歩行
100年以上前のグルジアに来て2年。
日本にいたときと比べて、体力はそこそこついたつもりだ。
それでも数百㎞を歩くとなるとかなり、いや相当つらい。
ましてや、この辺り一帯は山がちなのだ。
つまるところ、都会――と言ってもあくまでグルジアの、だが――に出るには馬車を使う以外ない、と言うことになる。
「はいよ」
一瞬振り向いたが、これは僕に向けられたものではなかった。
先程、僕が新聞を回した男が、さらに隣へ新聞を渡していた。
新聞はもう一度回って来るかも知れないが、いったい何時間後のことだろう。
時間つぶしを諦め、僕はカバンからグルジア語辞書を取り出した。
酸性紙でできた本は、古ぼけて手あかがついている。
辞書とは思えないざらついた紙の手触りに、僕は母国の漫画雑誌を少し思い出していた。
ひょっとしたら、あの紙も酸性紙だったのだろうか。
保存に優れる中性紙が用いられるようになるのは、今から50年以上後のはずだ。
逆に言うなら、保存する必要が薄いなら酸性紙でいい、と言う考えもあり得るだろう。
一人旅の心細さがあったのかも知れない。
でもまさか、紙の手触りひとつで母国を意識しようとは思わなかった。




