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旅行
「いえ、こちらこそ済みません。過剰反応かとは思いましたが」
そのとき、僕の虫の居所が悪かったのは確かだ。
けれども、気に食わなかったのもまた本当だった。
都会には――あくまで19世紀末の、だが――いろいろな物がある。
立派な建物がある。列車がある。大きな、年中開かれている市場がある。
「何しろ、田舎にでは医者一人見つけるのも一苦労でしてね」
何より、街には病院がある。
具合の悪くなった子供を、すぐ連れて行ける場所に病院が。
必然、きちんと効果のある薬が用意されてもいる。
もちろん保険制度がまだ整備されていない以上、基本的にかなり高価ではあったけれど。
――そう、“薬”を求めるために、僕は馬車に乗っている。
より正確には、薬の原材料となるものを手に入れるために。
今の今まで、僕は何度も空振りを繰り返していた。
今回の噂は、首都トリビシ近郊でのものだ。
たくさんの牛が熱を出しているという噂。
僕の目的は、病気にかかったその牛だった。




