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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1896年、グルジア
33/350

歩行

 100年以上前のグルジアに来て2年。

 日本にいたときと比べて、体力はそこそこついたつもりだ。

 それでも数百㎞を歩くとなるとかなり、いや相当つらい。

 ましてや、この辺り一帯は山がちなのだ。

 つまるところ、都会――と言ってもあくまでグルジアの、だが――に出るには馬車を使う以外ない、と言うことになる。


「はいよ」


 一瞬振り向いたが、これは僕に向けられたものではなかった。

 先程、僕が新聞を回した男が、さらに隣へ新聞を渡していた。

 新聞はもう一度回って来るかも知れないが、いったい何時間後のことだろう。


 時間つぶしを諦め、僕はカバンからグルジア語辞書を取り出した。

 酸性紙でできた本は、古ぼけて手あかがついている。

 辞書とは思えないざらついた紙の手触りに、僕は母国の漫画雑誌を少し思い出していた。


 ひょっとしたら、あの紙も酸性紙だったのだろうか。

 保存に優れる中性紙が用いられるようになるのは、今から50年以上後のはずだ。

 逆に言うなら、保存する必要が薄いなら酸性紙でいい、と言う考えもあり得るだろう。


 一人旅の心細さがあったのかも知れない。

 でもまさか、紙の手触りひとつで母国を意識しようとは思わなかった。

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