頼まれごと
「おお、そうだ、一つ頼まれてくれねえか」
「内容にもよりますが」
たとえば“この爆弾を王宮に”などと言った頼み事なら無理だ。
目の前の男には、重々しいことでも気軽に頼みかねない雰囲気があった。
「大したことじゃねえ。エフゲニーによろしく言っておいてくれ」
「――王室主治医の、ですか?」
確認するように、僕。
正直なところ、かなり意外ではあった。
いったい、どう言うつながりがあるのだろう。
「それは構いませんが……」
「ああ、ミハイルで通じるさ。奴とはペテルブルクで同窓だったからな」
その名前には聞き覚えがあった。
モスクワか、それともサンクト・ペテルブルクか。
ロシアで一、二を争う、名門中の名門大学だ。
恐らくは、この19世紀末でも。
「一応聞きますけど、これ、何かの合図とかじゃないですよね?」
「まあ、言った瞬間死ぬようなことは無えよ」
おどけたように、男。
少しだけ、僕は考える。
顔見知りに、単に「よろしく」を伝えるだけ。
これより簡単な頼まれごとはと言うと、かなり考えづらい。
「分かりました」
「おお、すまねえな。今度こそ、じゃあな」
「――ええ」




