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取返し
「――もし、もっと宮廷に近づくのなら」
予測でも予言でもない。
単に事実を指摘する口調だ。
「あなたは、数人の為だけの生ではなくなる。ことによっては人々の暮らしも、ロシアそのものも背負うことになる。――それでも、モスクワで暮らせるつもりなの」
さすがに今度は、即答できるようなことじゃない。
「――買いかぶりだよ」
少しだけ経って。
ようやく、僕は間をとろうとする。
「何も宮廷を乗っ取るようなつもりじゃない。あくまで僕は、皇后の――」
「ユーリ」
またしても、僕は制される。
「それはあくまで、あなた一人で行ったときのことでしょう。私たちが一緒に行ったなら……いいことかどうかまでは分からない、でも多かれ少なかれ、影響は与えざるを得ない」
彼女は、ついていくかどうかを聞きはしなかった。
おそらくは、戻れない道を渡る行為であること。
僕にその自覚があるのか否か。
彼女はただ、そのことだけを問うていた。




