことだった(ネリネにとっても言えることだが)。


 特に水魔法は飲料水を確保できる他、体を拭いたり洗濯をしたりも出来る。M42もネリネの水魔法で車体を洗って貰うことがあった。


 ――ゴシゴシ


「先生は大きくて固いですね」


 そう言いながら、車体をブラッシングして砂汚れを落としていく。一通り掃除し水を流せばピカピカの車体がそこにはあった。


「男の子がいう格好いいとかよく分らなかったんですけれど、先生は格好いいです」

『ありがとうございます』


 ネリネは最近笑顔が増えてきた。多少ビクビクしているがそれは性格的な物であり、M42側と距離を測りかねていたという事だろう。ある程度話をするようになればネリネはM42を警戒することは無くなった、それでも気の弱い部分はそう簡単に治ったりしなかったが。


 ネリネはM42に初歩的な物理や化学の事を学び始めた。これはネリネの『錬金術師』のスキルに関連してくるからだ。頼まれたM42は承諾した。『錬金術師』と言うスキルについての説明を聞いた際に物質を変化させ簡単な物に作り替える事が出来ると聞いた。つまり化学変化などを魔法により化学変化の必要な物質を精製可能にすることが出来る可能性があるからだ。もしかしたらM42戦車の部品も製造出来るかも知れないと考えた。ただし、その域にまで持って行くまでにどうすれば良いのか、『スキル』について触れることが初めてであったM42はとりあえず可能なこと――知識を教えておくことにした。


 同時にネリネは車長という位置づけであった為、戦車兵の即席訓練を受けさせた。AR/VRを用いた各種知識の習得から、シミュレーション訓練まで様々なものを教え込んでいった。

 特に顕著であったのは戦車の操縦技術で有りコンピューター上の仮想訓練とは言えたった3ヶ月でいっぱしの戦車兵並の腕前になっていたことである。本来このM42戦車は3名での運用を想定している。仮想人格によるサポートがあったとは言え1人で戦車を運用し最高スコアを更新した彼女は客観的に見れば天賦の才の持ち主であろう。

 まあ、実際にはスキルやナノマシンの補助のおかげであるのだが。


 M42戦車内にあった個人用の武器はサバイバルナイフにオートマチックのコンパクトサブマシンガンや拳銃程度であった(工具類は省く)。|コンパクトサブマシンガン《PDW》やオートマチックピストルは戦車兵の個人防護火器であろうが、管理が厳格な日本で戦車内にサブマシンガン等を置いたままにしておくのかと言う疑問は残るところである。

 同じようにネリネは拳銃などについても最初に原理と操作説明を受けると、VR空間上で射撃の訓練を受けた。その結果はあまり芳しくはない。単純に8才の少女では銃の反動を受け止められず1発目以降の命中率がダダ下がりとなってしまうからだった。


 さて、そういった教育をネリネに施しているM42であるが問題は補給が無く、銃火器については弾薬類が無くなればただの鈍器に成り下がる点であった。そのためネリネも実射は行っていない。

 尚、戦車の主機は軍用の小型核融合炉であり燃料は水である。そのため、補給は容易である。何なら、ネリネも魔法で水を生成できる。しかし、主砲や機銃については弾薬は満載の状態となっているが補給の目処は無い。


 弾薬や応急キット他備品類が満載の状態で有り整備状態も良好という、ある意味このようなことになる事を予期していたのではないかと思われるほどであるが、その件については想像の域を出ない。

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